ゾルフ j キンブリー。 『鋼の錬金術師』ゾルフ・J・キンブリーを徹底解説!【爆発大好き変態錬金術師】

【鋼の錬金術師】ゾルフ・J・キンブリーの名言・名シーン!強さと初登場は?

ゾルフ j キンブリー

ゾルフ・J・キンブリー 以下キンブリー は漫画及びアニメーション作品『鋼の錬金術師』に登場する元軍属の国家錬金術師。 普段は紳士然とした振る舞いをしていますが、自らの美意識を最優先事項としており、自分が良しとすることであれば殺人でも躊躇なく行えるサイコキラーの気質を持っています。 その一方で自分が殺す相手であっても尊敬するものには敬意を表するなど、強い信念の持ち主でもあります。 「紅蓮」の2つ名を持つキンブリーは触れたものを爆破物へ変換する錬金術を得意としており、その腕前はかなりのもの。 普段は白いスーツとコートを好んで着ていますが、これは作者の荒川が白いスーツに変態のイメージがあるからなのだそうです。 読み進める際はご注意下さい。 キンブリーは一見礼儀正しい人物に見えますが、それは自身の本性を隠すための仮の姿。 素顔は爆発音が鳴ると体を震わして喜ぶほどの爆弾狂で、殺人に美意識を感じているサイコパス的思考の持ち主です。 そのため彼に家族を殺されたスカーは、キンブリーを最も恨んでいます。 非情な性格の一方で、己の信念を貫く人間に対してはたとえ敵であっても敬意を払い、殺さない覚悟を持っているエルリック兄弟の事も評価しました。 さらに仕事をやり遂げることに異常なまでの執着心を燃やすなど、独自の美学・思想を持っています。 2003年~2004年に旧作版が放送された際、原作のキンブリーはまだ謎に包まれた存在でした。 そのため旧作版のキンブリーは非常に冷酷で信念の薄い、極悪な人物として描かれています。 作中では中央刑務所から脱獄した後にグリードと手を組むも、フランク・アーチャーから軍へ復帰するよう提案されると、あっさり寝返ってしまいました。 旧作版のキンブリーは錬金術で人体を爆弾に変化させる事ができ、人殺しにも快楽を感じています。 劇中ではスカーの体を少しずつ爆弾に変えて苦しめたり、アルフォンスを爆弾化して「生きた賢者の石」となるきっかけを作りました。 言動も粗暴でアルフォンスを化け物呼ばわりするなど、原作版や『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』のキンブリーとはかなり性格が異なっています。 爆破とホムンクルスから与えられた賢者の石で圧倒的な力を誇り、幾たびもエルリック兄弟や国家錬金術師たちを危機に陥れたキンブリーですが、彼にも最期の時が訪れます。 ホムンクルスのプライドとの共闘の際、ライオンとキメラになったハインケルの一撃で喉笛を噛み切られて力尽きました。 その後、プライドに取り込まれたのがキンブリーの最期かと思われたのですが、彼の意志はプライドの中で生き続けていました。 プライドがピンチに陥った際、エドの肉体へと移ろうとした場面を見て、プライドの行動を「美しくない」と一蹴。 消滅したプライドと共に微笑みながら消えて行ったのが彼の本当の最期となりました。 最後まで美学を貫く彼らしい終わり方だったと言えるでしょう。 2009年に放送された『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』にて、変態で爆弾狂なキンブリーを演じたのは声優の吉野裕行です。 1974年2月6日生まれの吉野は、2枚目のキャラを演じることも多いのですが、狂人的なキャラを演じた際にもその演技が光ることもあり、演技の幅の広い声優と言えます。 1996年の『セイバーマリオネットJ』以来多くの作品を演じており、2000年に『ヴァンドレッド』で主役のヒビキ・トカイを演じた際には、やっと代表作が出来たと喜んだのだそうです。 その後の活躍も目覚ましく、『結界師』の墨村良守役、『弱虫ペダル』の荒北靖友など数多くの代表作を作り出しました。 2007年『機動戦士ガンダム00』では2重人格のキャラを演じているのですが、この際には好青年と好戦的なキャラを1人で演じ分けるなどの器用さも見せました。

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ゾルフ・J・キンブリー

ゾルフ j キンブリー

ゾルフ・J・キンブリーとは『』の登場人物である。 軍属でイシュル殲滅戦時の階級は。 口調と態度はだがその実態は悦楽で殺戮を行う狂人で。 において下級兵の存在意義は、上官を守るための替えの効く駒だとでも言わんばかりに、弾が飛んできた時は自分の部下を生きたままにしていた。 しかしただレているだけではなく、独自の美学美意識を持っており、命を賭けてでも意志を貫くには、敵味方問わず敬意を表したりもする。 その独特の考え方で、殲滅戦の時間には殺戮をうとに説得のあるっぽい事を言って説き伏せたりもしている。 また、記憶が途轍もなく良く、の範囲で見かけた顔は大抵憶えており、頭も相当キレる。 これで人格がマなら・・・ 触れた物をに変えるの使い手であり、「~」の以外に、「のキンブリー」とも呼ばれ恐れられている。 イシュル殲滅戦では軍上層部から借りたを使って多大な戦功を挙げるが、後、を持つをす返すのが嫌になり、上官を。 上官殺しの罪でに投されるが、達の根回しによって出する。 なお、出所後はを着用している(はにのがあるらしい。 ) 最終では戦いに敗れた後に「始まりの・」に取り込まれてから退場・・・かと思いきや、実はの中で魂だけの存在となって存命していた。 本人はに取り込まれたままの決着を見届けるにするつもりでおり、エドとどちらにも肩入れはしていなかった。 だが、のことをより下等な存在と蔑視しながらも、その下等の体を乗っ取って己の延命を図ろうとする、の一貫性のないした行動が気に入らず、「見苦しく、美しくない」と断罪。 体を喰われ、魂だけになってもなお、の妨をしてエドに助する。 最期はの中で蠢く嗟の魂の群れの中へ、と背を向け去って逝った。 人のによっては笑える由来。 「」のではのような推理でーを追跡したり、のを看破したりしている。 03年版ではこれといって美学やはく、狂喜しながらを爆破するただの危ない人になっている。 んんーーー・・・いい関連動画だ 強い意思のぶつかりあいとはかくも美しき関連動画を再生するものか・・・! これは交渉ではなく関連静画です つまらない関連商品です お子様にでもプレゼントしてあげてください なんと充実した関連項目か!!•

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『鋼の錬金術師』ゾルフ・J・キンブリーを徹底解説!【爆発大好き変態錬金術師】

ゾルフ j キンブリー

キンブリーさんについて記事を書こうと思います。 キンブリーさんとは『鋼の錬金術師』に出てくるキャラクターで、フルネームで言えばゾルフ・J・キンブリー。 爆弾狂、「紅蓮の錬金術師」の異名を持つ、名脇役的なキャラクターです。 そもそもあまり『鋼の錬金術師』って知らないなという方は、このブログで以前書いた を読むと少しは参考になるかもしれません。 が、この記事ではストーリーを細かく追っている訳ではないので作品を読むのが一番のおすすめ。 27巻で完結なので漫画喫茶にでも行って一日で一気読みできないこともない量です(僕が読むの遅いので無理だけど)。 読んでぜひ読んで。 さてここで話題としたいのは、『鋼の錬金術師』という物語のことではなく、 あくまでキンブリーさんという脇役キャラの中立性と、そんな中立キャラが物語を何倍も面白くする役割を負ってるんじゃないかってこと。 ひいては、僕らの現実の人生にも物語的な要素があるのだと仮定すれば「中立な人間」という存在が物語を面白くするようになっていくのではないかという話です。 実際「キンブリーさんは敵とか味方とかじゃねえんだよ!」って言うのが一般的な認識なのではないでしょうか。 とは言え初出の単行本4巻は拘置されているシーンからスタートで明らかに悪役ですし、外から聞こえる「爆発物で建物が崩れ落ちる音」を聞いて機嫌良くなっちゃうというマッドさを持っています。 幾度となく主人公であるエルリック兄弟の脅威になりますし、殺戮兵器として錬金術を使うことにもまったく躊躇しないところなんかを見ると、全然敵に回したくないけど絶対味方にもなりたくない人でもある。 誰にとっても敵であるし、誰にとっても敵じゃない。 もちろん逆も然りで、誰にとっても味方だし、誰にとっても味方じゃない。 そんな不思議なキャラクターで、だけど自分の美意識を貫くキンブリーさんはかっこよく、僕も含めファンもさぞ多いんだろうなと思います。 鋼の錬金術師15巻より抜粋 相手を倒した時「当たった!よし!」と自分の腕前に自惚れ 仕事に達成感を感じる瞬間が少しでも無いと言い切れますか?狙撃手さん 人として最低だし、人間らしい心を持ち合わせていないのではないかと思いますが、キンブリーさんの意見は否定しきれないものでもあります。 美学とは「好き・嫌い」だ 美学に則って行動するということがどういうことかと言うと、それは正しさとか合理とか都合ではなく、単純に「好き・嫌い」で物事を判断するということ。 ご自分の仕事もその一つですが、 キンブリーさんにとってその美学というものは生き様全体に当てはまりますし、他人に対して敬意を払う基準にもなります。 例えば、政府による理不尽極まりないイシュバール殲滅戦において、最後まで戦地でイシュバール人の治療に当たっていた医者夫婦に対して、キンブリーさんはこうです。 鋼の錬金術師15巻より抜粋 この人達は本分を貫き通したのですよ 私は意思を貫き通す人が好きです 残念ですね 生きているうちに顔を拝んでおきたかった この夫婦は殲滅対象であるイシュバール人ではなく、むしろ殲滅する側の人種に属する人間ですが、医学の精神に則り、自分の命も顧みずに治療に当たりました。 その姿を偽善と罵るイシュバール人もいたし、当然付き合いきれず逃げた協力者もいますし、政府にはあからさまに迷惑がられています。 しかしキンブリーさんは医者としての本分を貫いたこの夫婦のことは素直に評価していることが分かります。 (キンブリーさん政府の命令で夫婦を殺しに出向くとこなんですけどね) ここでのキンブリーさんの言動は読者の気持ちを代弁するとまでは言いませんが、読者の気持ちに寄り添うものであることは間違いありません。 こういうところも、キンブリーさんっていい人なの?悪い人なの?っていう判断ができないポイントでしょう。 良くも悪くもないのです。 キンブリーさんはただ自分の本分に従って動いているだけで、良し悪しを判断するのはそれぞれの立場によるのですから。 キンブリーさんは自分の本分(紅蓮の錬金術師としての能力)を全うするために一番適した場所を選ぶので、卑劣な政府の命令に従いもするし、エルリック兄弟の最大の敵であるホムンクルスの協力者としても行動します(だから物語上は敵の立場になる)。 中立の立場で物語の方向に影響を与える 詳しくは作品を読んでいただきたいのですが、キンブリーさん、最終話付近では重症を負い、協力していたホムンクルスの一人(プライド)に飲み込まれる形で生き続けることになります。 ウィキペディアにという項目があったので、詳しく知りたい方はぜひキンブリーさんとホムンクルスについて参照してみてください。 で、ホムンクルス(プライド)の一部となっていたはずのキンブリーさんですが、このプライドが窮地に陥り、依代である肉体をエドワード(主人公)に変更しようとしたときには、内側からこれを制します。 鋼の錬金術師26巻より抜粋 ええまあ あなたがそのまま戦っていれば何もしなかったのですがね 人造人間の矜持だのとのたまっておきながら自身に危機が訪れたとたんに下等生物と見下す人間の容れ物に逃げ込もうとする・・・ 貴方 美しくない もちろん、主人公のピンチに際してキンブリーさんが寝返り、正義を助けたワケではなく、あくまで彼は自分の美学に則り行動したまでです。 この状況で自分の本分を貫けていたのはどちらか。 つまり、キンブリーさんの美学に適っていたのはどちらかと言えば、エドワード・エルリックだったということ。 ここでは結果的に主人公を助けたことになりますので味方のように見えますが、キンブリーさんの行動原理は一貫して「美学に則る」というものでした。 キンブリーさんの中立性/観察者・鑑賞者としての立場 キンブリーさんは敵でも味方でもありませんでした。 言うなれば完全なる中立です。 物事を良し悪しとか正誤で判断・評価するのではなく、自分なりの美学というどんな場面でも揺るがないものを軸にして動く。 中立であるが故に、悪いヤツと一緒にいるから敵、良いヤツを助けたから味方ということにはなりません。 都合とか損得とか合理とか情とか、そういう人間的で現実的で世俗的なものに影響されることなく、まるで自分自身を捨てているかのように生きているから、ひらりひらりと立場を変えることができるし、そもそも立つ場所が違うからこそ、肩入れした方にすごい力がかかる。 かっこいいですよね。 立つ場所が違うというのは、例えば天秤があるとして、僕ら一人ひとりが天秤のどちらかに配置されているとすれば、中立な人間というのは、 天秤を眺める立場にいるのだと思います。 日和見主義なんて言うときっと重い方(マジョリティや優性)に飛び乗ろうとする人なんだろうけど、 中立な観察者はそんなのどうでも良いから、好きな方に好きなだけ力を加えることができる。 創作における中立なキャラクターの価値 中立なキャラは一般的なキャラクターとは全く違う立場で動きます。 パワーバランスを天秤で例えるとすれば、中立なキャラはもともとどちらに置かれるでもなく、勘定に含まれない。 だからこそ、どちらかに肩入れすれば大逆転も可能な重さを持ったキャラになる。 もしかしたら、中立と言うからにはバランスを重んじるのかもしれません。 実際、キンブリーがいなければ主人公たちの旅は生ぬるくて詰まらなかっただろうし、キンブリーがいなければ主人公はあっけなく体を乗っ取られていたでしょう。 そういう「順当にいけば圧倒的な状況(先が見えている状況)」を打破するためのジョーカー的な役割として、中立なキャラクターというものは重宝するのでしょう。 こういうキャラクターがいると物語は面白くなりますよね。 現実の世界での中立。 例えば政治に参加しない若者 キンブリーさんの話はこれくらいにして、創作から離れ、現実に即して考えてみても、中立な人間とはどちらの立場にとっても脅威的な存在となるし、どちらの立場にも頼もしい存在となり得ます。 こう考えてみれば 、実は中立で「自分」を持たない人間こそが物事の成り行きとか、物語の転換するタイミングを握っているのではないかと言うところに行きつきます。 余談になるけど、例えば分かりやすいところで言えば政治。 今は若者の投票率が低いってことだけど、これって選挙のルール上、意見を持ってないってことですよね。 政治的な土台において「自分を持ってない若者が多い」と言えると思います。 投票率の悪さってのは社会にとってはマイナスだし、政治に関心のない若者は問題視されるし、何も分かってないバカだと思われる。 しかし、冷静に考えれば考える程、「正しさなんて選びようがない」ということはありますよね。 年を取るに連れて政治に関心を抱くようになるのは、年を取るにつれて守るべき立場とか生活とか家族とかっていう利害が増えるからっていうのはあると思います。 ちょっとトゲのある言い方になりますが、善悪を決めつける理由や意見を持つということ この辺りは今どうでも良いですが、しかし、この、意見を持たない若者が急に全員投票することになれば、政治の在り方や政治家の在り方はガラッと変わることは間違いありませんよね。 これって 意見を持たない中立な立場の人間が実はことの成り行きを握っているという好例になるのではないでしょうか。 問題は、政治が利害や都合や損得で評価・判断しなければならないものであること。 つまり、政治参加=何らかの意見を持ち、当事者になり、天秤の片方に乗っかる1パーツとして、どっちの味方なのかはっきりして!という答えられない問いに無理やりにでも答えなきゃならないこと。 意見やポリシーではなく、それぞれの美学を選ぶようになれば、政治はもう少し参加しやすくなるかもしれませんよね。 しかしここで強調したいのは政治のことではなく、あくまで現実においても中立キャラは物事を面白くする可能性を秘めているということ。 それどころか、支配的な立場にさえいるかもしれないということです。 【鋼の錬金術師】キンブリーさんの中立性とかっこよさ/中立キャラが物語を動かす(完) 塚田和嗣(ツカダカズシ) ブログのテーマは「人間と人間の関係、人間と場所の関係が作り出すもの」です。 小説を書きます。 コミュニティスペースと民泊の運営をしています。 民泊は執筆や読書など文化的な合宿を優遇します。 どうぞ。 で書いてます。 人気記事• 夏目漱石著『草枕』の冒頭はと言えば 山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ... 「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」ってことば、何で知ったんだっけ。 いや、ほんとははっ... なぜあの人には話が伝わらないのか/男性脳の特徴 って記事がこのブログではよく読まれています... ラーメンズが好きなのですが、特にお気に入りのコントは『採集』かもしれません。 かもしれませ... キンブリーさんについて記事を書こうと思います。 キンブリーさんとは『鋼の錬金術師』に出て... 「多様性」が叫ばれる時代、というか「多様性」という言葉を目にする機会が増えた昨今。 このブ...

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