玉川上水旧水路緑道。 千川上水緑道整備記念・千川上水探索。

玉川上水を歩く⑤: 坂道散歩

玉川上水旧水路緑道

代々木界隈、玉川上水旧水路緑道を歩く その1 (H24.11.2) JR代々木駅駅前 JR代々木駅から明治神宮代々木口に向かう道路 JR東日本の「駅からハイキング&ウォーキングイベント」の 「紅葉彩る代々木界隈。 明治神宮、玉川上水旧水路緑道を歩く」に参加しました。 サブタイトルは 「明治神宮に代々木公園、小さな発見で笑顔咲く秋。 代々木をステキに感じませんか」です。 コースの概要は次のとおりです。 写真を撮りながら、古賀政男音楽博物館、刀剣博物館、東京都庁展望台を見学して、所要時間は約4時間20分で、約1万7500歩でした。 明治神宮に向かう道路 JR代々木駅の北口改札を出て右手に50mほど進んだところが、「専門学校東京スクール・オブ・ビジネス」です。 受付を済ませて代々木駅の方向に戻り。 道なりに300mほど進むと「北参道入口」の交差点です。 交差点を右折して200mほど進むと明治神宮の代々木口(北口)です。 明治神宮北参道 明治神宮御社殿 明治神宮 明治神宮は、明治天皇・昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっています。 鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林です。 面積は70万平方メートルで、現在では約17万本245種の豊かな森に成長し、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。 境内の菊花展 大鳥居 南参道 初詣は例年日本一の参拝者数を集める神社としても知られています。 そのほか、大相撲横綱土俵入りや、こどもの祭まで幅広い祭典と行事、厄祓い、祈願をとりおこなっています。 加藤清正が掘ったと言われる清正の井や明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた、美しい花菖蒲など、多くの見どころがあります。 明治神宮原宿口(南口)から、右手の森に沿って道なりに200mほど進むと「代々木公園」です。 代々木公園は、旧陸軍の代々練兵場跡地で、昭和39年(1964年)の東京オリンピックで代々木選手村として使用された後、再整備され、昭和42年(1967年)に代々木公園として開園しました。 原宿駅方面 代々木公園 代々木公園の敷地は54万平方メートルあり、23区内の都立公園では5番目に広く、道路を挟んで森林公園としてのA地区と、それと対照的な陸上競技場、野外ステージなどを備えたB地区とに分かれています。 開園当時はまだ若かった木々も生長し、隣接する明治神宮の木々とともに緑濃い森を作っています。 平成2年5月に、高さ15m〜30mに及ぶ大小3基の噴水や水回廊をもつ水景施設が完成し、水と緑に恵まれた公園となっています。 原宿駅側の入口から入り、真っ直ぐ進むと白いアーチがあり、周囲がバラ園になっています。 白いアーチの先を右折して水回廊に沿って進むと正面が大きな噴水のある池です。 代々木公園 代々木公園 代々木公園 池の手前を左折して道なりに300mほど進むと、左手に「参宮橋門駐車場」の案内板があります。 案内板の手前を左折して緩やかな坂道を下がったところが、丁字路の「代々木神園町」交差点で、右手が駐車場です。 横断歩道を渡ったところが「はるのおがわコミュニティパーク」ですが、広い道路に面しているためか、公園の入口以外は金網が張られており、道路側からは公園にはいることはできません。 横断歩道を渡って右折し、公園に沿って半周したところに「春の小川の歌碑」があります。 大正元年(1912年)に発表された文部省唱歌「春の小川」を作詞した国文学者の高野辰之は、当時代々木山谷と呼ばれていたこの地に暮らしていました。 ここを流れていた河骨(こうぼね)川が曲のモデルになったといわれています。 春の小川の歌碑 この踏切を渡り真っ直ぐ進んだ左手の森が代々木八幡宮 代々木八幡宮 「春の小川の歌碑」から道なりに30mほど進んだ右手の踏切を渡って、真っ直ぐ200mほど進んだ丘の上にあるのが「代々木八幡宮」です。 「代々木八幡宮」は、鎌倉時代から続く古社で、応神天皇を祀っています。 このため、産業・文化の発展と守護、安産・子育て、家内安全、怨霊退散、渡航安全 交通安全 などにご利益があるとされ、信仰を集めています。 境内に縄文時代の住居跡、代々木八幡遺跡などがある。 代々木八幡宮 富ヶ谷歩道橋から山手通りを望む 右の大きなマンションの奥が代々木八幡宮 山手通りと交叉する井の頭通り 500mほど進んだ左手が古賀政男音楽博物館 富ヶ谷歩道橋のエレベーター 代々木八幡宮から石段を下りたところが山手通りです。 左折して300mほど進むと小田急線代々木八幡駅の上を通過し、さらに200mほど進むと「富ヶ谷」の交差点です。 歩道橋を渡って「富ヶ谷」交差点を右折し、井の頭通りに沿って500mほど進んだ左手が「古賀政男音楽博物館」です。 古賀政男音楽博物館 「古賀政男音楽博物館」は、昭和を代表する作曲家、古賀政男は昭和13年(1938年)から代々木上原で暮らしました。 古賀政男は、この代々木上原の地に、音楽創造に邁進する同志を集めて音楽村を作ろうという構想を持っていました。 古賀政男音楽博物館は、古賀政男の遺志を引き継ぎ誕生した、大衆音楽の博物館です。 古賀政男の展示はもちろん、日本の歌謡史に関する資料も多数展示されています。 古賀政男音楽博物館 古賀政男音楽博物館 2階の「大衆音楽の殿堂」は、日本の大衆音楽文化の発展に貢献した作詩家・作曲家・歌手・編曲家・演奏家の方々を顕彰し、その偉大な業績をたたえ、偲ぶ殿堂です。 3階の「古賀政男の世界」では、書斎、くつろぎの日本間など、古賀政男の愛した私邸の一部を移築し、展示しています。 生前の創作活動の様子や普段の生活風景の両面を伺い知ることができます。 また、簡単な操作で1000曲以上の古賀メロディーを試聴することができます。 代表曲や隠れた名曲を楽しむことができます。 「古賀政男音楽博物館」から井の頭通りに沿って100mほど進むと小田急線代々木上原駅の駅前です。 さらに100mほど進んだ左手が「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」で、「駅からハイキング」のチェックポイントです。 代々木上原駅前 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」は、モスクワで起きたロシア革命により祖国カザフスタンを追われ日本に避難してきたトルコ人によって昭和13年(1938年)に創設されたイスラム教の礼拝場です。 その後、トルコ共和国に移管され、老朽化に伴い平成12年(2000年)に、現在の尖塔と大きなドーム、6つの半円ドームを持つオスマントルコ様式の建物となりました。 1階の多目的ホールでは結婚式、演劇、展示会、講演等さまざまな活動が行われています。 東京ジャーミイには、毎日大勢の日本人が訪れることによって、日本とトルコとの良い関係が築かれるという考え方に基づいて、毎日10時から18時まで公開されています。 6名以上の団体見学は、事前連絡が必要とのことです。 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 風来坊.

次の

烏山川緑道

玉川上水旧水路緑道

代々木界隈、玉川上水旧水路緑道を歩く その1 (H24.11.2) JR代々木駅駅前 JR代々木駅から明治神宮代々木口に向かう道路 JR東日本の「駅からハイキング&ウォーキングイベント」の 「紅葉彩る代々木界隈。 明治神宮、玉川上水旧水路緑道を歩く」に参加しました。 サブタイトルは 「明治神宮に代々木公園、小さな発見で笑顔咲く秋。 代々木をステキに感じませんか」です。 コースの概要は次のとおりです。 写真を撮りながら、古賀政男音楽博物館、刀剣博物館、東京都庁展望台を見学して、所要時間は約4時間20分で、約1万7500歩でした。 明治神宮に向かう道路 JR代々木駅の北口改札を出て右手に50mほど進んだところが、「専門学校東京スクール・オブ・ビジネス」です。 受付を済ませて代々木駅の方向に戻り。 道なりに300mほど進むと「北参道入口」の交差点です。 交差点を右折して200mほど進むと明治神宮の代々木口(北口)です。 明治神宮北参道 明治神宮御社殿 明治神宮 明治神宮は、明治天皇・昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっています。 鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林です。 面積は70万平方メートルで、現在では約17万本245種の豊かな森に成長し、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。 境内の菊花展 大鳥居 南参道 初詣は例年日本一の参拝者数を集める神社としても知られています。 そのほか、大相撲横綱土俵入りや、こどもの祭まで幅広い祭典と行事、厄祓い、祈願をとりおこなっています。 加藤清正が掘ったと言われる清正の井や明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた、美しい花菖蒲など、多くの見どころがあります。 明治神宮原宿口(南口)から、右手の森に沿って道なりに200mほど進むと「代々木公園」です。 代々木公園は、旧陸軍の代々練兵場跡地で、昭和39年(1964年)の東京オリンピックで代々木選手村として使用された後、再整備され、昭和42年(1967年)に代々木公園として開園しました。 原宿駅方面 代々木公園 代々木公園の敷地は54万平方メートルあり、23区内の都立公園では5番目に広く、道路を挟んで森林公園としてのA地区と、それと対照的な陸上競技場、野外ステージなどを備えたB地区とに分かれています。 開園当時はまだ若かった木々も生長し、隣接する明治神宮の木々とともに緑濃い森を作っています。 平成2年5月に、高さ15m〜30mに及ぶ大小3基の噴水や水回廊をもつ水景施設が完成し、水と緑に恵まれた公園となっています。 原宿駅側の入口から入り、真っ直ぐ進むと白いアーチがあり、周囲がバラ園になっています。 白いアーチの先を右折して水回廊に沿って進むと正面が大きな噴水のある池です。 代々木公園 代々木公園 代々木公園 池の手前を左折して道なりに300mほど進むと、左手に「参宮橋門駐車場」の案内板があります。 案内板の手前を左折して緩やかな坂道を下がったところが、丁字路の「代々木神園町」交差点で、右手が駐車場です。 横断歩道を渡ったところが「はるのおがわコミュニティパーク」ですが、広い道路に面しているためか、公園の入口以外は金網が張られており、道路側からは公園にはいることはできません。 横断歩道を渡って右折し、公園に沿って半周したところに「春の小川の歌碑」があります。 大正元年(1912年)に発表された文部省唱歌「春の小川」を作詞した国文学者の高野辰之は、当時代々木山谷と呼ばれていたこの地に暮らしていました。 ここを流れていた河骨(こうぼね)川が曲のモデルになったといわれています。 春の小川の歌碑 この踏切を渡り真っ直ぐ進んだ左手の森が代々木八幡宮 代々木八幡宮 「春の小川の歌碑」から道なりに30mほど進んだ右手の踏切を渡って、真っ直ぐ200mほど進んだ丘の上にあるのが「代々木八幡宮」です。 「代々木八幡宮」は、鎌倉時代から続く古社で、応神天皇を祀っています。 このため、産業・文化の発展と守護、安産・子育て、家内安全、怨霊退散、渡航安全 交通安全 などにご利益があるとされ、信仰を集めています。 境内に縄文時代の住居跡、代々木八幡遺跡などがある。 代々木八幡宮 富ヶ谷歩道橋から山手通りを望む 右の大きなマンションの奥が代々木八幡宮 山手通りと交叉する井の頭通り 500mほど進んだ左手が古賀政男音楽博物館 富ヶ谷歩道橋のエレベーター 代々木八幡宮から石段を下りたところが山手通りです。 左折して300mほど進むと小田急線代々木八幡駅の上を通過し、さらに200mほど進むと「富ヶ谷」の交差点です。 歩道橋を渡って「富ヶ谷」交差点を右折し、井の頭通りに沿って500mほど進んだ左手が「古賀政男音楽博物館」です。 古賀政男音楽博物館 「古賀政男音楽博物館」は、昭和を代表する作曲家、古賀政男は昭和13年(1938年)から代々木上原で暮らしました。 古賀政男は、この代々木上原の地に、音楽創造に邁進する同志を集めて音楽村を作ろうという構想を持っていました。 古賀政男音楽博物館は、古賀政男の遺志を引き継ぎ誕生した、大衆音楽の博物館です。 古賀政男の展示はもちろん、日本の歌謡史に関する資料も多数展示されています。 古賀政男音楽博物館 古賀政男音楽博物館 2階の「大衆音楽の殿堂」は、日本の大衆音楽文化の発展に貢献した作詩家・作曲家・歌手・編曲家・演奏家の方々を顕彰し、その偉大な業績をたたえ、偲ぶ殿堂です。 3階の「古賀政男の世界」では、書斎、くつろぎの日本間など、古賀政男の愛した私邸の一部を移築し、展示しています。 生前の創作活動の様子や普段の生活風景の両面を伺い知ることができます。 また、簡単な操作で1000曲以上の古賀メロディーを試聴することができます。 代表曲や隠れた名曲を楽しむことができます。 「古賀政男音楽博物館」から井の頭通りに沿って100mほど進むと小田急線代々木上原駅の駅前です。 さらに100mほど進んだ左手が「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」で、「駅からハイキング」のチェックポイントです。 代々木上原駅前 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 「東京ジャーミイ・トルコ文化センター」は、モスクワで起きたロシア革命により祖国カザフスタンを追われ日本に避難してきたトルコ人によって昭和13年(1938年)に創設されたイスラム教の礼拝場です。 その後、トルコ共和国に移管され、老朽化に伴い平成12年(2000年)に、現在の尖塔と大きなドーム、6つの半円ドームを持つオスマントルコ様式の建物となりました。 1階の多目的ホールでは結婚式、演劇、展示会、講演等さまざまな活動が行われています。 東京ジャーミイには、毎日大勢の日本人が訪れることによって、日本とトルコとの良い関係が築かれるという考え方に基づいて、毎日10時から18時まで公開されています。 6名以上の団体見学は、事前連絡が必要とのことです。 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 東京ジャーミイ・トルコ文化センター 風来坊.

次の

玉川上水旧水路緑道(代々木緑道)(代々木散歩③) : 気ままに江戸♪ 散歩・味・読書の記録

玉川上水旧水路緑道

三田用水とその分水路は、繁華な場所が少なく、3密を避けるのに理想的。 最近見に行っていない場所も結構あるし、そこそこのアップダウンもあるので、久しぶりに順次「カメラ散歩」しています。   今回は、このStart から End まで この地域、50年以上前に自分で撮影したものも含めて、古い写真もあるので、いわゆる「今昔写真」のご紹介も。 駅の西寄りが旧玉川上水とクロスしていて、元の水路が緑道型の広場になっています。 そのため、旧玉川上水と水路を挟んで反対側の北沢五丁目の商店街を南に下ります。 この商店街も、ご多聞に漏れず、主として飲食関係を残してシャッター街化してしまっています。 比較的最近まで、漬物の製造販売のお店とか、お肉屋さんや八百屋さんも残っていたのですが… ほぼ井の頭通りに近づいたところの、道路が「グニっと曲がっている」場所。 前掲「御場繪圖」参照 ここで、道路の東(左)側から流れてきた水路が道路を渡って西(右)にそって流れを変えていました。 ここから、最後の方の写真にある京王井の頭線の築堤までは、当地に越して来た昭和30年代半は、まだ開渠のままで、その後もいわゆる蓋付暗渠に改修された状態が長く続きました。 (手前側の道路は開渠でも暗渠でもなく、ただ側溝があっただけ。 年に2回くらいは道路が川になっていました。 ちなみに、ここは、江戸時代(というより、おそらくそれ以前から)に、吉祥院という山駈修行をする「修験道」の寺院があったほどの場所なのです。 中ほど北側(左岸)の崖線(東大駒場のリサーチセンターの崖) 中ほど南側(右岸)の崖線 見る人が見ればわかる「水路跡のお約束」 が「いろいろ」と… 今回の終点、京王井の頭線の築堤近くの北側(左岸)の崖線 同じく南側(右岸)の崖線 溝が谷の築堤を走る京王井の頭線 現在、防風フェンスの工事が始まっていて、この光景は間もなく見られなくなります。 【追記】 井の頭線の築堤だけでなく、近い将来、補助26号線の工事で谷全体の光景も大きく変わります。

次の