心 あて に 折ら ば や 折 らむ 初 霜 の 置 きま ど は せる 白菊 の 花。 白露伊吹,白露

古今和歌集

心 あて に 折ら ば や 折 らむ 初 霜 の 置 きま ど は せる 白菊 の 花

【2001年10月20日配信】[No. 特に朝の冷え込 みはかなりのもので、風邪をひく人も多いことでしょう。 皆さん お気をつけください。 もうすぐ、朝には霜が降りはじめます。 その年はじめての霜を 「初霜」といい、関東では10月20日くらい、関西では11月10日く らいに降ります。 鈍く輝く初霜は美しいものですが、その霜にま ぎれた白菊もまた清楚な美しさを見せることでしょう。 今回ご紹 介するのは、そんな一首です。 真っ白な初霜が降りて見分けがつかなくなっているのだから、 白菊の花と。 【折らばや折らむ】 「折らば」は四段活用動詞「折る」の未然形に接続助詞「ば」が ついたもので仮定条件を表します。 「や」は疑問の係助詞です。 「む」は意志の助動詞で上の「や」と係り結びになっています。 全体では「もしも折るというなら折ってみようか」という意味で す。 【初霜】 その年はじめて降りる霜のことです。 晩秋に降ります。 【置きまどはせる】 「置く」は、「(霜が)降りる」という意味です。 「まどはす」 は、「まぎらわしくする」という意味で、白菊の上に白い霜が降 りて、白菊と見分けにくくなっている、という意味を表します。 【白菊の花】 上の句の「折らばや」に続く、倒置法になっています。 生没年不明) 9〜10世紀初頭にかけて生きた人で、下級役人であり、甲斐少目 (かいしょうさかん)、和泉大掾(いずみのだいじょう)、淡路 権掾(あわじごんのじょう)などの職につきました。 しかし歌才 に優れ、紀貫之と並ぶ当時の代表的歌人として宮廷の宴に呼ばれ たり、高官の家に招かれたりしています。 三十六歌仙の一人で、 古今集の撰者です。 当時から「詠み口深く思入りたる方は、又類 なき者なり」と非常に高く評価されていました。 空気が刺すように冷たく、吐く息が白く濁 る。 手のひらに息を吹きかけてこすりながら縁側へ出てみると、 庭の可憐な白菊の上に鈍くも白い初霜が降りている。 寒いわけだ、初霜とは。 初霜も白いので、白菊の花を折ろうと 思っても、どれが白菊だか分からない。 あてずっぽうに折るしか ないだろうな、初霜でまぎらわしくなっているから。 白菊の花が。 「初」というのは清らかさがイメー ジされる表現ですが、そこにきりっと体が引き締まるような冷気 を加えて、この歌の格調を醸し出しているようです。 倒置法にしたことで、最後に持ってきた「白菊の花」に焦点が 絞られるように組み立てられてもいます。 派手な言葉遊びや序詞は使っていないものの、さりげなく上手 い、名人の手になる一首でしょう。 さすが下級役人ながら古今集 の撰者となり、紀貫之のライバルと目された作者の面目躍如とい うところでしょう。 これは嘘の趣向である」と酷評しています。 今読むと、子規の批判の仕方は風流を解しないなあ、ちょっと 真面目すぎるんじゃないか、とも思われますね。 特に凡河内躬恒は知的で深い思索的な歌を得意とする歌人です ので、この評価はちょっといただけない感じがします。 ただし、子規は「恋に悲しめば、誰も一晩中袖が濡れ続けるほ ど泣いているのか」などといった、王朝風のすでに使い古されて 陳腐になってしまった大げさな表現を今だに大事にしている歌の 世界に疑問を感じて、「写生」つまりリアリティの大切さを説き たかったわけです。 今では子規をはじめとする先人の活躍で、歌 の世界も構造改革がなされましたので、百人一首などの古い名歌 もまた、楽しめる余裕が出てきています。 菊というと、まず思い浮かぶのは大 阪・枚方市の枚方パークの大菊人形展です。 大阪の地下鉄御堂筋 線・淀屋橋駅から京阪電車に乗り換え、枚方公園駅で下車。 園内 には約10万株の菊が咲き誇ります。 東北では秋田・横手公園の菊などが有名。 JR横手駅から保養セ ンター行バスに乗り、横手公園入口で下車して5分の距離にあり ます。 横手城跡の見学かたがた行かれるとよいでしょう。 東京では、新宿御苑で菊が見られます。 地下鉄丸の内線新宿御 苑前で下車します。 中国地方では、広島県福山市の精興園が有名です。 菊の育種と 品種改良を専門に行っている企業の庭園で、数千種の菊がありま す。 JR福山駅から福塩線に乗り換え、新市駅で下車し、タクシー で約10分の距離にあります。

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心 あて に 折ら ば や 折 らむ 初 霜 の 置 きま ど は せる 白菊 の 花

父祖等は不詳。 凡河内(大河内)氏は河内地方の国造。 寛平六年 894 二月、甲斐少目(または権少目)。 その後、御厨子所に仕える。 延喜七年 907 正月、丹波権大目。 延喜十一年正月、和泉権掾。 延喜二十一年正月、淡路掾(または権掾)。 延長三年 925 、任国の和泉より帰京し、まもなく没したと推定される。 歌人としては、昌泰元年 898 秋の亭子院女郎花合に出詠したのを始め、主催の歌合に多く詠進するなど活躍し、古今集の撰者にも任ぜられた。 延喜七年九月、大井川行幸に参加。 延喜十三年三月、亭子院歌合に参加。 以後も多くの歌合に出詠し、また屏風歌などを請われて詠んでいる。 古今集には(九十九首)に次ぐ六十首を入集し、後世、貫之と併称された。 貫之とは深い友情で結ばれていたことが知られる。 の一人。 家集『躬恒集』がある。 勅撰入集二百十四首。 18首 5首 10首 1首 12首 10首 計56首 春 雁 かり の声を聞きて、 越 こし にまかりける人を思ひてよめる 春来れば雁かへるなり白雲の道ゆきぶりにことやつてまし (古今30) 【通釈】春が来たので、雁が帰って行くようだ。 白雲の中の道を行くついでに、越の国の友に言伝 ことづて をしたいものだが。 は聴覚によって推量判断する心をあらわす。 万葉集にも見える語。 「道ゆき」は旅行、「ぶり」は「触 ふ り」で、「ついでに」「折に」程の意か。 【補記】雁の鳴き声を聞いて、越(北陸地方)に赴いた人(おそらく国司として赴任した友人であろう)を思って詠んだという歌。 雁は春になると北へ帰るので、その鳴き声から北国にいる人を思い遣るのは自然な心の動きであるが、雁はまた書を届ける使者に擬えられたので、旅のついでに伝言をつたえてほしいと願ったのである。 「白雲の道ゆきぶり」は、雲の中の雁の通りみちを「道」に喩えての謂で、その旅路の遥かさ、友のいる土地の遠さを思わせて、一首のかなめとなっている。 【他出】躬恒集、古来風躰抄、僻案抄 【主な派生歌】 花の色もうつりにけりとしら雲の道行ぶりにかをる山風 わけくらす峰のつづきもしら雲の道行ぶりに宿や借らまし うき世にもことやつぐると初雁の道行ぶりに山べをやとふ 松永貞徳 月夜に梅の花を折りてと人のいひければ、折るとてよめる 月夜にはそれとも見えず梅の花香をたづねてぞ知るべかりける (古今40) 【通釈】月の輝く夜には、月明かりが明るすぎて、はっきり見分けることも出来ません。 梅の花は、香を探し訪ねてこそ、ありかを知ることができるものです。 【補記】月夜に「梅の花を一枝折って、送って下さい」と言ってきた相手に返事として贈った歌。 我が家を訪ねて来て欲しいとの思いを籠めている。 【他出】躬恒集、古今和歌六帖、定家八代抄、和漢兼作集 【参考歌】「万葉集」巻八 我が背子に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば 「古今集」 梅の花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべてふれれば 【主な派生歌】 にほひても分かばぞ分かむ梅の花それとも見えず春の夜の月 [千載] なかなかに四方に匂へる梅の花たづねぞ侘ぶる夜はの木のもと 梅が香もあまぎる月にまがへつつそれとも見えず霞む頃かな [新勅撰] 春の夜、梅の花をよめる 春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる (古今41) 【通釈】春の夜の闇は美しい彩 あや がなく、筋の通った考えがない。 梅の花は、その色は確かに見えないけれども、香は隠れたりするものか。 見せまいといくら隠したところで、ありかは知られてしまうのだ。 「あや」には「彩」の意が掛かる。 【補記】春の夜の闇にかこつけ、梅の花の香り高さを婉曲に賞賛している。 【他出】躬恒集、新撰和歌、古今和歌六帖、金玉集、和漢朗詠集、俊頼髄脳、定家八代抄、僻案抄、和歌色葉、歌林良材 【主な派生歌】 梅が香におどろかれつつ春の夜の闇こそ人はあくがらしけれ [千載] 白雲のたえまにかすむ山桜色こそみえねにほふ春風 [新後拾遺] 朝霞梅のたち枝は見えねどもそなたの風に香やはかくるる [続拾遺] 色見えで春にうつろふ心かな闇はあやなき梅のにほひに 蘆の屋の蔦はふ軒のむら時雨音こそたてね色はかくれず 〃 夏の夜も闇はあやなし橘をながめぬ空に風かをるなり 梅が香は霞の袖につつめども香やはかくるる野べの夕風 かすめども香やはかくるるこもりえの初瀬の里の春の梅が枝 [新千載] 梅の花いろこそ見えね風吹けば月の光のにほふなりけり 風や知るいづくにさける梅ならんただ香ばかりの春の夜の闇 これもまた色こそ見えね春の夜の月はあやなし匂ふ梅が枝 色もいろ匂ひも月の光にて闇こそ梅は人に知らるれ 〃 題しらず 咲かざらむものとはなしに桜花おもかげにのみまだき見ゆらむ (拾遺1036) 【通釈】いつかは咲かないわけはないのに、桜の花があまり待ち遠しくて、面影にばかり、咲かないうちから見えるのだろう。 【補記】「まだき」は副詞としての用法で、「まだその時には至らないのに」程の意。 延喜十三年 913 の亭子院歌合。 拾遺集では雑春の巻に載る。 桜の花の咲けりけるを見にまうで来たりける人に、よみておくりける わが宿の花見がてらに来る人は散りなむのちぞ恋しかるべき (古今67) 【通釈】我が家の花を見るついでに私を訪ねる人は、散ってしまった後はもう来ないでしょうから、さぞかし恋しく思うでしょうねえ。 【補記】桜を目当てに訪ねる人へ皮肉をこめて言うが、その裏には風流を愛でる心に対する共感がある。 それゆえの「恋しかるべき」なのである。 【他出】古今和歌六帖、金玉集、深窓秘抄、和漢朗詠集、前十五番歌合、三十人撰、三十六人撰、躬恒集、和歌体十首 【主な派生歌】 奥山の花見がてらにとひし庵ちりなむ後としめてましかば 咲きぬともよそに知られぬ山里は花見がてらに来る人もなし なれなれし花の木陰の草莚ちりなむ後ぞしきしのぶべき 松永貞徳 延喜十五年二月十日、仰せ言によりて奉れる、和泉の大将四十の賀の屏風四帖、内よりはじめて、 尚侍 ないしのかみ の殿にたまふ歌 山たかみ雲居にみゆる桜花こころのゆきてをらぬ日ぞなき (躬恒集) 【通釈】山が高いので空に咲いているかのように見える桜の花よ。 心だけはそこまで行って手折らぬ日とてないのだぞ。 【補記】右大将藤原定国の四十歳を祝賀する四季の屏風絵に書き添えた歌。 古今集巻七賀歌に素性法師の作として扱う。 『古今和歌六帖』も素性の作とするが、『素性集』にはなく、『躬恒集』にあることから、躬恒の作であることが確実視されている。 金玉集・三十六人撰・深窓秘抄・定家八代抄なども躬恒作とする。 【他出】躬恒集、新撰和歌、古今和歌六帖、如意宝集、金玉集、和歌体十種(両方致思体)、和歌十体(両方体)、三十人撰、三十六人撰、深窓秘抄、奥義抄、定家八代抄 【主な派生歌】 道とほみ行きては見ねど桜花心をやりて今日はかへりぬ [後拾遺] 人しれぬ心のゆきて見る花はのこる山べもあらじとぞ思ふ 春 我が心春の山べにあくがれてながながし日を今日も暮らしつ (亭子院歌合) 【通釈】私の心は桜の咲く春の山に誘われ、さまよい出てしまったまま、長い長い一日を今日も暮らしてしまった。 【補記】新古今集に紀貫之の歌として載るが、亭子院歌合では躬恒の作とし、貫之の「桜散る木の下風は寒からで空に知られぬ雪ぞ降りける」と合わせて負けている。 躬恒集にも躬恒作として載る。 題しらず いもやすく寝られざりけり春の夜は花の散るのみ夢に見えつつ (新古106) 【通釈】ぐっすりとは寝られないものだなあ。 春の夜は、花が散るのばかり繰り返し夢に見て。 【他出】亭子院歌合(作者名不明記)、定家八代抄、八雲御抄、和漢兼作集、歌林良材 さくらのちるをよめる 雪とのみ降るだにあるを桜花いかに散れとか風の吹くらむ (古今86) 【通釈】ただもう雪が降るように散っているのに、このうえ桜の花がどういうふうに散れということで風が吹くのだろうか。 【主な派生歌】 河波のくくるも見えぬくれなゐをいかにちれとか峰の木がらし 雪とのみふるからをのの桜花なほこのもとは忘れざりけり いかにせむ高根の桜雪とのみふるだにあるを春の曙 桜花うつろふ色は雪とのみふるの山風ふかずもあらなむ 尊円[風雅] 雪とのみさそふもおなじ河風に氷りてとまれ花の白波 [新続古今] うつろへる花をみてよめる 花見れば心さへにぞうつりける色には出でじ人もこそ知れ (古今104) 【通釈】散りゆく花を見ていると、心までもが移り気になってしまうよ。 しかし顔色には出すまい。 恋人に気づかれたら大変だ。 【補記】この「人」は多くの注釈書が「世間の人々」「周囲の人々」と解する。 鶯の花の木にてなくをよめる しるしなき 音 ね をも鳴くかな鶯の今年のみ散る花ならなくに (古今110) 【通釈】何の効果もないのに鶯が声あげて啼くことだ。 今年だけ散る花でもないのに。 【補記】鶯が花の散るのを惜しみ、引き留めようとして鳴いて(泣いて)いると見た。 『古今和歌六帖』の鶯の部にも躬恒の作として入り、第三句「鶯は」とある。 【主な派生歌】 鶯はいたくなわびそ梅の花ことしのみちるならひならねば 題しらず なくとても花やはとまるはかなくも暮れゆく春のうぐひすの声 (続後撰149) 【通釈】啼いたとて、花は散るのを止めてくれるだろうか。 【補記】『躬恒集』によれば屏風歌。 題しらず おきふして惜しむかひなくうつつにも夢にも花の散る夜なりけり (金葉初度本98) 【通釈】起きても寝ても惜しむ甲斐は一向になく、夢の中でさえ花が散る夜であったよ。 【補記】『古今和歌六帖』『躬恒集』では結句「ちるをいかにせむ」。 【主な派生歌】 山ざくら尋ねてかへる春の夜は夢にも花のすがたをぞ見る 春こゆるうつの山道うつつにも夢にも花のちるやみゆらむ 中院通勝 うつつにも夢にも花のちる比は山にだに世のうきめをぞみる 花のちるをみてよめる 桜花ちりぬるときは見もはてでさめぬる夢の心地こそすれ (金葉初度本105) 【通釈】桜の花が散ってしまった時は、見終わらないうちに覚めてしまった夢のような気持がすることだ。 【補記】『躬恒集』によれば屏風歌。 但し第二句「ちりなむのちは」。 家に藤の花さけりけるを、人のたちとまりて見けるをよめる わが宿に咲ける藤波たちかへり過ぎがてにのみ人の見るらむ (古今120) 【通釈】私の屋敷に咲いた藤の花を、引き返して引き返ししては、通り過ぎにくそうに人が見ているようだ。 【補記】「たちかへり」は「波」の縁語。 やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女どもを見てよめる とどむべき物とはなしにはかなくも散る花ごとにたぐふ心か (古今132) 【通釈】止められるものではないのに、はなかく散る花びらの一ひら一ひらに寄り添うように愛惜する我が心であるよ。 【補記】陰暦三月晦日、すなわち春の終りの日、花摘みから帰って来る女たちを見て詠んだ歌。 「たぐふ」は「添う」「一緒になる」意で、ここでは女たちの一人一人に惹かれる思いを寓意している。 やよひのつごもり 暮れてまた明日とだになき春の日を花の影にてけふは暮らさむ (後撰145) 【通釈】日が暮れてしまったら、もう春の日は明日さえないのだ。 だから今日は思う存分、桜の花の陰で暮らそう。 【主な派生歌】 昨日をば花の陰にてくらしてきけふこそいにし春はをしけれ [続千載] み吉野の花のかげにてくれはてておぼろ月よの道やまどはむ ちらぬまの花のかげにてくらすひは老の心も物思ひもなし [続古今] 亭子院の歌合のはるのはてのうた けふのみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花のかげかは (古今134) 【通釈】今日で春は終りと思わない時でさえ、この美しい花のかげから、たやすく立ち去るなどできようか。 【補記】結句は反語。 「ましてや今日は春の最後の日なのだから、立ち去ることなど到底できない」ということ。 古今集春歌の掉尾を飾る。 【他出】三十人撰、三十六人撰、深窓秘抄、和漢朗詠集、定家八代抄 【主な派生歌】 花ならぬならの木かげも夏くればたつことやすき夕まぐれかは ちりはてて花のかげなきこのもとにたつことやすき夏衣かな [新古] 夏衣たつことやすきかげもなしなほ花思ふ庭の梢に 花の陰の心をしらば月も日もたつことやすき春はあらじを 後柏原院 夏 題しらず 手もふれで惜しむかひなく藤の花そこにうつれば波ぞ折りける (拾遺87) 【通釈】手も触れずに散るのを惜しんだ甲斐もなく、藤の花は水に映ると、波が折ってしまった。 【補記】水に映った藤の花が波にかき乱される様を、波に折られたと見た。 「うつれば」を「移れば」の意とすれば、水に落ちた花片を波がさらってしまった、とも解される。 なお、物が水に反映して見える像を、当時は水面でなく水底に映っているものと考えたらしい。 貞文 さだふん が家の歌合に 郭公をちかへりなけうなゐ子がうちたれ髪のさみだれの空 (拾遺116) 【通釈】ほととぎすよ、繰り返し鳴け。 幼な子の髫 うない の垂れ髪が乱れているように降る五月雨の空に。 カッコウ科カッコウ目。 インド・中国南部から初夏に渡来する夏鳥。 昼夜、晴雨を問わず鳴く。 和歌では殊に、雨の夜、空を飛びながら鳴くさまに関心を寄せた。 繰り返し。 「若返って」の意もあり、次句の「うなゐ子」のイメージと微妙に響き合う。 十二、三歳くらいまでを言う。 【補記】動きの活発な子の垂れ髪は乱れやすく、それで「うなゐ子がうちたれ髪の」を「さみだれ」の序に用いたのだろう。 もっとも「さみだれ」の語源は「乱れ」とは関係なく、「さ水 み 垂れ」であり、古人がこの語源意識を有していたとしたら、「 垂れ髪」から「さみ だれ」を導いたのだとも考えられる。 邸で催された歌合に出された作。 郭公のなきけるをききてよめる ほととぎす我とはなしに卯の花のうき世の中になきわたるらむ (古今164) 【通釈】ほととぎすは、私ではないのに、私と同じ様に、憂き世にあって啼き続けるのだろうか。 【補記】「卯の花の」は「うき世の中」の「う」を導く枕詞。 ウの音を同じくすると共に、時鳥の鳴く季節が卯の花の咲く季節と合致するゆえにこの語を用いている。 ゆえに時鳥が卯の花が咲く辺りを鳴いて過ぎると解釈することも可能である。 隣より、とこなつの花を乞ひにおこせたりければ、をしみてこの歌をよみてつかはしける 塵をだにすゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわがぬるとこ夏の花 (古今167) 【通釈】寝床と同じ様に、塵ひとつ置かないように思っているのですよ、咲いてからずっと。 それほど大切にしている花なのですから、どうぞお宅でも大事にして下さい。 【補記】「とこ夏の花」は撫子の別称。 みな月のつごもりの日よめる 夏と秋と行きかふ空のかよひ路はかたへすずしき風や吹くらむ (古今168) 【通釈】去りゆく夏と訪れる秋が行き違う空の通り路では、片方にだけ涼しい風が吹いているのだろうか。 【補記】古今集夏歌の巻末。 「せこ」は女から夫や恋人を呼ぶ称。 前句からのつながりで衣の「裏」を言い出し、「心 うら めづらしき」と続けた。 「うら」は「うら悲し」などと言う時の「うら」と同じく、心の内側で感じていることを表わす。 【補記】「吹き返し」までは「うら」を導く序であるが、嘱目を叙している形をとり、いわゆる「有心の序」となっている。 またこの序によって「秋の初風」を感じているのが女性であると知られ、「衣のすそ」という細部への目配りがおのずと夫に対する気持の細やかさを伝えて、一首の情趣をしっとりとしたものにしている。 古今集はで載せるが、『躬恒集』にあり、また『古今和歌六帖』も躬恒の作とする(但し初句は「わぎも子が」)。 【他出】家持集、躬恒集、新撰和歌、古今和歌六帖、綺語抄、能因歌枕、定家八代抄、秀歌大躰、歌林良材 (初句を「わぎもこが」として載せる本もある。 ) 【主な派生歌】 唐衣立田の山の郭公うらめづらしきけさの初声 [続千載] 雪消えてうらめづらしき初草のはつかに野べも春めきにけり [新勅撰] 山風の霞の衣吹きかへしうらめづらしき花の色かな [新拾遺] 山路より磯辺の里に今日はきて浦めづらしき旅衣かな 彦星の妻待つ秋の初風にうらめづらしき天の羽衣 梅が香に今日は難波のあま衣うらめづらしき春風ぞ吹く 松風も秋にすずしく音かへてうらめづらしき志賀の唐崎 秋きぬと海吹く比良の山風もうらめづらしきあまの衣手 七日 なぬか の日の夜よめる たなばたにかしつる糸のうちはへて年の緒ながく恋ひやわたらむ (古今180) 【通釈】七月七日には機織 はたおり の上達を願って織女星に糸をお供えするけれども、その糸のように長く延ばして、何年も何年も私はあの人を恋し続けるのだろうか。 【補記】「つらね」は列をなして飛ぶ雁の習性から「雁がね」の縁語となる。 昔あひしりて侍りける人の、秋の野にあひて、ものがたりしけるついでによめる 秋萩のふるえにさける花見れば本の心は忘れざりけり (古今219) 【通釈】秋萩の去年の古い枝に咲いた花を見ると、花ももとの心を忘れなかったのだなあ。 【補記】旧友と偶然出遭い、友情の変わりない喜びを季節の風物に事寄せて詠んだ。 【主な派生歌】 秋くれば萩もふるえにさくものを人こそかはれもとの心は 藤原惟方[風雅] さこそわれ萩のふるえの秋ならめもとの心を人のとへかし [風雅] いまはよにもとの心の友もなし老いてふるえの秋萩の花 いはれのの古枝の真萩はなさけば池にももとの心をぞしる なれきつるもとの心は忘れずと萩の古枝をてらす月かげ 内侍のかみの右大将藤原朝臣の四十賀しける時に、四季の絵かけるうしろの屏風にかきたりける歌 秋 住の江の松を秋風吹くからに声うちそふる沖つ白波 (古今360) 【通釈】住の江の松を秋風が吹くやいなや、声をうち添える、沖の白波よ。 「そふる」に、さらに年齢を重ねてゆくことを含意する。 【補記】藤原定国の四十歳の祝賀における屏風に添えた歌。 古今集の排列からすると素性法師の作になるが、『躬恒集』や拾遺集に躬恒の作として載る。 『躬恒集』の詞書は「延喜十五年二月十日、仰せ言によりて奉れる、和泉の大将四十の賀の屏風四帖、内よりはじめて、尚侍の殿にたまふ歌」。 【他出】寛平御時中宮歌合、躬恒集、古今和歌六帖、拾遺集(重出)、麗花集、袋草紙、五代集歌枕、和歌色葉、古来風体抄、俊成三十六人歌合、定家十体(麗様)、定家八代抄、西行談抄、時代不同歌合、十訓抄、古今著聞集、歌枕名寄、三五記、愚見抄、悦目抄 (初句を「すみよしの」として載せる本も少なくない) 【鑑賞】「此の如きさはやかなる 調 しらべ は貫之にもなし。 誠に古今の一人なり。 (中略) 扨 さて 此歌は、住吉のすべての景色をいはずして、中にも勝れて感ある所を取りたるなり。 そは松風のさはやかなるに、浪の音のさらさら打合ふ処なり。 又経信朝臣の『沖つ風ふきにけらしな住の江の松のしづ枝を洗ふ白浪』、是は景色を十分 云負 いひおほ せたるなり。 されどさはやかならずして、感 少 すくな し。 歌は 理 こと わるものに 非 あら ず、調ぶるもの也といふは此事なり」(香川景樹『桂の下枝』)。 【主な派生歌】 秋風の関吹きこゆるたびごとに声うちそふる須磨のうら波 [新古] もしほ草しきつの浪にうき枕きけすみよしの松を秋風 住吉の松のしづえは神さびてゆふしでかくる沖つ白波 藤原光頼[続後撰] 住吉の浜辺のみそぎくれゆけば松を秋風けふよりぞふく 清涼殿の南のつまに、みかは水ながれいでたり、その前栽に松浦沙あり、延喜九年九月十三日に賀せしめたまふ、題に月にのりてささら水をもてあそぶ、詩歌こころにまかす ももしきの大宮ながら 八十島 やそしま を見るここちする秋の夜の月 (躬恒集) 【通釈】大宮にいながらにして、たくさんの島を見渡せるような心地がする、秋の夜の月よ。 内裏内の側溝を流れる水。 歌枕松浦潟(佐賀県唐津市の虹の松原辺り)をかたどった洲浜か、松浦産の砂か。 醍醐天皇代。 九月十三日は「のちの月」として賞美された。 文選の謝霊運の詩に由る。 【補記】洲浜には砂で多くの島が造り成されていたのだろう。 この歌は拾遺集「雑秋」の部に読人しらずとして入集しているが、『躬恒集』に見え、『古今和歌六帖』も躬恒作とする。 【補記】『躬恒集』によれば屏風歌。 但し上句は「秋の野の道をわけ行くうつりがは」。 『古今和歌六帖』も躬恒作として載せるが、初二句が異なり、「秋ののにわけゆくからに」とある。 白菊の花をよめる 心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花 (古今277) 【通釈】当て推量に、折れるものならば折ってみようか。 草葉に置いた初霜が見分け難くしている白菊の花を。 根拠もなく推し量って。 「よく注意して」の意とする説もある。 「ばや」は接続助詞「ば」と疑問の助詞「や」。 霜は空気中の水蒸気が地表などに触れて昇華し、氷片となったもの。 古人は露が凍って出来ると考えたらしい。 「初霜」はその年最初の霜で、だからこそ人を「まどはせる」ものたり得る。 当時は今見るような大輪のものはなく、小菊であったろうと言う。 【補記】晩秋の明け方、まだ薄暗い庭にあって、草葉に置いた初霜と菊が共に真っ白で、見まがう程である、と誇張した。 菊の花の凛然たる白さを印象づけるための趣向であるが、「霜の花」という言葉があるほど、草葉を覆う霜は実際美しいものである。 梅と雪、月光と雪など、古今集時代に好まれた、言わば「紛らわしい見立て」の発想は、漢詩の影響下にあることが指摘されている。 【補記】散った葉は水面に落ち、まだ散らない葉は水底に映って見える、という凝った趣向。 なお、当時は水面ばかりでなく水底にまで物が映って見えると考えられたらしい。 長月のつごもりの日よめる 道しらばたづねもゆかむもみぢ葉を 幣 ぬさ とたむけて秋は 去 い にけり (古今313) 【通釈】どの道を通るのか知っていたら、追ってもゆこうものを。 散り乱れる紅葉を幣として手向けながら、秋は去ってしまうよ。 【補記】「幣」とは神への捧げ物で、旅に出る時、紙または絹を細かく切ったものを袋に入れて持参し、道祖神の前でまき散らした。 【参考歌】「古今集」 このたびは幣もとりあへず手向山もみぢの錦神のまにまに 【主な派生歌】 もみぢばを幣とたむけてちらしつつ秋とともにやゆかむとすらむ 大輔[後撰] もみぢばを幣にたむけて行く秋ををしみとめぬや神なびの森 みそぎ川あさのたちえのゆふしでを幣とたむけて夏はいぬめり 冬 雪のふれるをみてよめる 雪ふりて人もかよはぬ道なれやあとはかもなく思ひ消ゆらむ (古今329) 【通釈】雪が降り積もって、道は人も通わなくなったのだなあ。 誰一人訪ねて来ず、このままでは寂しさに跡形もなく私の心は消えてしまうことだろう。 【補記】人の訪れが絶えた冬の山里を詠む歌群にある。 「思ひ」の「ひ」に「火」を掛け、「きゆ」と縁語になる。 また「きゆ」は雪とも縁のある語。 恋 題しらず 初雁のはつかに声を聞きしよりなかぞらにのみ物を思ふかな (古今481) 【通釈】初雁の声を耳にするように、あの人の声をほのかに聞いてからというもの、うわの空で物思いをしてばかりいるよ。 【補記】「初雁の」は同音の「はつか」を導くとともに、遠くからわずかに聞えた恋人の声の比喩ともなっている。 【補記】山鳥は雉によく似た鳥。 雌雄は峰を隔てて寝ると信じられ、「遠山鳥」の鳴き声とは雄が遠くにいる雌を恋い慕って鳴く声である。 題しらず 秋霧のはるる時なき心には立ちゐの空も思ほえなくに (古今580) 【通釈】秋霧のように鬱々とした思いが常に立ち込め、晴れることのない私の心は、立ったり座ったりするのも気づかないほど上の空であるよ。 【補記】「空」は「心空なり」などと言う時の「空」にひっかけ、霧の縁語として用いている。 「立ち」も霧の縁語。 【補記】「そよ」は相手に対して同意・共感などを示す語。 「人」は人一般でなく、恋の対象である特定の人である。 題しらず 夏虫をなにか言ひけむ心から我も思ひにもえぬべらなり (古今600) 【通釈】夏の虫のことを何でまたあげつらったのだろう。 私もまた、自分の心から恋の思いに燃えてしまうだろうに。 【補記】「夏虫」は蛾など、火中に飛び入って燃える虫。 「思ひ」の「ひ」に「火」を掛けている。 題しらず 君をのみ思ひ寝にねし夢なれば我が心から見つるなりけり (古今608) 【通釈】あなたのことばかり思いながら寝入って見た夢だから、私の心が原因で見た夢だったのだなあ。 【補記】「相手が自分を思うから夢に見える」「自分が相手を思うから夢に見る」両様の考え方があったが、「思ひ寝」に見た夢だから後者だろうと言うのである。 【主な派生歌】 思ひ寝に我が心からみる夢も逢ふ夜は人のなさけなりけり [新続古今] いとどまた夢てふ物をたのめとや思ひねになくほととぎすかな うつつにも夢にも人に夜し逢へば暮れゆくばかり嬉しきはなし (亭子院歌合) 【通釈】現実でも夢でも恋人とは夜に逢うので、日が暮れて行くことほど嬉しいことはない。 【補記】この歌は拾遺集に読人不知とするが、延喜十三年亭子院歌合では躬恒の作としている。 題しらず わが恋はゆくへも知らず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ (古今611) 【通釈】この恋は、行方もわからず、果ても知らない。 いったいどこに辿り着くというのだろう。 ただこれだけは言える、今はただ、あの人と逢うことが終着点と思うばかりなのだ。 【他出】躬恒集、古今和歌六帖、三十人撰、金玉集、和漢朗詠集、三十六人撰、深窓秘抄、古来風躰抄、定家八代抄 【主な派生歌】 惜しめどもたちもとまらぬ秋霧のゆくへもしらぬ恋もするかな 恋しさは逢ふを限りと聞きしかどさてしもいとど思ひそひけり [千載] 我が恋は今をかぎりと夕まぐれ荻ふく風の音づれて行く [新古] 心こそ行方も知らね三輪の山杉の梢の夕暮の空 [新古]) 芳野山あふをかぎりの桜花ゆくへもしらぬ道やまどはむ あひみてもなほ行方なき思ひかな命や恋のかぎりなるらむ いつしかの行へもしらぬ詠めより逢ふを限りのはてをしぞ思ふ 我が恋は逢ふをかぎりのたのみだに行方もしらぬ空のうき雲([新古]) 行へなきあふをかぎりの白雲もたえて分かるる峰の松かぜ さても又あふを限りのはてもなし恋は命ぞかぎりなりける おのづからあふをかぎりの命とて年月ふるも涙なりけり 〃[続古今] 徒に立つや煙のはてもなし逢ふを限りともゆる思ひは(源親長[続拾遺]) 我が涙逢ふを限りと思ひしに猶いひしらぬ袖の上かな([続拾遺] 思ひあまりあふをかぎりの詠めしてゆくへもしらぬ夕暮の空 こむ世には契ありやと恋ひしなむあふをかぎりの命をしまで [新後撰] わたの原ゆくへもしらずはてもなし沖つ霞の春のあけぼの 恋ひしなむそれまでと猶歎くかなあふを限の思ひたえても しら雲の八重山遠く匂ふなり逢ふをかぎりの花の春風 題しらず 長しとも思ひぞはてぬ昔より逢ふ人からの秋の夜なれば (古今636) 【通釈】必ずしも長いとは思い決めないよ。 昔から、逢う人によって決まる秋の夜の長さなのだから。 【補記】「思ひぞはてぬ」は「思ひはてず」を強めた言い方。 「ぞ」の係り結びにより否定の助動詞「ず」が連体形「ぬ」となっている。 【主な派生歌】 くれはつる秋こそやがてしらせけれあふ人からの夜半のならひは むつごとも逢ふ人からのならひかもいづらは夜半も長月の空 ながしとぞ思ひはてぬる逢はでのみひとり月見る秋の夜な夜な またいつにこよひもまたむ月をしも逢ふ人からのしののめの空 三条西実隆 題しらず わがごとく我を思はむ人もがなさてもや憂きと世をこころみむ (古今750) 【通釈】私が相手を思うように私を思ってくれる人がいてほしい。 それでも人と人の仲は厭わしいものかと試してみたい。 【主な派生歌】 よの中はさてもやうきと桜花ちらぬ春にもあひ見てしがな おなじ所に宮仕へし侍りて常に見ならしける女につかはしける 伊勢の海に塩焼く海人の藤衣なるとはすれど逢はぬ君かな (後撰744) 【通釈】伊勢の海で塩を焼く海人の粗末な衣がくたくたに褻 な れているように、見慣れてはいるけれど逢瀬は遂げていないあなたですよ。 【補記】「藤衣」までは「なる」を起こす序。 「なる」は衣服については着古して布地がくたくたになった状態を言う。 【主な派生歌】 須磨の海人の袖に吹きこす潮風のなるとはすれど手にもたまらず [新古今] 露分くる夏野の草のぬれ衣なるとはすれど色もかはらず あま衣なるとはすれどいせ島やあはぬうつせはいふかひもなし 恋歌の中に 五月雨のたそかれ時の月かげのおぼろけにやはわれ人を待つ (玉葉1397) 【通釈】梅雨の頃の黄昏時の月の光がよくぼんやりしているように、ぼんやりと好い加減な気持で私があなたを待っているとでもお思いですか。 【参考歌】「拾遺集」 逢ふことはかたわれ月の雲隠れおぼろけにやは人の恋しき 【主な派生歌】 あふことをはつかに見えし月影のおぼろけにやはあはれともおもふ [新古] 雑 越の国へまかりける人によみてつかはしける よそにのみ恋ひやわたらむしら山の雪見るべくもあらぬわが身は (古今383) 【通釈】遠くからずっと恋い慕ってばかりいるのでしょうか。 白山の雪を見に行くすべもない私は。 【補記】離別歌。 「越 こし の国」は今言う北陸地方に当る。 「しら山」は加賀白山()。 「雪見る」に「行き見る」(あなたに逢いに行く)を掛ける。 【補記】羈旅歌。 「あまたたび寝ぬ」は、寒さに何度も目覚めてはまた寝たということであろう。 幾晩も寝たという意味にもとれるが、それでは「初霜」という語に合わなくなる。 「たび寝」に「旅寝」の意が掛かる。 【主な派生歌】 さすらふる我が身にしあれば象潟やあまの苫屋にあまたたび寝ぬ [新古] 母がおもひにてよめる 神な月しぐれにぬるるもみぢ葉はただわび人のたもとなりけり (古今840) 【通釈】神無月の時雨に濡れる紅葉の色は、嘆き悲しむ私の 血の涙に染まった袖の色そのままです。 【補記】哀傷歌。 母の喪に服しての作。 『躬恒集』には見えず、『忠岑集』に載る。 【参考歌】「万葉集」巻八 神な月時雨にあへるもみち葉の吹かば散りなむ風のまにまに よみ人しらず「後撰集」 唐衣たつたの山のもみぢばは物思ふ人のたもとなりけり 【主な派生歌】 わび人のたもとしなくは紅葉葉のひとりや雨にぬれて染めまし 題しらず 見る人にいかにせよとか月影のまだ宵のまに高くなりゆく (玉葉2158) 【通釈】見る人にどうしろというのだろうか、まだ日暮れて間もないうちから、月がどんどん高くなってゆく。 【補記】月夜をじっくり賞美したいと思う人の心を裏切るように、夜空を昇ってゆく月。 『躬恒集』は第一句「みるほどに」。 【参考歌】よみ人しらず「古今集」 おもふよりいかにせよとか秋風になびくあさぢの色ことになる 延喜御時、御厨子所にさぶらひけるころ、沈めるよしを歎きて、御覧ぜさせよとおぼしくて、ある蔵人に贈りて侍りける十二首がうち いづことも春の光はわかなくにまだみ吉野の山は雪ふる (後撰19) 【通釈】どこでも春の光は分け隔てなく射すはずですのに、この吉野山ではまだ雪が降っております。 【補記】詞書の「延喜御時」は醍醐天皇代。 「御厨子所 みづしどころ 」は天皇の御膳を供進したり節会での酒肴を調える所。 そこに伺候していた頃、不遇の我が身を歎き、ある蔵人に陳情した歌。 天皇の慈悲を春の光に、自らの境遇を雪降る吉野山に喩えている。 後撰集は春歌とするが、内容からして述懐歌とするのが妥当。 山のほうしのもとへつかはしける 世をすてて山にいる人山にても猶うき時はいづちゆくらむ (古今956) 【通釈】俗世を捨てて山に入る人は、山にあっても生き辛いと思う時には、どこへ行くのだろう。 この「らむ」は推量の助動詞。 疑問詞「いづち」を受けて場所を推量する用法。 物思ひける時、いときなき子を見てよめる 今更になにおひいづらむ竹の子のうきふししげき世とは知らずや (古今957) 【通釈】不憫な我が子よ、今更どうして成長してゆくのか。 竹の子の節ではないが、辛い折節の多い世とは知らないのか。 【補記】表面的には「竹の子は今更どうして生え出てきたのか」云々と言い、そこに幼い我が子への感慨を込めている。 「ふし」「よ」は竹の縁語(「よ」は節と節の間の意)。 「ふししげき」は竹については節が多い意になる。 友だちの久しうまうでこざりけるもとに、よみてつかはしける 水のおもにおふる五月の浮き草の憂きことあれやねをたえてこぬ (古今976) 【通釈】水面に生えている五月の浮草ではないが、憂きことがあるのだろうか、まるで浮草の根が切れたようにぷっつりとあなたの音信も絶えた。 【補記】「浮き草の」までが「うき」を起こす序。 「ねをたえて」の「ね」には「音 ね 」すなわち音信の意を掛ける。 【参考歌】小治田広耳「万葉集」巻八 ほととぎす鳴く峰の上の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ 淡路のまつりごと人の任果てて上りまうで来ての頃、の粟田の家にて ひきてうゑし人はむべこそ老いにけれ松のこだかくなりにけるかな (後撰1107) 【通釈】小松を引き抜いて植えた人が年老いたのも無理はありません。 その松がこれほど高くなるまで育ったのですから。 【補記】「淡路のまつりごと人」は淡路掾。 躬恒は延喜二十一年 921 正月、淡路掾に任官している。 その任期が終わって上京した頃、藤原兼輔の粟田(京都市左京区)の別荘で詠んだ歌。 「ひきてうゑし人」は作者自身を指すと思われる。 【参考歌】「万葉集」巻三 妹として二人作りし我が山斎 しま は木高く繁くなりにけるかも 法皇西河におはしましたりける日、猿山の峡に叫ぶといふことを題にてよませ給うける わびしらに 猿 ましら ななきそあしひきの山のかひある今日にやはあらぬ (古今1067) 【通釈】物悲しげに哭くな、猿よ。 おまえの棲む山に峡 かい があるように、甲斐のある今日ではないか。 【補記】宇多法皇の大堰川行幸の際、「猿、山の峡に叫ぶ」の題で詠むよう命ぜられて作った歌。 「あしひきの山の」は「かひ」を起こす序。 「かひある」は「張合いがある」程の意。 「今日」は法皇行幸の今日。 【主な派生歌】 岩にむす苔ふみならす三熊野の山のかひある行末もがな [新古] 今朝ぞこの山のかひあるみむろ山絶えせぬ道の跡を尋ねて 亀のをの山のかひある山桜万代ふべきためしとぞみる 西園寺公相[続拾遺] 公開日:平成12年04月08日 最終更新日:平成20年09月26日.

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芭蕉俳句全集

心 あて に 折ら ば や 折 らむ 初 霜 の 置 きま ど は せる 白菊 の 花

彡 、. 、 、. ヽ '". i l ィ、. 、 ヘ ヽ. ヘ /从. ,ィ'. ノ 、 ヘ. 弋:::::j. ヘ Y.. ヽ ` 、 ヘ. 、 `-. 、 , ヽ.. ヽソ彡ノ 、 l. j:::::::l. j:::::::::l. これは人間の主観的形式によって構成された対象からなる世界ということである。 そして人間が認識をすることが可能なのは、現象界とするもののみに限られる。 対義語は有。 「定義されていない(未定義)」事とは意味合いが異なる場合がある。 指す対象を取って形容詞または接頭辞として使われることが多く、 その場合は単に対象(の存在)の否定である。 定義[編集] ・物事が存在しないこと。 絶対的虚無であり、存在論(有論)に立たず、言わば、「無論」に立つ。 ・物事が、ある状態の下にないこと。 ゆえに、他の状態にはあることが含示された存在論に立つ。 人言の繁きこのころ玉ならば手に巻き持ちて恋ひずあらましを 妹も我れも清みの川の川岸の妹が悔ゆべき心は持たじ 愛しき人のまきてし敷栲の我が手枕をまく人あらめや 帰るべく時はなりけり都にて誰が手本をか我が枕かむ 都なる荒れたる家にひとり寝ば旅にまさりて苦しかるべし 大君の命畏み大殯の時にはあらねど雲隠ります 世間は空しきものとあらむとぞこの照る月は満ち欠けしける 天雲の 向伏す国の ますらをと 言はれし人は 天皇の 神の御門に 外の重に 立ち侍ひ 内の重に 仕へ奉りて 玉葛 いや遠長く 祖の名も 継ぎ行くものと 母父に 妻に子どもに 語らひて 立ちにし日より たらちねの 母の命は 斎瓮を 前に据ゑ置きて 片手には 木綿取り持ち 片手には 和栲奉り 平けく ま幸くいませと 天地の 神を祈ひ祷み いかにあらむ 年月日にか つつじ花 にほへる君が にほ鳥の なづさひ来むと 立ちて居て 待ちけむ人は 大君の 命畏み おしてる 難波の国に あらたまの 年経るまでに 白栲の 衣も干さず 朝夕に ありつる君は いかさまに 思ひませか うつせみの 惜しきこの世を 露霜の 置きて去にけむ 時にあらずして 昨日こそ君はありしか思はぬに浜松の上に雲にたなびく いつしかと待つらむ妹に玉梓の言だに告げず去にし君かも 我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき 鞆の浦の礒のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも 礒の上に根延ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか 妹と来し敏馬の崎を帰るさにひとりし見れば涙ぐましも 行くさにはふたり我が見しこの崎をひとり過ぐれば心悲しも [一云 見も放かず来ぬ] 人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり 妹としてふたり作りし我が山斎は木高く茂くなりにけるかも 我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る はしきやし栄えし君のいましせば昨日も今日も我を召さましを はしきやし栄えし君のいましせば昨日も今日も我を召さましを かくのみにありけるものを萩の花咲きてありやと問ひし君はも 君に恋ひいたもすべなみ葦鶴の哭のみし泣かゆ朝夕にして 遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし みどり子の匍ひたもとほり朝夕に哭のみぞ我が泣く君なしにして 見れど飽かずいましし君が黄葉のうつりい行けば悲しくもあるか 栲づのの 新羅の国ゆ 人言を よしと聞かして 問ひ放くる 親族兄弟 なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うち日さす 都しみみに 里家は さはにあれども いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保の山辺に 泣く子なす 慕ひ来まして 敷栲の 家をも作り あらたまの 年の緒長く 住まひつつ いまししものを 生ける者 死ぬといふことに 免れぬ ものにしあれば 頼めりし 人のことごと 草枕 旅なる間に 佐保川を 朝川渡り 春日野を そがひに見つつ あしひきの 山辺をさして 夕闇と 隠りましぬれ 言はむすべ 為むすべ知らに たもとほり ただひとりして 白栲の 衣袖干さず 嘆きつつ 我が泣く涙 有間山 雲居たなびき 雨に降りきや 留めえぬ命にしあれば敷栲の家ゆは出でて雲隠りにき 今よりは秋風寒く吹きなむをいかにかひとり長き夜を寝む 長き夜をひとりや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに 秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲ひつるかも 我がやどに 花ぞ咲きたる そを見れど 心もゆかず はしきやし 妹がありせば 水鴨なす ふたり並び居 手折りても 見せましものを うつせみの 借れる身なれば 露霜の 消ぬるがごとく あしひきの 山道をさして 入日なす 隠りにしかば そこ思ふに 胸こそ痛き 言ひもえず 名づけも知らず 跡もなき 世間にあれば 為むすべもなし 時はしもいつもあらむを心痛くい行く我妹かみどり子を置きて 出でて行く道知らませばあらかじめ妹を留めむ関も置かましを 妹が見しやどに花咲き時は経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに かくのみにありけるものを妹も我れも千年のごとく頼みたりけり 家離りいます我妹を留めかね山隠しつれ心どもなし 世間し常かくのみとかつ知れど痛き心は忍びかねつも 佐保山にたなびく霞見るごとに妹を思 昔こそ外にも見しか我妹子が奥つ城と思へばはしき佐保山 かけまくも あやに畏し 言はまくも ゆゆしきかも 我が大君 皇子の命 万代に 見したまはまし 大日本 久迩の都は うち靡く 春さりぬれば 山辺には 花咲きををり 川瀬には 鮎子さ走り いや日異に 栄ゆる時に およづれの たはこととかも 白栲に 舎人よそひて 和束山 御輿立たして ひさかたの 天知らしぬれ 臥いまろび ひづち泣けども 為むすべもなし 我が大君天知らさむと思はねばおほにぞ見ける和束杣山 あしひきの山さへ光り咲く花の散りぬるごとき我が大君かも かけまくも あやに畏し 我が大君 皇子の命の もののふの 八十伴の男を 召し集へ 率ひたまひ 朝狩に 鹿猪踏み起し 夕狩に 鶉雉踏み立て 大御馬の 口抑へとめ 御心を 見し明らめし 活道山 木立の茂に 咲く花も うつろひにけり 世間は かくのみならし ますらをの 心振り起し 剣太刀 腰に取り佩き 梓弓 靫取り負ひて 天地と いや遠長に 万代に かくしもがもと 頼めりし 皇子の御門の 五月蝿なす 騒く舎人は 白栲に 衣取り着て 常なりし 笑ひ振舞ひ いや日異に 変らふ見れば 悲しきろかも はしきかも皇子の命のあり通ひ見しし活道の道は荒れにけり 大伴の名に負ふ靫帯びて万代に頼みし心いづくか寄せむ 白栲の 袖さし交へて 靡き寝し 我が黒髪の ま白髪に なりなむ極み 新世に ともにあらむと 玉の緒の 絶えじい妹と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂げず 白栲の 手本を別れ にきびにし 家ゆも出でて みどり子の 泣くをも置きて 朝霧の おほになりつつ 山背の 相楽山の 山の際に 行き過ぎぬれば 言はむすべ 為むすべ知らに 我妹子と さ寝し妻屋に 朝には 出で立ち偲ひ 夕には 入り居嘆かひ 脇ばさむ 子の泣くごとに 男じもの 負ひみ抱きみ 朝鳥の 哭のみ泣きつつ 恋ふれども 験をなみと 言とはぬ ものにはあれど 我妹子が 入りにし山を よすかとぞ思ふ うつせみの世のことにあれば外に見し山をや今はよすかと思はむ 朝鳥の哭のみし泣かむ我妹子に今またさらに逢ふよしをなみ 一日こそ人も待ちよき長き日をかくのみ待たば有りかつましじ 神代より 生れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群の 通ひは行けど 我が恋ふる 君にしあらねば 昼は 日の暮るるまで 夜は 夜の明くる極み 思ひつつ 寐も寝かてにと 明かしつらくも 長きこの夜を 山の端にあぢ群騒き行くなれど我れは寂しゑ君にしあらねば 近江道の鳥篭の山なる不知哉川日のころごろは恋ひつつもあらむ 君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く 風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ 真野の浦の淀の継橋心ゆも思へや妹が夢にし見ゆる 川上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも 衣手に取りとどこほり泣く子にもまされる我れを置きていかにせむ [舎人吉年] 置きていなば妹恋ひむかも敷栲の黒髪敷きて長きこの夜を 我妹子を相知らしめし人をこそ恋のまされば恨めしみ思へ 朝日影にほへる山に照る月の飽かざる君を山越しに置きて み熊野の浦の浜木綿百重なす心は思へど直に逢はぬかも いにしへにありけむ人も我がごとか妹に恋ひつつ寐ねかてずけむ 今のみのわざにはあらずいにしへの人ぞまさりて音にさへ泣きし 百重にも来及かぬかもと思へかも君が使の見れど飽かずあらむ 神風の伊勢の浜荻折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺に 娘子らが袖布留山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我れは 夏野行く牡鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや 玉衣のさゐさゐしづみ家の妹に物言はず来にて思ひかねつも 君が家に我が住坂の家道をも我れは忘れじ命死なずは 今さらに何をか思はむうち靡き心は君に寄りにしものを 我が背子は物な思ひそ事しあらば火にも水にも我れなけなくに 敷栲の枕ゆくくる涙にぞ浮寝をしける恋の繁きに 衣手の別かる今夜ゆ妹も我れもいたく恋ひむな逢ふよしをなみ 臣女乃 匣尓乗有 鏡成 見津乃濱邊尓 狭丹頬相 紐解不離 吾妹兒尓 戀乍居者 明晩乃 旦霧隠 鳴多頭乃 哭耳之所哭 吾戀流 干重乃一隔母 名草漏 情毛有哉跡 家當 吾立見者 青旗乃 葛木山尓 多奈引流 白雲隠 天佐我留 夷乃國邊尓 直向 淡路乎過 粟嶋乎 背尓見管 朝名寸二 水手之音喚 暮名寸二 梶之聲為乍 浪上乎 五十行左具久美 磐間乎 射徃廻 稲日都麻 浦箕乎過而 鳥自物 魚津左比去者 家乃嶋 荒礒之宇倍尓 打靡 四時二生有 莫告我 奈騰可聞妹尓 不告来二計謀 白栲の袖解き交へて帰り来む月日を数みて行きて来ましを 我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ 秋の田の穂田の刈りばかか寄りあはばそこもか人の我を言成さむ 大原のこのいち柴のいつしかと我が思ふ妹に今夜逢へるかも 我が背子が着せる衣の針目おちず入りにけらしも我が心さへ ひとり寝て絶えにし紐をゆゆしみと為むすべ知らに音のみしぞ泣く 我が持てる三相に搓れる糸もちて付けてましもの今ぞ悔しき 神木にも手は触るといふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも 春日野の山辺の道をよそりなく通ひし君が見えぬころかも 雨障み常する君はひさかたの昨夜の夜の雨に懲りにけむかも ひさかたの雨も降らぬか雨障み君にたぐひてこの日暮らさむ 庭に立つ麻手刈り干し布曝す東女を忘れたまふな 娘子らが玉櫛笥なる玉櫛の神さびけむも妹に逢はずあれば よく渡る人は年にもありといふをいつの間にぞも我が恋ひにける むし衾なごやが下に伏せれども妹とし寝ねば肌し寒しも 佐保川の小石踏み渡りぬばたまの黒馬来る夜は年にもあらぬか 千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむ時もなし我が恋ふらくは 来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを 千鳥鳴く佐保の川門の瀬を広み打橋渡す汝が来と思へば 佐保川の岸のつかさの柴な刈りそねありつつも春し来たらば立ち隠るがね 赤駒の越ゆる馬柵の標結ひし妹が心は疑ひもなし 梓弓爪引く夜音の遠音にも君が御幸を聞かくしよしも うちひさす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦し遣ればすべなし 難波潟潮干のなごり飽くまでに人の見る子を我れし羨しも 遠妻の ここにしあらねば 玉桙の 道をた遠み 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 苦しきものを み空行く 雲にもがも 高飛ぶ 鳥にもがも 明日行きて 妹に言どひ 我がために 妹も事なく 妹がため 我れも事なく 今も見るごと たぐひてもがも 敷栲の手枕まかず間置きて年ぞ経にける逢はなく思へば 意宇の海の潮干の潟の片思に思ひや行かむ道の長手を 言清くいたもな言ひそ一日だに君いしなくはあへかたきかも 人言を繁み言痛み逢はずありき心あるごとな思ひ我が背子 我が背子し遂げむと言はば人言は繁くありとも出でて逢はましを 我が背子にまたは逢はじかと思へばか今朝の別れのすべなかりつる この世には人言繁し来む世にも逢はむ我が背子今ならずとも 常やまず通ひし君が使ひ来ず今は逢はじとたゆたひぬらし 大君の 行幸のまにま もののふの 八十伴の男と 出で行きし 愛し夫は 天飛ぶや 軽の路より 玉たすき 畝傍を見つつ あさもよし 紀路に入り立ち 真土山 越ゆらむ君は 黄葉の 散り飛ぶ見つつ にきびにし 我れは思はず 草枕 旅をよろしと 思ひつつ 君はあらむと あそそには かつは知れども しかすがに 黙もえあらねば 我が背子が 行きのまにまに 追はむとは 千たび思へど 手弱女の 我が身にしあれば 道守の 問はむ答へを 言ひやらむ すべを知らにと 立ちてつまづく 後れ居て恋ひつつあらずは紀の国の妹背の山にあらましものを 我が背子が跡踏み求め追ひ行かば紀の関守い留めてむかも 三香の原 旅の宿りに 玉桙の 道の行き逢ひに 天雲の 外のみ見つつ 言問はむ よしのなければ 心のみ 咽せつつあるに 天地の 神言寄せて 敷栲の 衣手交へて 己妻と 頼める今夜 秋の夜の 百夜の長さ ありこせぬかも 天雲の外に見しより我妹子に心も身さへ寄りにしものを 今夜の早く明けなばすべをなみ秋の百夜を願ひつるかも 天地の神も助けよ草枕旅行く君が家にいたるまで 大船の思ひ頼みし君が去なば我れは恋ひむな直に逢ふまでに 大和道の島の浦廻に寄する波間もなけむ我が恋ひまくは 我が君はわけをば死ねと思へかも逢ふ夜逢はぬ夜二走るらむ 天雲のそくへの極み遠けども心し行けば恋ふるものかも 古人のたまへしめたる吉備の酒病めばすべなし貫簀賜らむ 君がため醸みし待酒安の野にひとりや飲まむ友なしにして 筑紫船いまだも来ねばあらかじめ荒ぶる君を見るが悲しさ 大船を漕ぎの進みに岩に触れ覆らば覆れ妹によりては ちはやぶる神の社に我が懸けし幣は賜らむ妹に逢はなくに 事もなく生き来しものを老いなみにかかる恋にも我れは逢へるかも 恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ 思はぬを思ふと言はば大野なる御笠の杜の神し知らさむ 暇なく人の眉根をいたづらに掻かしめつつも逢はぬ妹かも 黒髪に白髪交り老ゆるまでかかる恋にはいまだ逢はなくに 山菅の実ならぬことを我れに寄せ言はれし君は誰れとか寝らむ 大伴の見つとは言はじあかねさし照れる月夜に直に逢へりとも 草枕旅行く君を愛しみたぐひてぞ来し志賀の浜辺を 周防なる磐国山を越えむ日は手向けよくせよ荒しその道 み崎廻の荒磯に寄する五百重波立ちても居ても我が思へる君 韓人の衣染むといふ紫の心に染みて思ほゆるかも 大和へに君が発つ日の近づけば野に立つ鹿も響めてぞ鳴く 月夜よし川の音清しいざここに行くも行かぬも遊びて行かむ まそ鏡見飽かぬ君に後れてや朝夕にさびつつ居らむ ぬばたまの黒髪変り白けても痛き恋には逢ふ時ありけり ここにありて筑紫やいづち白雲のたなびく山の方にしあるらし 草香江の入江にあさる葦鶴のあなたづたづし友なしにして 今よりは城の山道は寂しけむ我が通はむと思ひしものを 我が衣人にな着せそ網引する難波壮士の手には触るとも 天地とともに久しく住まはむと思ひてありし家の庭はも 見まつりていまだ時だに変らねば年月のごと思ほゆる君 あしひきの山に生ひたる菅の根のねもころ見まく欲しき君かも 生きてあらば見まくも知らず何しかも死なむよ妹と夢に見えつる ますらをもかく恋ひけるをたわやめの恋ふる心にたぐひあらめやも 月草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ 春日山朝立つ雲の居ぬ日なく見まくの欲しき君にもあるかも 出でていなむ時しはあらむをことさらに妻恋しつつ立ちていぬべしや 相見ずは恋ひずあらましを妹を見てもとなかくのみ恋ひばいかにせむ 我が形見見つつ偲はせあらたまの年の緒長く我れも偲はむ 白鳥の飛羽山松の待ちつつぞ我が恋ひわたるこの月ごろを 衣手を打廻の里にある我れを知らにぞ人は待てど来ずける あらたまの年の経ぬれば今しはとゆめよ我が背子我が名告らすな 我が思ひを人に知るれか玉櫛笥開きあけつと夢にし見ゆる 闇の夜に鳴くなる鶴の外のみに聞きつつかあらむ逢ふとはなしに 君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松が下に立ち嘆くかも 我がやどの夕蔭草の白露の消ぬがにもとな思ほゆるかも 我が命の全けむ限り忘れめやいや日に異には思ひ増すとも 八百日行く浜の真砂も我が恋にあにまさらじか沖つ島守 うつせみの人目を繁み石橋の間近き君に恋ひわたるかも 恋にもぞ人は死にする水無瀬川下ゆ我れ痩す月に日に異に 朝霧のおほに相見し人故に命死ぬべく恋ひわたるかも 伊勢の海の礒もとどろに寄する波畏き人に恋ひわたるか 心ゆも我は思はずき山川も隔たらなくにかく恋ひむとは 夕されば物思ひまさる見し人の言とふ姿面影にして 思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死にかへらまし 剣大刀身に取り添ふと夢に見つ何のさがぞも君に逢はむため 天地の神の理なくはこそ我が思ふ君に逢はず死にせめ 我れも思ふ人もな忘れおほなわに浦吹く風のやむ時もなし 皆人を寝よとの鐘は打つなれど君をし思へば寐ねかてぬかも 相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後方に額つくごとし 心ゆも我は思はずきまたさらに我が故郷に帰り来むとは 近くあれば見ねどもあるをいや遠く君がいまさば有りかつましじ 今さらに妹に逢はめやと思へかもここだ我が胸いぶせくあるらむ なかなかに黙もあらましを何すとか相見そめけむ遂げざらまくに もの思ふと人に見えじとなまじひに常に思へりありぞかねつる 相思はぬ人をやもとな白栲の袖漬つまでに音のみし泣くも 我が背子は相思はずとも敷栲の君が枕は夢に見えこそ 剣太刀名の惜しけくも我れはなし君に逢はずて年の経ぬれば 葦辺より満ち来る潮のいや増しに思へか君が忘れかねつる さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな おしてる 難波の菅の ねもころに 君が聞こして 年深く 長くし言へば まそ鏡 磨ぎし心を ゆるしてし その日の極み 波の共 靡く玉藻の かにかくに 心は持たず 大船の 頼める時に ちはやぶる 神か離くらむ うつせみの 人か障ふらむ 通はしし 君も来まさず 玉梓の 使も見えず なりぬれば いたもすべなみ ぬばたまの 夜はすがらに 赤らひく 日も暮るるまで 嘆けども 験をなみ 思へども たづきを知らに たわや女と 言はくもしるく たわらはの 音のみ泣きつつ た廻り 君が使を 待ちやかねてむ 初めより長く言ひつつ頼めずはかかる思ひに逢はましものか 間なく恋ふれにかあらむ草枕旅なる君が夢にし見ゆる 草枕旅に久しくなりぬれば汝をこそ思へな恋ひそ我妹 松の葉に月はゆつりぬ黄葉の過ぐれや君が逢はぬ夜ぞ多き 道に逢ひて笑まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ我妹 沖辺行き辺を行き今や妹がため我が漁れる藻臥束鮒 君により言の繁きを故郷の明日香の川にみそぎしに行く [一尾云龍田越え御津の浜辺にみそぎしに行く 我がたもとまかむと思はむ大夫は変若水求め白髪生ひにけり 白髪生ふることは思はず変若水はかにもかくにも求めて行かむ 何すとか使の来つる君をこそかにもかくにも待ちかてにすれ 初花の散るべきものを人言の繁きによりてよどむころかも うはへなきものかも人はしかばかり遠き家路を帰さく思へば 目には見て手には取らえぬ月の内の楓のごとき妹をいかにせむ ここだくも思ひけめかも敷栲の枕片さる夢に見え来し 家にして見れど飽かぬを草枕旅にも妻とあるが羨しさ 草枕旅には妻は率たれども櫛笥のうちの玉をこそ思へ 我が衣形見に奉る敷栲の枕を放けずまきてさ寝ませ 我が背子が形見の衣妻どひに我が身は離けじ言とはずとも ただ一夜隔てしからにあらたまの月か経ぬると心惑ひぬ 我が背子がかく恋ふれこそぬばたまの夢に見えつつ寐ねらえずけれ はしけやし間近き里を雲居にや恋ひつつ居らむ月も経なくに 絶ゆと言はばわびしみせむと焼大刀のへつかふことは幸くや我が君 我妹子に恋ひて乱ればくるべきに懸けて寄せむと我が恋ひそめし 世の中の女にしあらば我が渡る痛背の川を渡りかねめや 今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば 白栲の袖別るべき日を近み心にむせひ音のみし泣かゆ ますらをの思ひわびつつたびまねく嘆く嘆きを負はぬものかも 心には忘るる日なく思へども人の言こそ繁き君にあれ 相見ずて日長くなりぬこの頃はいかに幸くやいふかし我妹 夏葛の絶えぬ使のよどめれば事しもあるごと思ひつるかも 我妹子は常世の国に住みけらし昔見しより変若ましにけり ひさかたの天の露霜置きにけり家なる人も待ち恋ひぬらむ 玉守に玉は授けてかつがつも枕と我れはいざふたり寝む 心には忘れぬものをたまさかに見ぬ日さまねく月ぞ経にける 相見ては月も経なくに恋ふと言はばをそろと我れを思ほさむかも 思はぬを思ふと言はば天地の神も知らさむ邑礼左変 我れのみぞ君には恋ふる我が背子が恋ふといふことは言のなぐさぞ 思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我が心かも 思へども験もなしと知るものを何かここだく我が恋ひわたる あらかじめ人言繁しかくしあらばしゑや我が背子奥もいかにあらめ 汝をと我を人ぞ離くなるいで我が君人の中言聞きこすなゆめ 恋ひ恋ひて逢へる時だにうるはしき言尽してよ長くと思はば 網児の山五百重隠せる佐堤の崎さで延へし子が夢にし見ゆる 佐保渡り我家の上に鳴く鳥の声なつかしきはしき妻の子 石上降るとも雨につつまめや妹に逢はむと言ひてしものを 向ひ居て見れども飽かぬ我妹子に立ち別れ行かむたづき知らずも 相見ぬは幾久さにもあらなくにここだく我れは恋ひつつもあるか 恋ひ恋ひて逢ひたるものを月しあれば夜は隠るらむしましはあり待て 朝に日に色づく山の白雲の思ひ過ぐべき君にあらなくに あしひきの山橘の色に出でよ語らひ継ぎて逢ふこともあらむ 月読の光りに来ませあしひきの山きへなりて遠からなくに 月読の光りは清く照らせれど惑へる心思ひあへなくに しつたまき数にもあらぬ命もて何かここだく我が恋ひわたる まそ鏡磨ぎし心をゆるしてば後に言ふとも験あらめやも 真玉つくをちこち兼ねて言は言へど逢ひて後こそ悔にはありといへ をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも 海の底奥を深めて我が思へる君には逢はむ年は経ぬとも 春日山朝居る雲のおほほしく知らぬ人にも恋ふるものかも 直に逢ひて見てばのみこそたまきはる命に向ふ我が恋やまめ いなと言はば強ひめや我が背菅の根の思ひ乱れて恋ひつつもあらむ けだしくも人の中言聞かせかもここだく待てど君が来まさぬ なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも 思ふらむ人にあらなくにねもころに心尽して恋ふる我れかも 言ふ言の畏き国ぞ紅の色にな出でそ思ひ死ぬとも 今は我は死なむよ我が背生けりとも我れに依るべしと言ふといはなくに 人言を繁みか君が二鞘の家を隔てて恋ひつつまさむ このころは千年や行きも過ぎぬると我れやしか思ふ見まく欲りかも うるはしと我が思ふ心速川の塞きに塞くともなほや崩えなむ 青山を横ぎる雲のいちしろく我れと笑まして人に知らゆな 海山も隔たらなくに何しかも目言をだにもここだ乏しき 照る月を闇に見なして泣く涙衣濡らしつ干す人なしに ももしきの大宮人は多かれど心に乗りて思ほゆる妹 うはへなき妹にもあるかもかくばかり人の心を尽さく思へば かくのみし恋ひやわたらむ秋津野にたなびく雲の過ぐとはなしに 恋草を力車に七車積みて恋ふらく我が心から 恋は今はあらじと我れは思へるをいづくの恋ぞつかみかかれる 家人に恋過ぎめやもかはづ鳴く泉の里に年の経ぬれば 我が聞きに懸けてな言ひそ刈り薦の乱れて思ふ君が直香ぞ 春日野に朝居る雲のしくしくに我れは恋ひ増す月に日に異に 一瀬には千たび障らひ行く水の後にも逢はむ今にあらずとも かくしてやなほや罷らむ近からぬ道の間をなづみ参ゐ来て はつはつに人を相見ていかにあらむいづれの日にかまた外に見む ぬばたまのその夜の月夜今日までに我れは忘れず間なくし思へば 我が背子を相見しその日今日までに我が衣手は干る時もなし 栲縄の長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ はねかづら今する妹を夢に見て心のうちに恋ひわたるかも はねかづら今する妹はなかりしをいづれの妹ぞここだ恋ひたる 思ひ遣るすべの知らねば片もひの底にぞ我れは恋ひ成りにける またも逢はむよしもあらぬか白栲の我が衣手にいはひ留めむ 夕闇は道たづたづし月待ちて行ませ我が背子その間にも見む み空行く月の光にただ一目相見し人の夢にし見ゆる 鴨鳥の遊ぶこの池に木の葉落ちて浮きたる心我が思はなくに 味酒を三輪の祝がいはふ杉手触れし罪か君に逢ひかたき 垣ほなす人言聞きて我が背子が心たゆたひ逢はぬこのころ 心には思ひわたれどよしをなみ外のみにして嘆きぞ我がする 千鳥鳴く佐保の川門の清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ 夜昼とい別き知らず我が恋ふる心はけだし夢に見えきや つれもなくあるらむ人を片思に我れは思へばわびしくもあるか 思はぬに妹が笑ひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居る ますらをと思へる我れをかくばかりみつれにみつれ片思をせむ むらきもの心砕けてかくばかり我が恋ふらくを知らずかあるらむ あしひきの山にしをれば風流なみ我がするわざをとがめたまふな かくばかり恋ひつつあらずは石木にもならましものを物思はずして 常世にと 我が行かなくに 小金門に もの悲しらに 思へりし 我が子の刀自を ぬばたまの 夜昼といはず 思ふにし 我が身は痩せぬ 嘆くにし 袖さへ濡れぬ かくばかり もとなし恋ひば 故郷に この月ごろも 有りかつましじ 朝髪の思ひ乱れてかくばかり汝姉が恋ふれぞ夢に見えける にほ鳥の潜く池水心あらば君に我が恋ふる心示さね 外に居て恋ひつつあらずは君が家の池に住むといふ鴨にあらましを 忘れ草我が下紐に付けたれど醜の醜草言にしありけり 人もなき国もあらぬか我妹子とたづさはり行きて副ひて居らむ 玉ならば手にも巻かむをうつせみの世の人なれば手に巻きかたし 逢はむ夜はいつもあらむを何すとかその宵逢ひて言の繁きも 我が名はも千名の五百名に立ちぬとも君が名立たば惜しみこそ泣け 今しはし名の惜しけくも我れはなし妹によりては千たび立つとも うつせみの世やも二行く何すとか妹に逢はずて我がひとり寝む 我が思ひかくてあらずは玉にもがまことも妹が手に巻かれなむ 春日山霞たなびき心ぐく照れる月夜にひとりかも寝む 月夜には門に出で立ち夕占問ひ足占をぞせし行かまくを欲り かにかくに人は言ふとも若狭道の後瀬の山の後も逢はむ君 世の中の苦しきものにありけらし恋にあへずて死ぬべき思へば 後瀬山後も逢はむと思へこそ死ぬべきものを今日までも生けれ 言のみを後も逢はむとねもころに我れを頼めて逢はざらむかも 夢の逢ひは苦しかりけりおどろきて掻き探れども手にも触れねば 一重のみ妹が結ばむ帯をすら三重結ぶべく我が身はなりぬ 我が恋は千引の石を七ばかり首に懸けむも神のまにまに 夕さらば屋戸開け設けて我れ待たむ夢に相見に来むといふ人を 朝夕に見む時さへや我妹子が見れど見ぬごとなほ恋しけむ 生ける世に我はいまだ見ず言絶えてかくおもしろく縫へる袋は 我妹子が形見の衣下に着て直に逢ふまでは我れ脱かめやも 恋ひ死なむそこも同じぞ何せむに人目人言言痛み我がせむ 夢にだに見えばこそあらめかくばかり見えずしあるは恋ひて死ねとか 思ひ絶えわびにしものを中々に何か苦しく相見そめけむ 相見ては幾日も経ぬをここだくもくるひにくるひ思ほゆるかも かくばかり面影にのみ思ほえばいかにかもせむ人目繁くて 相見てはしましも恋はなぎむかと思へどいよよ恋ひまさりけり 夜のほどろ我が出でて来れば我妹子が思へりしくし面影に見ゆ 夜のほどろ出でつつ来らくたび数多くなれば我が胸断ち焼くごとし 外に居て恋ふれば苦し我妹子を継ぎて相見む事計りせよ 遠くあらばわびてもあらむを里近くありと聞きつつ見ぬがすべなさ 白雲のたなびく山の高々に我が思ふ妹を見むよしもがも いかならむ時にか妹を葎生の汚なきやどに入りいませてむ うち渡す武田の原に鳴く鶴の間なく時なし我が恋ふらくは 早川の瀬に居る鳥のよしをなみ思ひてありし我が子はもあはれ 神さぶといなにはあらずはたやはたかくして後に寂しけむかも 玉の緒を沫緒に搓りて結べらばありて後にも逢はざらめやも 百年に老舌出でてよよむとも我れはいとはじ恋ひは増すとも 一隔山 重成物乎 月夜好見 門尓出立 妹可将待 道遠み来じとは知れるものからにしかぞ待つらむ君が目を欲り 都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ 今知らす久迩の都に妹に逢はず久しくなりぬ行きて早見な ひさかたの雨の降る日をただ独り山辺に居ればいぶせかりけり 人目多み逢はなくのみぞ心さへ妹を忘れて我が思はなくに 偽りも似つきてぞするうつしくもまこと我妹子我れに恋ひめや 夢にだに見えむと我れはほどけども相し思はねばうべ見えずあらむ 言とはぬ木すらあじさゐ諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり 百千たび恋ふと言ふとも諸弟らが練りのことばは我れは頼まじ 鶉鳴く古りにし里ゆ思へども何ぞも妹に逢ふよしもなき 言出しは誰が言にあるか小山田の苗代水の中淀にして 我妹子がやどの籬を見に行かばけだし門より帰してむかも うつたへに籬の姿見まく欲り行かむと言へや君を見にこそ 板葺の黒木の屋根は山近し明日の日取りて持ちて参ゐ来む 黒木取り草も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず [一云仕ふとも] ぬばたまの昨夜は帰しつ今夜さへ我れを帰すな道の長手を 風高く辺には吹けども妹がため袖さへ濡れて刈れる玉藻ぞ をととしの先つ年より今年まで恋ふれどなぞも妹に逢ひかたき うつつにはさらにもえ言はず夢にだに妹が手本を卷き寝とし見ば 我がやどの草の上白く置く露の身も惜しからず妹に逢はずあれば 春の雨はいやしき降るに梅の花いまだ咲かなくいと若みかも 夢のごと思ほゆるかもはしきやし君が使の数多く通へば うら若み花咲きかたき梅を植ゑて人の言繁み思ひぞ我がする 心ぐく思ほゆるかも春霞たなびく時に言の通へば 春風の音にし出なばありさりて今ならずとも君がまにまに 奥山の岩蔭に生ふる菅の根のねもころ我れも相思はざれや 春雨を待つとにしあらし我がやどの若木の梅もいまだふふめり 世間は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり 大君の 遠の朝廷と しらぬひ 筑紫の国に 泣く子なす 慕ひ来まして 息だにも いまだ休めず 年月も いまだあらねば 心ゆも 思はぬ間に うち靡き 臥やしぬれ 言はむすべ 為むすべ知らに 岩木をも 問ひ放け知らず 家ならば 形はあらむを 恨めしき 妹の命の 我れをばも いかにせよとか にほ鳥の ふたり並び居 語らひし 心背きて 家離りいます 家に行きていかにか我がせむ枕付く妻屋寂しく思ほゆべしも はしきよしかくのみからに慕ひ来し妹が心のすべもすべなさ 悔しかもかく知らませばあをによし国内ことごと見せましものを 妹が見し楝の花は散りぬべし我が泣く涙いまだ干なくに 大野山霧立ちわたる我が嘆くおきその風に霧立ちわたる 父母を 見れば貴し 妻子見れば めぐし愛し 世間は かくぞことわり もち鳥の かからはしもよ ゆくへ知らねば 穿沓を 脱き棄るごとく 踏み脱きて 行くちふ人は 石木より なり出し人か 汝が名告らさね 天へ行かば 汝がまにまに 地ならば 大君います この照らす 日月の下は 天雲の 向伏す極み たにぐくの さ渡る極み 聞こし食す 国のまほらぞ かにかくに 欲しきまにまに しかにはあらじか ひさかたの天道は遠しなほなほに家に帰りて業を為まさに 瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安寐し寝なさぬ 銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも 世間の すべなきものは 年月は 流るるごとし とり続き 追ひ来るものは 百種に 迫め寄り来る 娘子らが 娘子さびすと 唐玉を 手本に巻かし [白妙の 袖振り交はし 紅の 赤裳裾引き] よち子らと 手携はりて 遊びけむ 時の盛りを 留みかね 過ぐしやりつれ 蜷の腸 か黒き髪に いつの間か 霜の降りけむ 紅の [丹のほなす] 面の上に いづくゆか 皺が来りし [常なりし 笑まひ眉引き 咲く花の 移ろひにけり 世間は かくのみならし] ますらをの 男さびすと 剣太刀 腰に取り佩き さつ弓を 手握り持ちて 赤駒に 倭文鞍うち置き 這ひ乗りて 遊び歩きし 世間や 常にありける 娘子らが さ寝す板戸を 押し開き い辿り寄りて 真玉手の 玉手さし交へ さ寝し夜の いくだもあらねば 手束杖 腰にたがねて か行けば 人に厭はえ かく行けば 人に憎まえ 老よし男は かくのみならし たまきはる 命惜しけど 為むすべもなし 常磐なすかくしもがもと思へども世の事なれば留みかねつも 龍の馬も今も得てしかあをによし奈良の都に行きて来むため うつつには逢ふよしもなしぬばたまの夜の夢にを継ぎて見えこそ 龍の馬を我れは求めむあをによし奈良の都に来む人のたに 直に逢はずあらくも多く敷栲の枕去らずて夢にし見えむ 伊可尓安良武 日能等伎尓可母 許恵之良武 比等能比射乃倍 和我麻久良可武 言とはぬ木にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし 言とはぬ木にもありとも我が背子が手馴れの御琴地に置かめやも かけまくは あやに畏し 足日女 神の命 韓国を 向け平らげて 御心を 鎮めたまふと い取らして 斎ひたまひし 真玉なす 二つの石を 世の人に 示したまひて 万代に 言ひ継ぐかねと 海の底 沖つ深江の 海上の 子負の原に 御手づから 置かしたまひて 神ながら 神さびいます 奇し御魂 今のをつづに 貴きろかむ 天地のともに久しく言ひ継げとこの奇し御魂敷かしけらしも 正月立ち春の来らばかくしこそ梅を招きつつ楽しき終へめ[大貳紀卿] 梅の花今咲けるごと散り過ぎず我が家の園にありこせぬかも[少貳小野大夫] 梅の花咲きたる園の青柳は蘰にすべくなりにけらずや[少貳粟田大夫] 春さればまづ咲くやどの梅の花独り見つつや春日暮らさむ[筑前守山上大夫] 世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にもならましものを[豊後守大伴大夫] 梅の花今盛りなり思ふどちかざしにしてな今盛りなり[筑後守葛井大夫] 青柳梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよし[笠沙弥] 我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも[主人] 梅の花散らくはいづくしかすがにこの城の山に雪は降りつつ[大監伴氏百代] 梅の花散らまく惜しみ我が園の竹の林に鴬鳴くも[小監阿氏奥嶋] 梅の花咲きたる園の青柳を蘰にしつつ遊び暮らさな[小監土氏百村] うち靡く春の柳と我がやどの梅の花とをいかにか分かむ[大典史氏大原] 春されば木末隠りて鴬ぞ鳴きて去ぬなる梅が下枝に[小典山氏若麻呂] 人ごとに折りかざしつつ遊べどもいやめづらしき梅の花かも[大判事氏麻呂] 梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや[藥師張氏福子] 万代に年は来経とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし[筑前介佐氏子首] 春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐も寝なくに[壹岐守板氏安麻呂] 梅の花折りてかざせる諸人は今日の間は楽しくあるべし[神司荒氏稲布] 年のはに春の来らばかくしこそ梅をかざして楽しく飲まめ[大令史野氏宿奈麻呂] 梅の花今盛りなり百鳥の声の恋しき春来るらし[小令史田氏肥人] 春さらば逢はむと思ひし梅の花今日の遊びに相見つるかも[藥師高氏義通] 梅の花手折りかざして遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり[陰陽師礒氏法麻呂] 春の野に鳴くや鴬なつけむと我が家の園に梅が花咲く[t師志氏大道] 春の野に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る[筑前目田氏真上] 春柳かづらに折りし梅の花誰れか浮かべし酒坏の上に[壹岐目村氏彼方] 鴬の音聞くなへに梅の花我家の園に咲きて散る見ゆ[對馬目高氏老] 我がやどの梅の下枝に遊びつつ鴬鳴くも散らまく惜しみ[ 梅の花折りかざしつつ諸人の遊ぶを見れば都しぞ思ふ[土師氏御] 妹が家に雪かも降ると見るまでにここだもまがふ梅の花かも[小野氏國堅] 鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子がため[筑前拯門氏石足] 霞立つ長き春日をかざせれどいやなつかしき梅の花かも[小野氏淡理] 我が盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまた変若めやも 雲に飛ぶ薬食むよは都見ばいやしき我が身また変若ぬべし 残りたる雪に交れる梅の花早くな散りそ雪は消ぬとも 雪の色を奪ひて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも 我がやどに盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも 梅の花夢に語らくみやびたる花と我れ思ふ酒に浮かべこそ [一云 いたづらに我れを散らすな酒に浮べこそ] あさりする海人の子どもと人は言へど見るに知らえぬ貴人の子と 玉島のこの川上に家はあれど君をやさしみあらはさずありき 松浦川川の瀬光り鮎釣ると立たせる妹が裳の裾濡れぬ 松浦なる玉島川に鮎釣ると立たせる子らが家道知らずも 遠つ人松浦の川に若鮎釣る妹が手本を我れこそ卷かめ 若鮎釣る松浦の川の川なみの並にし思はば我れ恋ひめやも 春されば我家の里の川門には鮎子さ走る君待ちがてに 松浦川七瀬の淀は淀むとも我れは淀まず君をし待たむ 松浦川川の瀬早み紅の裳の裾濡れて鮎か釣るらむ 人皆の見らむ松浦の玉島を見ずてや我れは恋ひつつ居らむ 松浦川玉島の浦に若鮎釣る妹らを見らむ人の羨しさ 後れ居て長恋せずは御園生の梅の花にもならましものを 君を待つ松浦の浦の娘子らは常世の国の海人娘子かも はろはろに思ほゆるかも白雲の千重に隔てる筑紫の国は 君が行き日長くなりぬ奈良道なる山斎の木立も神さびにけり 松浦県佐用姫の子が領巾振りし山の名のみや聞きつつ居らむ 百日しも行かぬ松浦道今日行きて明日は来なむを何か障れる 遠つ人松浦佐用姫夫恋ひに領巾振りしより負へる山の名 山の名と言ひ継げとかも佐用姫がこの山の上に領巾を振りけむ 万世に語り継げとしこの丘に領巾振りけらし松浦佐用姫 海原の沖行く船を帰れとか領巾振らしけむ松浦佐用姫 行く船を振り留みかねいかばかり恋しくありけむ松浦佐用姫 天飛ぶや鳥にもがもや都まで送りまをして飛び帰るもの ひともねのうらぶれ居るに龍田山御馬近づかば忘らしなむか 言ひつつも後こそ知らめとのしくも寂しけめやも君いまさずして 万世にいましたまひて天の下奏したまはね朝廷去らずて 天離る鄙に五年住まひつつ都のてぶり忘らえにけり かくのみや息づき居らむあらたまの来経行く年の限り知らずて 我が主の御霊賜ひて春さらば奈良の都に召上げたまはね 音に聞き目にはいまだ見ず佐用姫が領巾振りきとふ君松浦山 国遠き道の長手をおほほしく今日や過ぎなむ言どひもなく 朝露の消やすき我が身他国に過ぎかてぬかも親の目を欲り うちひさす 宮へ上ると たらちしや 母が手離れ 常知らぬ 国の奥処を 百重山 越えて過ぎ行き いつしかも 都を見むと 思ひつつ 語らひ居れど おのが身し 労はしければ 玉桙の 道の隈廻に 草手折り 柴取り敷きて 床じもの うち臥い伏して 思ひつつ 嘆き伏せらく 国にあらば 父とり見まし 家にあらば 母とり見まし 世間は かくのみならし 犬じもの 道に伏してや 命過ぎなむ [一云 我が世過ぎなむ] たらちしの母が目見ずておほほしくいづち向きてか我が別るらむ 常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧はなしに [一云 干飯はなしに] 家にありて母がとり見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも [一云 後は死ぬとも] 出でて行きし日を数へつつ今日今日と我を待たすらむ父母らはも [一云 母が悲しさ] 一世にはふたたび見えぬ父母を置きてや長く我が別れなむ [一云 相別れなむ] 基本は炭素。 4組の共有結合が可能で、蛋白質や脂質など生命現象の元となる多くの分子を作る。 68 HOST:27-40-156-220. flets. hi-ho. 01 HOST:sp1-75-230-51. msb. spmode. 88 HOST:27-40-156-220. flets. hi-ho. 98 HOST:sp49-98-140-196. msd. spmode. 32 HOST:27-40-156-220. flets. hi-ho. 46 HOST:148. 239. rev. vmobile. 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宮の舎人も [一云 は] 栲のほの 麻衣着れば 夢かも うつつかもと 曇り夜の 迷へる間に あさもよし 城上の道ゆ つのさはふ 磐余を見つつ 神葬り 葬りまつれば 行く道の たづきを知らに 思へども 験をなみ 嘆けども 奥処をなみ 大御袖 行き触れし松を 言問はぬ 木にはありとも あらたまの 立つ月ごとに 天の原 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はな 畏くあれども つのさはふ磐余の山に白栲にかかれる雲は大君にかも 礒城島の 大和の国に いかさまに 思ほしめせか つれもなき 城上の宮に 大殿を 仕へまつりて 殿隠り 隠りいませば 朝には 召して使ひ 夕には 召して使ひ 使はしし 舎人の子らは 行く鳥の 群がりて待ち あり待てど 召したまはねば 剣大刀 磨ぎし心を 天雲に 思ひはぶらし 臥いまろび ひづち哭けども 飽き足らぬかも 百小竹の 三野の王 西の馬屋に 立てて飼ふ駒 東の馬屋に 立てて飼ふ駒 草こそば 取りて飼ふと言へ 水こそば 汲みて飼ふと言へ 何しかも 葦毛の馬の いなき立てつる 衣手葦毛の馬のいなく声心あれかも常ゆ異に鳴く 白雲の たなびく国の 青雲の 向伏す国の 天雲の 下なる人は 我のみかも 君に恋ふらむ 我のみかも 君に恋ふれば 天地に 言を満てて 恋ふれかも 胸の病みたる 思へかも 心の痛き 我が恋ぞ 日に異にまさる いつはしも 恋ひぬ時とは あらねども この九月を 我が背子が 偲ひにせよと 千代にも 偲ひわたれと 万代に 語り継がへと 始めてし この九月の 過ぎまくを いたもすべなみ あらたまの 月の変れば 為むすべの たどきを知らに 岩が根の こごしき道の 岩床の 根延へる門に 朝には 出で居て嘆き 夕には 入り居恋ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずに 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我が寝る夜らは 数みもあへぬかも 隠口の 泊瀬の川の 上つ瀬に 鵜を八つ潜け 下つ瀬に 鵜を八つ潜け 上つ瀬の 鮎を食はしめ 下つ瀬の 鮎を食はしめ くはし妹に 鮎を惜しみ くはし妹に 鮎を惜しみ 投ぐるさの 遠ざかり居て 思ふそら 安けなくに 嘆くそら 安けなくに 衣こそば それ破れぬれば 継ぎつつも またも合ふといへ 玉こそば 緒の絶えぬれば くくりつつ またも合ふといへ またも逢はぬものは 妻にしありけり 隠口の 泊瀬の山 青旗の 忍坂の山は 走出の よろしき山の 出立の くはしき山ぞ あたらしき 山の 荒れまく惜しも 高山と 海とこそば 山ながら かくもうつしく 海ながら しかまことならめ 人は花ものぞ うつせみ世人 大君の 命畏み 蜻蛉島 大和を過ぎて 大伴の 御津の浜辺ゆ 大船に 真楫しじ貫き 朝なぎに 水手の声しつつ 夕なぎに 楫の音しつつ 行きし君 いつ来まさむと 占置きて 斎ひわたるに たはことか 人の言ひつる 我が心 筑紫の山の 黄葉の 散りて過ぎぬと 君が直香を 玉桙の 道行く人は あしひきの 山行き野行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚取り 海道に出でて 畏きや 神の渡りは 吹く風も のどには吹かず 立つ波も おほには立たず とゐ波の 塞ふる道を 誰が心 いたはしとかも 直渡りけむ 直渡りけむ 鳥が音の 聞こゆる海に 高山を 隔てになして 沖つ藻を 枕になし ひむし羽の 衣だに着ずに 鯨魚取り 海の浜辺に うらもなく 臥やせる人は 母父に 愛子にかあらむ 若草の 妻かありけむ 思ほしき 言伝てむやと 家問へば 家をも告らず 名を問へど 名だにも告らず 泣く子なす 言だにとはず 思へども 悲しきものは 世間にぞある 世間にぞある 母父も妻も子どもも高々に来むと待ちけむ人の悲しさ あしひきの山道は行かむ風吹けば波の塞ふる海道は行かじ 玉桙の 道に出で立ち あしひきの 野行き山行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚取り 海道に出でて 吹く風も おほには吹かず 立つ波も のどには立たぬ 畏きや 神の渡りの しき波の 寄する浜辺に 高山を 隔てに置きて 浦ぶちを 枕に巻きて うらもなく こやせる君は 母父が 愛子にもあらむ 若草の 妻もあらむと 家問へど 家道も言はず 名を問へど 名だにも告らず 誰が言を いたはしとかも とゐ波の 畏き海を 直渡りけむ 母父も妻も子どもも高々に来むと待つらむ人の悲しさ 家人の待つらむものをつれもなき荒礒を巻きて寝せる君かも 浦ぶちにこやせる君を今日今日と来むと待つらむ妻し悲しも 浦波の来寄する浜につれもなくこやせる君が家道知らずも この月は 君来まさむと 大船の 思ひ頼みて いつしかと 我が待ち居れば 黄葉の 過ぎてい行くと 玉梓の 使の言へば 蛍なす ほのかに聞きて 大地を ほのほと踏みて 立ちて居て ゆくへも知らず 朝霧の 思ひ迷ひて 杖足らず 八尺の嘆き 嘆けども 験をなみと いづくにか 君がまさむと 天雲の 行きのまにまに 射ゆ鹿猪の 行きも死なむと 思へども 道の知らねば ひとり居て 君に恋ふるに 哭のみし泣かゆ 葦辺行く雁の翼を見るごとに君が帯ばしし投矢し思ほゆ 見欲しきは 雲居に見ゆる うるはしき 鳥羽の松原 童ども いざわ出で見む こと放けば 国に放けなむ こと放けば 家に放けなむ 天地の 神し恨めし 草枕 この旅の日に 妻放くべしや 草枕この旅の日に妻離り家道思ふに生けるすべなし 旅の日 夏麻引く海上潟の沖つ洲に船は留めむさ夜更けにけりにして 葛飾の真間の浦廻を漕ぐ船の船人騒く波立つらしも 筑波嶺の新桑繭の衣はあれど君が御衣しあやに着欲しも たらちねの あまた着欲しも 筑波嶺に雪かも降らるいなをかも愛しき子ろが布乾さるかも 信濃なる須我の荒野に霍公鳥鳴く声聞けば時過ぎにけり あらたまの伎倍の林に汝を立てて行きかつましじ寐を先立たね 伎倍人のまだら衾に綿さはだ入りなましもの妹が小床に 天の原富士の柴山この暗の時ゆつりなば逢はずかもあらむ 富士の嶺のいや遠長き山道をも妹がりとへばけによばず来ぬ 霞居る富士の山びに我が来なばいづち向きてか妹が嘆かむ さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと ま愛しみ寝らくはしけらくさ鳴らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ 逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも 駿河の海おし辺に生ふる浜つづら汝を頼み母に違ひぬ [一云 親に違ひぬ] 伊豆の海に立つ白波のありつつも継ぎなむものを乱れしめめや ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる 思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる 長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき 夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり 嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな 村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮 難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする 見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし 世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも み吉野の山の秋風さよ更けて ふるさと寒く衣打つなり おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみ染の袖 花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり 来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ 風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける 人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は 百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり 知らず、生れ死ぬる人、 いづかたより來りて、いづかたへか去る。 又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。 そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。 或は露おちて花のこれり。 のこるといへども朝日に枯れぬ。 或は花はしぼみて、露なほ消えず。 消えずといへども、ゆふべを待つことなし。 およそ物の心を知れりしよりこのかた、四十あまりの春秋をおくれる間に、世のふしぎを見ることやゝたびたびになりぬ。 いにし安元三年四月廿八日かとよ、風烈しく吹きてしづかならざりし夜、戌の時ばかり、都のたつみより火出で來りていぬゐに至る。 はてには朱雀門、大極殿、大學寮、民部の省まで移りて、ひとよがほどに、塵灰となりにき。 火本は樋口富の小路とかや、病人を宿せるかりやより出で來けるとなむ。 吹きまよふ風にとかく移り行くほどに、扇をひろげたるが如くすゑひろになりぬ。 遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすらほのほを地に吹きつけたり。 空には灰を吹きたてたれば、火の光に映じてあまねくくれなゐなる中に、風に堪へず吹き切られたるほのほ、飛ぶが如くにして一二町を越えつゝ移り行く。 その中の人うつゝ心ならむや。 あるひは煙にむせびてたふれ伏し、或は炎にまぐれてたちまちに死しぬ。 或は又わづかに身一つからくして遁れたれども、資財を取り出づるに及ばず。 七珍萬寳、さながら灰燼となりにき。 そのつひえいくそばくぞ。 このたび公卿の家十六燒けたり。 ましてその外は數を知らず。 すべて都のうち、三分が二に及べりとぞ。 男女死ぬるもの數千人、馬牛のたぐひ邊際を知らず。 人のいとなみみなおろかなる中に、さしも危き京中の家を作るとて寶をつひやし心をなやますことは、すぐれてあぢきなくぞ侍るべき。 また治承四年卯月廿九日のころ、中の御門京極のほどより、大なるつじかぜ起りて、六條わたりまで、いかめしく吹きけること侍りき。 三四町をかけて吹きまくるに、その中にこもれる家ども、大なるもちひさきも、一つとしてやぶれざるはなし。 さながらひらにたふれたるもあり。 けたはしらばかり殘れるもあり。 又門の上を吹き放ちて、四五町がほど(ほかイ)に置き、又垣を吹き拂ひて、隣と一つになせり。 いはむや家の内のたから、數をつくして空にあがり、ひはだぶき板のたぐひ、冬の木の葉の風に亂るゝがごとし。 塵を煙のごとく吹き立てたれば、すべて目も見えず。 おびたゞしくなりとよむ音に、物いふ聲も聞えず。 かの地獄の業風なりとも、かばかりにとぞ覺ゆる。 家の損亡するのみならず、これをとり繕ふ間に、身をそこなひて、かたはづけるもの數を知らず。 この風ひつじさるのかたに移り行きて、多くの人のなげきをなせり。 つじかぜはつねに吹くものなれど、かゝることやはある。 たゞごとにあらず。 さるべき物のさとしかなとぞ疑ひ侍りし。 又おなじ年の六月の頃、にはかに都うつり侍りき。 いと思ひの外なりし事なり。 大かたこの京のはじめを聞けば、嵯峨の天皇の御時、都とさだまりにけるより後、既に數百歳を經たり。 異なるゆゑなくて、たやすく改まるべくもあらねば、これを世の人、たやすからずうれへあへるさま、ことわりにも過ぎたり。 されどとかくいふかひなくて、みかどよりはじめ奉りて、大臣公卿ことごとく攝津國難波の京にうつり給ひぬ。 世に仕ふるほどの人、誰かひとりふるさとに殘り居らむ。 官位に思ひをかけ、主君のかげを頼むほどの人は、一日なりとも、とくうつらむとはげみあへり。 時を失ひ世にあまされて、ごする所なきものは、愁へながらとまり居れり。 軒を爭ひし人のすまひ、日を經つゝあれ行く。 家はこぼたれて淀川に浮び、地は目の前に畠となる。 人の心皆あらたまりて、たゞ馬鞍をのみ重くす。 牛車を用とする人なし。 西南海の所領をのみ願ひ、東北國の庄園をば好まず。 その時、おのづから事のたよりありて、津の國今の京に到れり。 所のありさまを見るに、その地ほどせまくて、條里をわるにたらず。 北は山にそひて高く、南は海に近くてくだれり。 なみの音つねにかまびすしくて、潮風殊にはげしく、内裏は山の中なれば、かの木の丸殿もかくやと、なかなかやうかはりて、いうなるかたも侍りき。 日々にこぼちて川もせきあへずはこびくだす家はいづくにつくれるにかあらむ。 なほむなしき地は多く、作れる屋はすくなし。 ふるさとは既にあれて、新都はいまだならず。 ありとしある人、みな浮雲のおもひをなせり。 元より此處に居れるものは、地を失ひてうれへ、今うつり住む人は、土木のわづらひあることをなげく。 道のほとりを見れば、車に乘るべきはうまに乘り、衣冠布衣なるべきはひたゝれを着たり。 都のてふりたちまちにあらたまりて、唯ひなびたる武士にことならず。 これは世の亂るゝ瑞相とか聞きおけるもしるく、日を經つゝ世の中うき立ちて、人の心も治らず、民のうれへつひにむなしからざりければ、おなじ年の冬、猶この京に歸り給ひにき。 されどこぼちわたせりし家どもはいかになりにけるにか、ことごとく元のやうにも作らず。 ほのかに傳へ聞くに、いにしへのかしこき御代には、あはれみをもて國ををさめ給ふ。 則ち御殿に茅をふきて軒をだにとゝのへず。 煙のともしきを見給ふ時は、かぎりあるみつぎものをさへゆるされき。 これ民をめぐみ、世をたすけ給ふによりてなり。 今の世の中のありさま、昔になぞらへて知りぬべし。 又養和のころかとよ、久しくなりてたしかにも覺えず、二年が間、世の中飢渇して、あさましきこと侍りき。 或は春夏日でり、或は秋冬大風、大水などよからぬ事どもうちつゞきて、五ことごとくみのらず。 むなしく春耕し、夏植うるいとなみありて、秋かり冬收むるぞめきはなし。 これによりて、國々の民、或は地を捨てゝ堺を出で、或は家をわすれて山にすむ。 さまざまの御祈はじまりて、なべてならぬ法ども行はるれども、さらにそのしるしなし。 京のならひなに事につけても、みなもとは田舍をこそたのめるに、絶えてのぼるものなければ、さのみやはみさをも作りあへむ。 念じわびつゝ、さまざまの寳もの、かたはしより捨つるがごとくすれども、さらに目みたつる人もなし。 たまたま易ふるものは、金をかろくし、粟を重くす。 乞食道の邊におほく、うれへ悲しむ聲耳にみてり。 さきの年かくの如くからくして暮れぬ。 明くる年は立ちなほるべきかと思ふに、あまさへえやみうちそひて、まさるやうにあとかたなし。 世の人みな飢ゑ死にければ、日を經つゝきはまり行くさま、少水の魚のたとへに叶へり。 はてには笠うちき、足ひきつゝみ、よろしき姿したるもの、ひたすら家ごとに乞ひありく。 かくわびしれたるものどもありくかと見れば則ち斃れふしぬ。 ついひぢのつら、路頭に飢ゑ死ぬるたぐひは數もしらず。 取り捨つるわざもなければ、くさき香世界にみちみちて、かはり行くかたちありさま、目もあてられぬこと多かり。 いはむや河原などには、馬車の行きちがふ道だにもなし。 しづ、山がつも、力つきて、薪にさへともしくなりゆけば、たのむかたなき人は、みづから家をこぼちて市に出でゝこれを賣るに、一人がもち出でたるあたひ、猶一日が命をさゝふるにだに及ばずとぞ。 あやしき事は、かゝる薪の中に、につき、しろがねこがねのはくなど所々につきて見ゆる木のわれあひまじれり。 これを尋ぬればすべき方なきものゝ、古寺に至りて佛をぬすみ、堂の物の具をやぶりとりて、わりくだけるなりけり。 濁惡の世にしも生れあひて、かゝる心うきわざをなむ見侍りし。 又あはれなること侍りき。 さりがたき女男など持ちたるものは、その思ひまさりて、心ざし深きはかならずさきだちて死しぬ。 そのゆゑは、我が身をば次になして、男にもあれ女にもあれ、いたはしく思ふかたに、たまたま乞ひ得たる物を、まづゆづるによりてなり。 されば父子あるものはさだまれる事にて、親ぞさきだちて死にける。 又母が命つきて臥せるをもしらずして、いとけなき子のその乳房に吸ひつきつゝ、ふせるなどもありけり。 仁和寺に、慈尊院の大藏卿隆曉法印といふ人、かくしつゝ、かずしらず死ぬることをかなしみて、ひじりをあまたかたらひつゝ、その死首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて、縁をむすばしむるわざをなむせられける。 その人數を知らむとて、四五兩月がほどかぞへたりければ、京の中、一條より南、九條より北、京極より西、朱雀より東、道のほとりにある頭、すべて四萬二千三百あまりなむありける。 いはむやその前後に死ぬるもの多く、河原、白河、にしの京、もろもろの邊地などをくはへていはゞ際限もあるべからず。 いかにいはむや、諸國七道をや。 近くは崇徳院の御位のとき、長承のころかとよ、かゝるためしはありけると聞けど、その世のありさまは知らず。 まのあたりいとめづらかに、かなしかりしことなり。 また元暦二年のころ、おほなゐふること侍りき。 そのさまよのつねならず。 山くづれて川を埋み、海かたぶきて陸をひたせり。 土さけて水わきあがり、いはほわれて谷にまろび入り、なぎさこぐふねは浪にたゞよひ、道ゆく駒は足のたちどをまどはせり。 いはむや都のほとりには、在々所々堂舍廟塔、一つとして全からず。 或はくづれ、或はたふれたる間、塵灰立ちあがりて盛なる煙のごとし。 地のふるひ家のやぶるゝ音、いかづちにことならず。 家の中に居れば忽にうちひしげなむとす。 はしり出づればまた地われさく。 羽なければ空へもあがるべからず。 龍ならねば雲にのぼらむこと難し。 おそれの中におそるべかりけるは、たゞ地震なりけるとぞ覺え侍りし。 その中に、あるものゝふのひとり子の、六つ七つばかりに侍りしが、ついぢのおほひの下に小家をつくり、はかなげなるあとなしごとをして遊び侍りしが、俄にくづれうめられて、 あとかたなくひらにうちひさがれて、二つの目など一寸ばかりうち出されたるを、父母かゝへて、聲もをしまずかなしみあひて侍りしこそあはれにかなしく見はべりしか。 子のかなしみにはたけきものも耻を忘れけりと覺えて、いとほしくことわりかなとぞ見はべりし。 かくおびたゞしくふることはしばしにて止みにしかども、そのなごりしばしば絶えず。 よのつねにおどろくほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。 十日廿日過ぎにしかば、やうやうまどほになりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、大かたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。 四大種の中に、水火風はつねに害をなせど、大地に至りては殊なる變をなさず。 むかし齊衡のころかとよ。 おほなゐふりて、東大寺の佛のみぐし落ちなどして、いみじきことゞも侍りけれど、猶このたびにはしかずとぞ。 すなはち人皆あぢきなきことを述べて、いさゝか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし。 すべて世のありにくきこと、わが身とすみかとの、はかなくあだなるさまかくのごとし。 いはむや所により、身のほどにしたがひて、心をなやますこと、あげてかぞふべからず。 もしおのづから身かずならずして、權門のかたはらに居るものは深く悦ぶことあれども、大にたのしぶにあたはず。 なげきある時も聲をあげて泣くことなし。 進退やすからず、たちゐにつけて恐れをのゝくさま、たとへば、雀の鷹の巣に近づけるがごとし。 もし貧しくして富める家の隣にをるものは、朝夕すぼき姿を耻ぢてへつらひつゝ出で入る妻子、僮僕のうらやめるさまを見るにも、富める家のひとのないがしろなるけしきを聞くにも、心念々にうごきて時としてやすからず。 もしせばき地に居れば、近く炎上する時、その害をのがるゝことなし。 もし邊地にあれば、往反わづらひ多く、盜賊の難はなれがたし。 いきほひあるものは貪欲ふかく、ひとり身なるものは人にかろしめらる。 寶あればおそれ多く、貧しければなげき切なり。 人を頼めば身他のやつことなり、人をはごくめば心恩愛につかはる。 世にしたがへば身くるし。 またしたがはねば狂へるに似たり。 いづれの所をしめ、いかなるわざをしてか、しばしもこの身をやどし玉ゆらも心をなぐさむべき。 我が身、父の方の祖母の家をつたへて、久しく彼所に住む。 そののち縁かけ、身おとろへて、しのぶかたがたしげかりしかば、つひにあととむることを得ずして、三十餘にして、更に我が心と一の庵をむすぶ。 これをありしすまひになずらふるに、十分が一なり。 たゞ居屋ばかりをかまへて、はかばかしくは屋を造るにおよばず。 わづかについひぢをつけりといへども、門たつるたづきなし。 竹を柱として、車やどりとせり。 雪ふり風吹くごとに、危ふからずしもあらず。 所は河原近ければ、水の難も深く、白波のおそれもさわがし。 すべてあらぬ世を念じ過ぐしつゝ、心をなやませることは、三十餘年なり。 その間をりをりのたがひめに、おのづから短き運をさとりぬ。 すなはち五十の春をむかへて、家をいで世をそむけり。 もとより妻子なければ、捨てがたきよすがもなし。 身に官祿あらず、何につけてか執をとゞめむ。 むなしく大原山の雲にふして、またいくそばくの春秋をかへぬる。 こゝに六十の露消えがたに及びて、さらに末葉のやどりを結べることあり。 いはゞ狩人のひとよの宿をつくり、老いたるかひこのまゆをいとなむがごとし。 これを中ごろのすみかになずらふれば、また百分が一にだもおよばず。 とかくいふ程に、よはひは年々にかたぶき、すみかはをりをりにせばし。 その家のありさまよのつねにも似ず、廣さはわづかに方丈、高さは七尺が内なり。 所をおもひ定めざるがゆゑに、地をしめて造らず。 土居をくみ、うちおほひをふきて、つぎめごとにかけがねをかけたり。 もし心にかなはぬことあらば、やすく外へうつさむがためなり。 そのあらため造るとき、いくばくのわづらひかある。 積むところわづかに二輌なり。 車の力をむくゆるほかは、更に他の用途いらず。 いま日野山の奧にあとをかくして後、南にかりの日がくしをさし出して、竹のすのこを敷き、その西に閼伽棚を作り、うちには西の垣に添へて、阿彌陀の畫像を安置したてまつりて、落日をうけて、眉間のひかりとす。 かの帳のとびらに、普賢ならびに不動の像をかけたり。 北の障子の上に、ちひさき棚をかまへて、黒き皮籠三四合を置く。 すなはち和歌、管絃、往生要集ごときの抄物を入れたり。 傍にこと、琵琶、おのおの一張をたつ。 いはゆるをりごと、つき琵琶これなり。 東にそへて、わらびのほどろを敷き、つかなみを敷きて夜の床とす。 東の垣に窓をあけて、こゝにふづくゑを出せり。 枕の方にすびつあり。 これを柴折りくぶるよすがとす。 庵の北に少地をしめ、あばらなるひめ垣をかこひて園とす。 すなはちもろもろの藥草をうゑたり。 かりの庵のありさまかくのごとし。 その所のさまをいはゞ、南にかけひあり、岩をたゝみて水をためたり。 林軒近ければ、つま木を拾ふにともしからず。 名を外山といふ。 まさきのかづらあとをうづめり。 谷しげゝれど、にしは晴れたり。 觀念のたよりなきにしもあらず。 春は藤なみを見る、紫雲のごとくして西のかたに匂ふ。 夏は郭公をきく、かたらふごとに死出の山路をちぎる。 秋は日ぐらしの聲耳に充てり。 うつせみの世をかなしむかと聞ゆ。 冬は雪をあはれむ。 つもりきゆるさま、罪障にたとへつべし。 もしねんぶつものうく、どきやうまめならざる時は、みづから休み、みづからをこたるにさまたぐる人もなく、また耻づべき友もなし。 殊更に無言をせざれども、ひとり居ればくごふををさめつべし。 必ず禁戒をまもるとしもなけれども、境界なければ何につけてか破らむ。 もしあとの白波に身をよするあしたには、岡のやに行きかふ船をながめて、滿沙彌が風情をぬすみ、もし桂の風、葉をならすゆふべには、潯陽の江をおもひやりて、源都督のながれをならふ。 もしあまりの興あれば、しばしば松のひゞきに秋風の樂をたぐへ、水の音に流泉の曲をあやつる。 藝はこれつたなけれども、人の耳を悦ばしめむとにもあらず。 ひとりしらべ、ひとり詠じて、みづから心を養ふばかりなり。 また麓に、一つの柴の庵あり。 すなはちこの山もりが居る所なり。 かしこに小童あり、時々來りてあひとぶらふ。 もしつれづれなる時は、これを友としてあそびありく。 かれは十六歳、われは六十、その齡ことの外なれど、心を慰むることはこれおなじ。 あるはつばなをぬき、いはなしをとる。 またぬかごをもり、芹をつむ。 或はすそわの田井に至りて、おちほを拾ひてほぐみをつくる。 もし日うらゝかなれば、嶺によぢのぼりて、はるかにふるさとの空を望み。 木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。 勝地はぬしなければ、心を慰むるにさはりなし。 あゆみわづらひなく、志遠くいたる時は、これより峯つゞき炭山を越え、笠取を過ぎて、岩間にまうで、或は石山ををがむ。 もしは粟津の原を分けて、蝉丸翁が迹をとぶらひ、田上川をわたりて、猿丸大夫が墓をたづぬ。 歸るさには、をりにつけつゝ櫻をかり、紅葉をもとめ、わらびを折り、木の實を拾ひて、かつは佛に奉りかつは家づとにす。 もし夜しづかなれば、窓の月に故人を忍び、猿の聲に袖をうるほす。 くさむらの螢は、遠く眞木の島の篝火にまがひ、曉の雨は、おのづから木の葉吹くあらしに似たり。 山鳥のほろほろと鳴くを聞きても、父か母かとうたがひ、みねのかせきの近くなれたるにつけても、世にとほざかる程を知る。 或は埋火をかきおこして、老の寐覺の友とす。 おそろしき山ならねど、ふくろふの聲をあはれむにつけても、山中の景氣、折につけてつくることなし。 いはむや深く思ひ、深く知れらむ人のためには、これにしもかぎるべからず。 大かた此所に住みそめし時は、あからさまとおもひしかど、今ま(すイ)でに五とせを經たり。 假の庵もやゝふる屋となりて、軒にはくちばふかく、土居に苔むせり。 おのづから事のたよりに都を聞けば、この山にこもり居て後、やごとなき人の、かくれ給へるもあまた聞ゆ。 ましてその數ならぬたぐひ、つくしてこれを知るべからず。 たびたびの炎上にほろびたる家、またいくそばくぞ。 たゞかりの庵のみ、のどけくしておそれなし。 ほどせばしといへども、夜臥す床あり、ひる居る座あり。 一身をやどすに不足なし。 がうなはちひさき貝をこのむ、これよく身をしるによりてなり。 みさごは荒磯に居る、則ち人をおそるゝが故なり。 我またかくのごとし。 身を知り世を知れらば、願はずまじらはず、たゞしづかなるをのぞみとし、うれへなきをたのしみとす。 すべて世の人の、すみかを作るならひ、かならずしも身のためにはせず。 或は妻子眷屬のために作り、或は親昵朋友のために作る。 或は主君、師匠および財寳、馬牛のためにさへこれをつくる。 我今、身のためにむすべり、人のために作らず。 ゆゑいかんとなれば、今の世のならひ、この身のありさま、ともなふべき人もなく、たのむべきやつこもなし。 たとひ廣く作れりとも、誰をかやどし、誰をかすゑむ。 それ人の友たるものは富めるをたふとみ、ねんごろなるを先とす。 かならずしも情あると、すぐなるとをば愛せず、たゞ絲竹花月を友とせむにはしかじ。 人のやつこたるものは賞罰のはなはだしきを顧み、恩の厚きを重くす。 更にはごくみあはれぶといへども、やすく閑なるをばねがはず、たゞ我が身を奴婢とするにはしかず。 もしなすべきことあれば、すなはちおのづから身をつかふ。 たゆからずしもあらねど、人をしたがへ、人をかへりみるよりはやすし。 もしありくべきことあれば、みづから歩む。 くるしといへども、馬鞍牛車と心をなやますにはしかず。 今ひと身をわかちて。 二つの用をなす。 手のやつこ、足ののり物、よくわが心にかなへり。 心また身のくるしみを知れゝば、くるしむ時はやすめつ、まめなる時はつかふ。 つかふとてもたびたび過さず、ものうしとても心をうごかすことなし。 いかにいはむや、常にありき、常に働(動イ)くは、これ養生なるべし。 なんぞいたづらにやすみ居らむ。 人を苦しめ人を惱ますはまた罪業なり。 いかゞ他の力をかるべき。 衣食のたぐひまたおなじ。 藤のころも、麻のふすま、得るに隨ひてはだへをかくし。 野邊のつばな、嶺の木の實、わづかに命をつぐばかりなり。 人にまじらはざれば、姿を耻づる悔もなし。 かてともしければおろそかなれども、なほ味をあまくす。 すべてかやうのこと、樂しく富める人に對していふにはあらず、たゞわが身一つにとりて、昔と今とをたくらぶるばかりなり。 大かた世をのがれ、身を捨てしより、うらみもなくおそれもなし。 命は天運にまかせて、をしまずいとはず、身をば浮雲になずらへて、たのまずまだしとせず。 一期のたのしみは、うたゝねの枕の上にきはまり、生涯の望は、をりをりの美景にのこれり。 それ三界は、たゞ心一つなり。 心もし安からずば、牛馬七珍もよしなく、宮殿樓閣も望なし。 今さびしきすまひ、ひとまの庵、みづからこれを愛す。 おのづから都に出でゝは、乞食となれることをはづといへども、かへりてこゝに居る時は、他の俗塵に着することをあはれぶ。 もし人このいへることをうたがはゞ、魚と鳥との分野を見よ。 魚は水に飽かず、魚にあらざればその心をいかでか知らむ。 鳥は林をねがふ、鳥にあらざればその心をしらず。 閑居の氣味もまたかくの如し。 住まずしてたれかさとらむ。 そもそも一期の月影かたぶきて餘算山のはに近し。 忽に三途のやみにむかはむ時、何のわざをかかこたむとする。 佛の人を教へ給ふおもむきは、ことにふれて執心なかれとなり。 今草の庵を愛するもとがとす、閑寂に着するもさはりなるべし。 いかゞ用なきたのしみをのべて、むなしくあたら時を過さむ。 しづかなる曉、このことわりを思ひつゞけて、みづから心に問ひていはく、世をのがれて山林にまじはるは、心ををさめて道を行はむがためなり。 然るを汝が姿はひじりに似て、心はにごりにしめり。 すみかは則ち淨名居士のあとをけがせりといへども、たもつ所はわづかに周梨槃特が行にだも及ばず。 もしこれ貧賤の報のみづからなやますか、はた亦妄心のいたりてくるはせるか、その時こゝろ更に答ふることなし。 たゝかたはらに舌根をやとひて不請の念佛、兩三返を申してやみぬ。 時に建暦の二とせ、彌生の晦日比、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。 「月かげは入る山の端もつらかりきたえぬひかりをみるよしもがな」。 隠口の 泊瀬の山 青旗の 忍坂の山は 走出の よろしき山の 出立の くはしき山ぞ あたらしき 山の 荒れまく惜しも 高山と 海とこそば 山ながら かくもうつしく 海ながら しかまことならめ 人は花ものぞ うつせみ世人 大君の 命畏み 蜻蛉島 大和を過ぎて 大伴の 御津の浜辺ゆ 大船に 真楫しじ貫き 朝なぎに 水手の声しつつ 夕なぎに 楫の音しつつ 行きし君 いつ来まさむと 占置きて 斎ひわたるに たはことか 人の言ひつる 我が心 筑紫の山の 黄葉の 散りて過ぎぬと 君が直香を たはことか人の言ひつる玉の緒の長くと君は言ひてしものを 玉桙の 道行く人は あしひきの 山行き野行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚取り 海道に出でて 畏きや 神の渡りは 吹く風も のどには吹かず 立つ波も おほには立たず とゐ波の 塞ふる道を 誰が心 いたはしとかも 直渡りけむ 直渡りけむ 鳥が音の 聞こゆる海に 高山を 隔てになして 沖つ藻を 枕になし ひむし羽の 衣だに着ずに 鯨魚取り 海の浜辺に うらもなく 臥やせる人は 母父に 愛子にかあらむ 若草の 妻かありけむ 思ほしき 言伝てむやと 家問へば 家をも告らず 名を問へど 名だにも告らず 泣く子なす 言だにとはず 思へども 悲しきものは 世間にぞある 世間にぞある 母父も妻も子どもも高々に来むと待ちけむ人の悲しさ あしひきの山道は行かむ風吹けば波の塞ふる海道は行かじ 玉桙の 道に出で立ち あしひきの 野行き山行き にはたづみ 川行き渡り 鯨魚取り 海道に出でて 吹く風も おほには吹かず 立つ波も のどには立たぬ 畏きや 神の渡りの しき波の 寄する浜辺に 高山を 隔てに置きて 浦ぶちを 枕に巻きて うらもなく こやせる君は 母父が 愛子にもあらむ 若草の 妻もあらむと 家問へど 家道も言はず 名を問へど 名だにも告らず 誰が言を いたはしとかも とゐ波の 畏き海を 直渡りけむ 母父も妻も子どもも高々に来むと待つらむ人の悲しさ 家人の待つらむものをつれもなき荒礒を巻きて寝せる君かも 浦ぶちにこやせる君を今日今日と来むと待つらむ妻し悲しも 浦波の来寄する浜につれもなくこやせる君が家道知らずも この月は 君来まさむと 大船の 思ひ頼みて いつしかと 我が待ち居れば 黄葉の 過ぎてい行くと 玉梓の 使の言へば 蛍なす ほのかに聞きて 大地を ほのほと踏みて 立ちて居て ゆくへも知らず 朝霧の 思ひ迷ひて 杖足らず 八尺の嘆き 嘆けども 験をなみと いづくにか 君がまさむと 天雲の 行きのまにまに 射ゆ鹿猪の 行きも死なむと 思へども 道の知らねば ひとり居て 君に恋ふるに 哭のみし泣かゆ 葦辺行く雁の翼を見るごとに君が帯ばしし投矢し思ほゆ 見欲しきは 雲居に見ゆる うるはしき 鳥羽の松原 童ども いざわ出で見む こと放けば 国に放けなむ こと放けば 家に放けなむ 天地の 神し恨めし 草枕 この旅の日に 妻放くべしや 草枕この旅の日に妻離り家道思ふに生けるすべなし 旅の日にして 夏麻引く海上潟の沖つ洲に船は留めむさ夜更けにけり 葛飾の真間の浦廻を漕ぐ船の船人騒く波立つらしも 筑波嶺の新桑繭の衣はあれど君が御衣しあやに着欲しも たらちねの あまた着欲しも 筑波嶺に雪かも降らるいなをかも愛しき子ろが布乾さるかも 信濃なる須我の荒野に霍公鳥鳴く声聞けば時過ぎにけり あらたまの伎倍の林に汝を立てて行きかつましじ寐を先立たね 伎倍人のまだら衾に綿さはだ入りなましもの妹が小床に 天の原富士の柴山この暗の時ゆつりなば逢はずかもあらむ 富士の嶺のいや遠長き山道をも妹がりとへばけによばず来ぬ 霞居る富士の山びに我が来なばいづち向きてか妹が嘆かむ さ寝らくは玉の緒ばかり恋ふらくは富士の高嶺の鳴沢のごと ま愛しみ寝らくはしけらくさ鳴らくは伊豆の高嶺の鳴沢なすよ 逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも 駿河の海おし辺に生ふる浜つづら汝を頼み母に違ひぬ [一云 親に違ひぬ] 伊豆の海に立つ白波のありつつも継ぎなむものを乱れしめめや 白雲の絶えつつも継がむと思へや乱れそめけむ 足柄のをてもこのもにさすわなのかなるましづみ子ろ我れ紐解く 相模嶺の小峰見そくし忘れ来る妹が名呼びて我を音し泣くな 武蔵嶺の小峰見隠し忘れ行く君が名懸けて我を音し泣くる 我が背子を大和へ遣りて待つしだす足柄山の杉の木の間か 足柄の箱根の山に粟蒔きて実とはなれるを粟無くもあやし 延ふ葛の引かば寄り来ね下なほなほに 鎌倉の見越しの崎の岩崩えの君が悔ゆべき心は持たじ ま愛しみさ寝に我は行く鎌倉の水無瀬川に潮満つなむか 百づ島足柄小舟歩き多み目こそ離るらめ心は思へど あしがりの土肥の河内に出づる湯のよにもたよらに子ろが言はなくに あしがりの麻万の小菅の菅枕あぜかまかさむ子ろせ手枕 あしがりの箱根の嶺ろのにこ草の花つ妻なれや紐解かず寝む 足柄のみ坂畏み曇り夜の我が下ばへをこち出つるかも 相模道の余綾の浜の真砂なす子らは愛しく思はるるかも 多摩川にさらす手作りさらさらになにぞこの子のここだ愛しき 武蔵野に占部肩焼きまさでにも告らぬ君が名占に出にけり 武蔵野のをぐきが雉立ち別れ去にし宵より背ろに逢はなふよ 恋しけば袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ いかにして恋ひばか妹に武蔵野のうけらが花の色に出ずあらむ 武蔵野の草葉もろ向きかもかくも君がまにまに我は寄りにしを 入間道の於保屋が原のいはゐつら引かばぬるぬる我にな絶えそね 我が背子をあどかも言はむ武蔵野のうけらが花の時なきものを 埼玉の津に居る船の風をいたみ綱は絶ゆとも言な絶えそね 夏麻引く宇奈比をさして飛ぶ鳥の至らむとぞよ我が下延へし 馬来田の嶺ろの笹葉の露霜の濡れて我来なば汝は恋ふばぞも 馬来田の嶺ろに隠り居かくだにも国の遠かば汝が目欲りせむ 葛飾の真間の手児名をまことかも我れに寄すとふ真間の手児名を 葛飾の真間の手児名がありしかば真間のおすひに波もとどろに にほ鳥の葛飾早稲をにへすともその愛しきを外に立てめやも 足の音せず行かむ駒もが葛飾の真間の継橋やまず通はむ 筑波嶺の嶺ろに霞居過ぎかてに息づく君を率寝て遣らさね 妹が門いや遠そきぬ筑波山隠れぬほとに袖は振りてな 筑波嶺にかか鳴く鷲の音のみをか泣きわたりなむ逢ふとはなしに 筑波嶺にそがひに見ゆる葦穂山悪しかるとがもさね見えなくに 筑波嶺の岩もとどろに落つる水よにもたゆらに我が思はなくに 筑波嶺のをてもこのもに守部据ゑ母い守れども魂ぞ会ひにける さ衣の小筑波嶺ろの山の崎忘ら来ばこそ汝を懸けなはめ 小筑波の嶺ろに月立し間夜はさはだなりぬをまた寝てむかも 小筑波の茂き木の間よ立つ鳥の目ゆか汝を見むさ寝ざらなくに 常陸なる浪逆の海の玉藻こそ引けば絶えすれあどか絶えせむ 人皆の言は絶ゆとも埴科の石井の手児が言な絶えそね 信濃道は今の墾り道刈りばねに足踏ましなむ沓はけ我が背 信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ なかまなに浮き居る船の漕ぎ出なば逢ふことかたし今日にしあらずは 日の暮れに碓氷の山を越ゆる日は背なのが袖もさやに振らしつ 我が恋はまさかも愛し草枕多胡の入野の奥も愛しも 上つ毛野安蘇のま麻むらかき抱き寝れど飽かぬをあどか我がせむ 上つ毛野乎度の多杼里が川路にも子らは逢はなもひとりのみして 上つ毛野小野の多杼里があはぢにも背なは逢はなも見る人なしに 上つ毛野佐野の茎立ち折りはやし我れは待たむゑ来とし来ずとも 上つ毛野まぐはしまとに朝日さしまきらはしもなありつつ見れば 新田山嶺にはつかなな我に寄そりはしなる子らしあやに愛しも 伊香保ろに天雲い継ぎかぬまづく人とおたはふいざ寝しめとら 伊香保ろの沿ひの榛原ねもころに奥をなかねそまさかしよかば 多胡の嶺に寄せ綱延へて寄すれどもあにくやしづしその顔よきに 上つ毛野久路保の嶺ろの葛葉がた愛しけ子らにいや離り来も 利根川の川瀬も知らず直渡り波にあふのす逢へる君かも 伊香保ろのやさかのゐでに立つ虹の現はろまでもさ寝をさ寝てば 上つ毛野伊香保の沼に植ゑ小水葱かく恋ひむとや種求めけむ 上つ毛野可保夜が沼のいはゐつら引かばぬれつつ我をな絶えそね 上つ毛野伊奈良の沼の大藺草外に見しよは今こそまされ [柿本朝臣人麻呂歌集出也] 上つ毛野佐野田の苗のむら苗に事は定めつ今はいかにせも 伊香保せよ奈可中次下思ひどろくまこそしつと忘れせなふも 上つ毛野佐野の舟橋取り離し親は放くれど我は離るがへ 伊香保嶺に雷な鳴りそね我が上には故はなけども子らによりてぞ 伊香保風吹く日吹かぬ日ありと言へど我が恋のみし時なかりけり 上つ毛野伊香保の嶺ろに降ろ雪の行き過ぎかてぬ妹が家のあたり 下つ毛野みかもの山のこ楢のすまぐはし子ろは誰が笥か持たむ 下つ毛野阿蘇の川原よ石踏まず空ゆと来ぬよ汝が心告れ 会津嶺の国をさ遠み逢はなはば偲ひにせもと紐結ばさね 紫なるにほふ子ゆゑに陸奥の可刀利娘子の結ひし紐解く 安達太良の嶺に伏す鹿猪のありつつも我れは至らむ寝処な去りそね 遠江引佐細江のみをつくし我れを頼めてあさましものを 志太の浦を朝漕ぐ船はよしなしに漕ぐらめかもよよしこさるらめ 足柄の安伎奈の山に引こ船の後引かしもよここばこがたに 足柄のわを可鶏山のかづの木の我をかづさねも門さかずとも 薪伐る鎌倉山の木垂る木を松と汝が言はば恋ひつつやあらむ つ毛野阿蘇山つづら野を広み延ひにしものをあぜか絶えせむ 伊香保ろの沿ひの榛原我が衣に着きよらしもよひたへと思へば しらとほふ小新田山の守る山のうら枯れせなな常葉にもがも 陸奥の安達太良真弓はじき置きて反らしめきなば弦はかめかも 都武賀野に鈴が音聞こゆ可牟思太の殿のなかちし鳥猟すらしも 美都我野に 若子し 鈴が音の早馬駅家の堤井の水を給へな妹が直手よ この川に朝菜洗ふ子汝れも我れもよちをぞ持てるいで子給りに [一云 ましも我れも] ま遠くの雲居に見ゆる妹が家にいつか至らむ歩め我が駒 遠くして 歩め黒駒 東道の手児の呼坂越えがねて山にか寝むも宿りはなしに うらもなく我が行く道に青柳の張りて立てれば物思ひ出つも 伎波都久の岡のくくみら我れ摘めど籠にも満たなふ背なと摘まさね 港の葦が中なる玉小菅刈り来我が背子床の隔しに 妹なろが使ふ川津のささら荻葦と人言語りよらしも 草蔭の安努な行かむと墾りし道安努は行かずて荒草立ちぬ 花散らふこの向つ峰の乎那の峰のひじにつくまで君が代もがも 白栲の衣の袖を麻久良我よ海人漕ぎ来見ゆ波立つなゆめ 乎久佐男と乎具佐受家男と潮舟の並べて見れば乎具佐勝ちめり 左奈都良の岡に粟蒔き愛しきが駒は食ぐとも我はそとも追じ おもしろき野をばな焼きそ古草に新草交り生ひは生ふるがに 風の音の遠き我妹が着せし衣手本のくだりまよひ来にけり 庭に立つ麻手小衾今夜だに夫寄しこせね麻手小衾 恋しけば来ませ我が背子垣つ柳末摘み枯らし我れ立ち待たむ うつせみの八十言のへは繁くとも争ひかねて我を言なすな うちひさす宮の我が背は大和女の膝まくごとに我を忘らすな 汝背の子や等里の岡道しなかだ折れ我を音し泣くよ息づくまでに 稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ 誰れぞこの屋の戸押そぶる新嘗に我が背を遣りて斎ふこの戸を あぜと言へかさ寝に逢はなくにま日暮れて宵なは来なに明けぬしだ来る あしひきの山沢人の人さはにまなと言ふ子があやに愛しさ ま遠くの野にも逢はなむ心なく里のみ中に逢へる背なかも 人言の繁きによりてまを薦の同じ枕は我はまかじやも 高麗錦紐解き放けて寝るが上にあどせろとかもあやに愛しき ま愛しみ寝れば言に出さ寝なへば心の緒ろに乗りて愛しも 奥山の真木の板戸をとどとして我が開かむに入り来て寝さね 山鳥の峰ろのはつをに鏡懸け唱ふべみこそ汝に寄そりけめ 夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ 相見ては千年やいぬるいなをかも我れやしか思ふ君待ちがてに [柿本朝臣人麻呂歌集出也] しまらくは寝つつもあらむを夢のみにもとな見えつつ我を音し泣くる 人妻とあぜかそを言はむしからばか隣の衣を借りて着なはも 左努山に打つや斧音の遠かども寝もとか子ろが面に見えつる 植ゑ竹の本さへ響み出でて去なばいづし向きてか妹が嘆かむ 恋ひつつも居らむとすれど遊布麻山隠れし君を思ひかねつも うべ子なは我ぬに恋ふなも立と月のぬがなへ行けば恋しかるなも 東路の手児の呼坂越えて去なば我れは恋ひむな後は逢ひぬとも 遠しとふ故奈の白嶺に逢ほしだも逢はのへしだも汝にこそ寄され 安可見山草根刈り除け逢はすがへ争ふ妹しあやに愛しも 大君の命畏み愛し妹が手枕離れ夜立ち来のかも あり衣のさゑさゑしづみ家の妹に物言はず来にて思ひ苦しも 韓衣裾のうち交へ逢はねども異しき心を我が思はなくに 韓衣裾のうち交ひ逢はなへば寝なへのからに言痛かりつも 昼解けば解けなへ紐の我が背なに相寄るとかも夜解けやすけ 麻苧らを麻笥にふすさに績まずとも明日着せさめやいざせ小床に 剣大刀身に添ふ妹を取り見がね音をぞ泣きつる手児にあらなくに 愛し妹を弓束並べ巻きもころ男のこととし言はばいや勝たましに 梓弓末に玉巻きかくすすぞ寝なななりにし奥をかぬかぬ 梓弓欲良の山辺の茂かくに妹ろを立ててさ寝処払ふも 梓弓末は寄り寝むまさかこそ人目を多み汝をはしに置けれ [柿本朝臣人麻呂歌集出也] 柳こそ伐れば生えすれ世の人の恋に死なむをいかにせよとぞ 小山田の池の堤にさす柳成りも成らずも汝と二人はも 遅速も汝をこそ待ため向つ峰の椎の小やで枝の逢ひは違はじ 遅速も君をし待たむ向つ峰の椎のさ枝の時は過ぐとも 子持山若かへるでのもみつまで寝もと我は思ふ汝はあどか思ふ 巌ろの沿ひの若松限りとや君が来まさぬうらもとなくも 橘の古婆の放髪が思ふなむ心うつくしいで我れは行かな 川上の根白高萱あやにあやにさ寝さ寝てこそ言に出にしか 海原の根柔ら小菅あまたあれば君は忘らす我れ忘るれや 岡に寄せ我が刈る萱のさね萱のまことなごやは寝ろとへなかも 紫草は根をかも終ふる人の子のうら愛しけを寝を終へなくに 安波峰ろの峰ろ田に生はるたはみづら引かばぬるぬる我を言な絶え 我が目妻人は放くれど朝顔のとしさへこごと我は離るがへ 安齊可潟潮干のゆたに思へらばうけらが花の色に出めやも 春へ咲く藤の末葉のうら安にさ寝る夜ぞなき子ろをし思へば うちひさつ宮能瀬川のかほ花の恋ひてか寝らむ昨夜も今夜も 新室のこどきに至ればはだすすき穂に出し君が見えぬこのころ 谷狭み峰に延ひたる玉葛絶えむの心我が思はなくに 栲衾白山風の寝なへども子ろがおそきのあろこそえしも み空行く雲にもがもな今日行きて妹に言どひ明日帰り来む 青嶺ろにたなびく雲のいさよひに物をぞ思ふ年のこのころ 一嶺ろに言はるものから青嶺ろにいさよふ雲の寄そり妻はも 夕さればみ山を去らぬ布雲のあぜか絶えむと言ひし子ろはも 高き嶺に雲のつくのす我れさへに君につきなな高嶺と思ひて 我が面の忘れむしだは国はふり嶺に立つ雲を見つつ偲はせ 対馬の嶺は下雲あらなふ可牟の嶺にたなびく雲を見つつ偲はも 白雲の絶えにし妹をあぜせろと心に乗りてここば愛しけ 岩の上にいかかる雲のかのまづく人ぞおたはふいざ寝しめとら 汝が母に嘖られ我は行く青雲の出で来我妹子相見て行かむ 面形の忘れむしだは大野ろにたなびく雲を見つつ偲はむ.

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