はっぴいえんど アルバム。 ionadev.ionagroup.com: はっぴいえんど: 音楽

はっぴいえんど

はっぴいえんど アルバム

解説 当時のディレクターだったとの縁により、バンドはURCレコードとの契約を得て本作を制作した。 ジャケットに描かれた看板から、本作は「 ゆでめん」という通称で呼ばれている。 「12月の雨の日」は別ヴァージョンも録音され、1971年に初のシングルとしてからリリースされた。 本作は1971年 1971 に『』誌で第2回(1970年 1970 度)日本のロック賞を受賞したが、はそれに対して、同賞においてURCレコードのアーティストが優遇されているという主張をしたため、『ニューミュージック・マガジン』誌上のへ発展していった。 朝になって外へ出たらすごく清々しくて。 その時、が『やあ、すがやかな天気だなあ』って言ったんだよ。 爽やかと清々しいとを足しちゃったんだよね。 で、ものすごくいい天気だったんだよ」「4・5日で全部録っちゃったけど、ロックっていうベースの弾き方も、ロックっていうドラムの叩き方も、ロックっていうギターの弾き方も、ロックっていう歌い方もあるという、そういう所からスタートしたグループだよ、はっぴいえんどっていうのはね。 俺たちはついにやったんだなあって思った」「これでもう十分に日本の音楽界に足跡を残すことができたんだって本当に力強く思ったよ。 当時の彼女がレコード屋さんの店員をしていたんだけど、その彼女が『はっぴいえんどは日本のよ』って言ってたのを覚えているけど、あの当時は本当にそういう意識でやっていたことは事実だね。 とがサウンドの根底だった。 やっぱり、アメリカン・サウンドのロックなんだろうな。 バッファローはアコースティック・ギターをポイントに使っていて。 モビー・グレープはエレキだね、サイドのカッティング。 あれだけアコースティックを前面に押し立てたグループや、ギターが3人もいたグループは珍しかったね、当時。 その2本立てでいこうっていうのが1枚目のLPに関してはあった。 ただ、そこに細野のとかあったけどね」 と振り返っている。 アートワーク アルバム・ジャケットは、漫画家のイラストをした表紙に、が日頃から撮りためていたメンバーの写真を裏に配して、がアート・ディレクションを手掛けた。 後に野上が矢吹から聞いた話によれば、原画はモノクロで、矢吹が全体の黄色とはっぴいえんどの札の白抜きを決め、URCから渡されたメンバーの写真をコラージュしたとのことだった。 林のイラストを使うことは、矢吹がデザインを引き受けた段階で既に決まっていたという。 このジャケットが制作された1970年夏の時点で、野上にとって自身の写真が印刷されるのはこれが初めてだったこともあり、写真がどのように使われるかも知らされず、今までに撮った写真の中から好きなものをキャビネに焼いて持って来いとだけ言われたと思うという。 使われたのはでのレコーディング風景、「MAYカーニバル」でのもの、の自宅での、新宿とで撮影した松本隆。 野上は、全体のデザインのことをもう少し知らされていたら、違う写真を選ぶことができただろうと言い、表紙にコラージュされた写真はURCからネガを渡してくれと言われたもので、そのネガは野上の元に二度と戻ってこなかったという。 ジャケットの歌詞カードは、マネージャーの石浦信三によって書かれた。 歌詞カードには尊敬する人物が書かれているが、大瀧によれば、『』の裏ジャケットにさまざまな人へのが書かれていたことに影響を受けてのこと。 しかし当時を代表する名前が多く、それが少し窮屈に感じたことから、とという遊びの名前を入れたという。 収録曲 SIDE 1• 春よ来い — 4分17秒 作詞:、作曲: 後に細野は、この曲に関連して大瀧について「彼の存在は、僕には大きいところがあって、と同郷人という、なんか東北の暗い懐の深さを感じた。 そこを松本隆は引っ張り出してきた。 大瀧にとっては『春よ来い』は面白くない歌だったと思う。 こたつに入る暗いイメージは、現実そのものだったからね。 大瀧も音楽的な人間だから、詞のことはあまり深く考えずに、言われたとおりに、出来上がった詞を忠実に歌ってたのね。 彼はのの歌い方や曲作りを勉強したり、スティルスとの歌い方を一つにしようとしたり、そういう所ではマニアックに音楽をやっていたんですよね」 と語っている。 かくれんぼ — 4分32秒 作詞:松本隆、作曲:大滝詠一 松本によれば、この曲には最初は大サビがなかったが、つけたいと言われて後から2行付け加えられた。 また、この曲で聞こえる鈴は大瀧が入れたものだという。 しんしんしん — 3分06秒 作詞:松本隆、作曲:• 飛べない空 — 2分44秒 作詞・作曲:細野晴臣 本作中唯一、細野が歌詞も手掛けた曲。 歌を作るとはどういうことかを解説したような作品。 細野は「わりと苦労して悩みながら作ったんで、習作みたいなものかもしれないね。 あの頃は、お手本の素材の影響が非常に強くて、聴いていた音楽がすぐに出てきちゃうんだけど、それが自分のなかを通過していくと東京臭くなってくるというか、青くさいというか。 音楽的にはの影響が強いですね。 当時は、曲の作り方がわからなかったんです。 自分が作曲するということがよくわからなかった。 音符を並べていって、コードをつけて、言葉をつければ曲になるんだけど、それが良い曲なのか悪い曲なのか、自分でわからないんです。 その前に僕はで何曲か作ってて、なんとなく曲らしくできる自信はあったけど。 ところが自分では歌ってなかったので、まず歌が歌えないと歌はできないんじゃないかと思ってた。 だから、はっぴいえんどで自分が歌うとなった段階で非常に悩んで、どうやって歌ったらいいかわからなかった。 歌うことに気を取られて全体がわからなくなっちゃう。 とたんに無力感に襲われて、非常に不安な状態になったんです。 そういう不安定な気持ちをそのまま詞にしちゃったんだと思うのね」 と後年、インタビューで答えている。 敵タナトスを想起せよ! — 3分00秒 作詞:松本隆、作曲:細野晴臣 SIDE 2• あやか市の動物園 — 2分48秒 作詞:松本隆、作曲:細野晴臣 オリジナル・ヴァージョンは細野と大瀧のデュエットだが、後にいくつかの編集盤に収録された同年にで行われた『』では、細野に代わって大瀧が歌唱を担当している。 12月の雨の日 — 3分27秒 作詞:松本隆、作曲:大滝詠一 はっぴいえんどの楽曲の中では最初に作られた曲。 制作時期は1969年の12月。 実際には、細野・松本が在籍していたバンド「バーンズ」時代に作られた「めざめ」という楽曲があったが、小倉エージによって没にされたため、「12月の雨の日」がはっぴいえんどの処女作ということになった。 また、のアルバム『 Eli and the Thirteenth Confession 』から着想を得ている。 「発声的に面白ければ全く意味などなくてもいい」という大瀧のノベルティー・ソングに対する考えで、別に当時、個人的にイライラしていたとか、時計の音が気になって眠れなかったことなど、一度もなかった。 こじつけでありでまかせなのだという。 朝 — 2分29秒 作詞:松本隆、作曲:大滝詠一• はっぴいえんど — 3分26秒 作詞:松本隆、作曲:細野晴臣• 続はっぴーいいえーんど — 2分20秒 作詞:松本隆、作曲:細野晴臣 クレジット , , , comb and , , 6st. guitar, and vocal , recording director, 12st. guitar and 四家秀次郎 chief director of mixing engineer 島雄一 Aassistant mixing engineer jaket design and illustration photography art-direction and liner design 奏政明 produce 録音 1970年4月9,10,11,12日 下記の方々の多大なる御援助に深く感謝したい 敬称略・順不同 , FRED NEIL, , , , , and , , , JIM FILDER, , PHIL OCHS, , , , , , , , , , , , , , LAURENCE DURRELL, , 杉浦茂, 岩田宏, , , , , , , , , , , , , , 鈴木茂, , , , 松本隆, , , , BOB MOSLEY, DON STEVENSON, , MICKEY HART, , 佐藤京子, , , , , , , 石浦信三, , , , 中田佳彦, , , , , , 細野晴臣, , DRUCURA, , 上松誠一, 佐伯俊男, , , JUDY COLLINS, , , , 大瀧詠一, , , , , ALEXENDER SPENCE, , , , , , , , , PETER LEWIS, TOM RUSH,• 『TJ MOOK 聴け! 伝説の日本ロック1969-79』(宝島社、2004年、)p. 「11 はっぴいえんどのジャケット」『はっぴいな日々』第19巻第10号、、2000年7月31日、 44-48頁。 「日本のポップスの歴史と私のキャロル・キング」『大滝詠一 Talks About Niagara Complete Edition』第33巻第7号、株式会社ミュージック・マガジン、2014年4月1日、 454-462頁、 4910196380441。 「2 風をあつめて」• 「01 松本隆インタヴュー」『ロック画報』第1号、株式会社、2000年6月25日、 12-21頁、。 『All About Niagara』、2001年3月21日、359-374頁。 「『ゆでめん』ができるまで はっぴいえんど制作担当ディレクターの証言」『』第34巻第1号、株式会社ミュージック・マガジン、2015年1月1日、 38-41頁、 4910196370152。

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はっぴいえんど アルバム

1971年11月20日にリリースされた…はっぴいえんどの『風街ろまん』 どうも、なぐです。 今日は「はっぴいえんど」のお話…一般的には彼等こそが日本語ロックの夜明け…みたいな言い方をされてますが…この「日本語」でロックをやるという面だけにフォーカスしてしまうと…彼等の本当の素晴らしさが薄れてしまう様な気がしています…。 細野晴臣が中心メンバーとして1969年に結成されたバンド『エイプリル・フール』を前身として以後の『ヴァレンタイン・ブルー』を経て1970年に細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂の4人によって『はっぴいえんど』が結成された。 確かに当時はアメリカやイギリスのバンドの様な本格的なロックをやるバンドは他にまだなかったと思います。 しかも、日本語でロックをやろうなんてバンドはなかったと思います。 そんな彼等が1971年11月20日にリリースしたのが、後に日本のロック史上に名盤として名を刻むことになるアルバム『風街ろまん』です。 このアルバムに対して「日本語ロックの金字塔」みたいな言い方をされると思うんですけど…私は個人的にはあまり好きではありません。 そんな、ちっぽけな「縛り」でくくられるような…チンケなアルバムじゃありません。 そこに存在するのは、細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂の4人音楽に対する瑞々しい感性のきらめきをぎゅっと詰め込んだ様なアルバムだったからです。 確かに洋楽と言われるアメリカやイギリスの音楽の影響下にはあると思いますが、でも、そこにはそれらを超えた若きミュージシャンの感性のきらめきが音の一粒一粒にキラキラと輝いているのです。 とにかく、4人の素晴らしい感性を持ったミュージシャンが同じ時代に生まれ、ひとつのバンドとして活動した…という奇跡の結晶なんだと思います。 そして、何より素晴らしいのは、彼等4人はそのきらめく感性を「音」として「音楽」として、表現出来る素晴らしい音楽性を持っていたということ…。 これにつきると思います。 そういう意味ではビートルズの4人とイメージがダブル部分もあります。 日本語という意味では松本隆氏の書く時にシニカルでリリカルな日本語独自の表現が当時の若者にとって衝撃的過ぎたからだったせいなのじゃないかなぁぁ…と。 とにかく新鮮な体験だったのだと思います。 卓越した音楽性と文学性が若い感性のきらめきをそのままにレコード盤に刻み込まれた名盤…それが『風街ろまん』だと思います。 毎朝のルーティンワークの夜明け前の早朝のウォーキングの時に久しぶり『風街ろまん』が聴きたくなって…このアルバムを聴きながら歩きました…。 夜明け前の青紫の闇の向こうに午前5時の『風をあつめて』が胸にしみたのでした…。 A-風面 1 抱きしめたい(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 2 空いろのくれよん(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 3 風をあつめて(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 4 暗闇坂むささび変化(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 5 はいからはくち(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 6 はいからびゅーちふる(作詞:多羅尾伴内/作曲:多羅尾伴内) B-街面 1 夏なんです(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 2 花いちもんめ(作詞:松本隆/作曲:鈴木茂) 3 あしたてんきになあれ(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 4 颱風(作詞:大滝詠一/作曲:大滝詠一) 5 春らんまん(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 6 愛餓を(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 2020. 29 なぐ.

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【アルバム感想】『葡萄』サザンオールスターズ

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1971年11月20日にリリースされた…はっぴいえんどの『風街ろまん』 どうも、なぐです。 今日は「はっぴいえんど」のお話…一般的には彼等こそが日本語ロックの夜明け…みたいな言い方をされてますが…この「日本語」でロックをやるという面だけにフォーカスしてしまうと…彼等の本当の素晴らしさが薄れてしまう様な気がしています…。 細野晴臣が中心メンバーとして1969年に結成されたバンド『エイプリル・フール』を前身として以後の『ヴァレンタイン・ブルー』を経て1970年に細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂の4人によって『はっぴいえんど』が結成された。 確かに当時はアメリカやイギリスのバンドの様な本格的なロックをやるバンドは他にまだなかったと思います。 しかも、日本語でロックをやろうなんてバンドはなかったと思います。 そんな彼等が1971年11月20日にリリースしたのが、後に日本のロック史上に名盤として名を刻むことになるアルバム『風街ろまん』です。 このアルバムに対して「日本語ロックの金字塔」みたいな言い方をされると思うんですけど…私は個人的にはあまり好きではありません。 そんな、ちっぽけな「縛り」でくくられるような…チンケなアルバムじゃありません。 そこに存在するのは、細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂の4人音楽に対する瑞々しい感性のきらめきをぎゅっと詰め込んだ様なアルバムだったからです。 確かに洋楽と言われるアメリカやイギリスの音楽の影響下にはあると思いますが、でも、そこにはそれらを超えた若きミュージシャンの感性のきらめきが音の一粒一粒にキラキラと輝いているのです。 とにかく、4人の素晴らしい感性を持ったミュージシャンが同じ時代に生まれ、ひとつのバンドとして活動した…という奇跡の結晶なんだと思います。 そして、何より素晴らしいのは、彼等4人はそのきらめく感性を「音」として「音楽」として、表現出来る素晴らしい音楽性を持っていたということ…。 これにつきると思います。 そういう意味ではビートルズの4人とイメージがダブル部分もあります。 日本語という意味では松本隆氏の書く時にシニカルでリリカルな日本語独自の表現が当時の若者にとって衝撃的過ぎたからだったせいなのじゃないかなぁぁ…と。 とにかく新鮮な体験だったのだと思います。 卓越した音楽性と文学性が若い感性のきらめきをそのままにレコード盤に刻み込まれた名盤…それが『風街ろまん』だと思います。 毎朝のルーティンワークの夜明け前の早朝のウォーキングの時に久しぶり『風街ろまん』が聴きたくなって…このアルバムを聴きながら歩きました…。 夜明け前の青紫の闇の向こうに午前5時の『風をあつめて』が胸にしみたのでした…。 A-風面 1 抱きしめたい(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 2 空いろのくれよん(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 3 風をあつめて(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 4 暗闇坂むささび変化(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 5 はいからはくち(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 6 はいからびゅーちふる(作詞:多羅尾伴内/作曲:多羅尾伴内) B-街面 1 夏なんです(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 2 花いちもんめ(作詞:松本隆/作曲:鈴木茂) 3 あしたてんきになあれ(作詞:松本隆/作曲:細野晴臣) 4 颱風(作詞:大滝詠一/作曲:大滝詠一) 5 春らんまん(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 6 愛餓を(作詞:松本隆/作曲:大滝詠一) 2020. 29 なぐ.

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