傷つける 様 に 愛し合い ま しょう。 傷つける様に愛し合いましょう 1巻 |無料試し読みなら漫画(マンガ)・電子書籍のコミックシーモア

彼女よりも好きな人ができてしまいました

傷つける 様 に 愛し合い ま しょう

はじめましての方は、どうぞへ。 ご相談の多いお悩み事例、私の散々な過去の話しなどがございます。 こんにちは、黒江香です。 昨日は、お師匠さまののリトリートセミナーの仲間たちとのオンラインでの飲み会でした。 夫もリトリート仲間でもある黒江家。 あれ、私、家族というものに違和感がなくなってる!! なんのこっちゃ?ですよね。 説明はちょっと難しいのですが・・・ 私は、「好き」「大好き」はわかるけど、「愛」って何!?って思ていたし、「愛する」「愛される」ってわからないってずーっと思っていたんです。 結婚して20年近く経ち、子どもがふたりいても。 ほんの1年前、いや数ヶ月前くらいまで、「愛してる」ということがなかなか言えないし、認められませんでした。 「香ちゃんは、ダンナのことをめっちゃ愛してるやん。 家族のことをめっちゃ愛してるやん。 私の愛なんて、大したことないし、価値なんてないって思っていたから。 本当にダンナのことを愛しているのなら、他の男性にフラフラしたりしないでしょ。 私の愛が届いているのなら、もっと関係いいはずでしょ。 ダンナが、「生きててもしょうがない。 何一ついいことなんかないじゃないか。 」なんて言わないでしょ。 娘だって、「死にたい。 ママが産んだせい。 」なんて言わないよね。 娘と虐待まがい取っ組み合いなんかしないよね。 子どもたちのこと、もっと上手に育ててあげられよね。 って、自分を責め続けてきたの。 私の愛と、夫やこどもたちがどう思うか、どう過ごすかは、すべて手とは思わないけど正直関係ない。 なのに、私はそれがイコールになっているところがあって。 家族の幸せは私の責任。 家族を幸せにしなければいけない。 なのに、そこが切り離せなくて。 だから家族になること、家族であることが怖くて避けていたのね。 もう傷つきたくないし。 誰も傷つけることをしたくない。 私は愛されるよりも、愛したい気持ちが強く、私の受け取り下手は、自慢じゃないけど有名(笑) 愛を受け取ってもらうことで、自分の存在価値をはかっていたみたい。 自分が愛を受け取ることには、抵抗ばかりで。 愛されるなんて、怖くてムリ。 私が、であることは紛れもなく(汗) だけど、私のダンナへの愛や、子どもたちへの愛は大きくて深いよ。 って何度も何度も、仲間たちが懲りずに伝えてくれて。 根本さんの弟子になり、カウンセラー仲間が増え、私へ愛を伝えてくれる仲間はもっと増えた。 そのおかげで、愛を受け取るということが、前に比べてできるようになってきたんだと思います。 私は、長い付き合いになっても【男と女】であり続けることをしたいし、大切だって思っています。 だけど、今思うと、私は、夫婦・男と女でありたいって気持ちが強すぎて、こだわり強くて、頑なで。 セックスレスの問題を抱えているときは、まさに!! こだわるって、それがないって思っているからでしょ!?自分には、ない、足りないって思っているから執着しているの。 執着すればするほど、遠くなり、けっこう、拗らせました。 ずいぶんと緩~くなりました。 緩くなれたことに、とーっても嬉しく思いました。 男と女であることと、家族であることには、対局にあるような気がしていたけど、同時進行はできるんだ。 同時進行で育ててるんだ、私。 って、そう思えました。 このようなことを、今だけ限定!でしております。  今日もブログに来てくださった、あなたのおかげで、こうしてお届けできました。 愛しています。 何かに遠慮することなく、最愛の男性と愛し・愛される人生を。 大好きなひとと、愛と喜びを感じて、深い繋がりを感じられますように。

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これって女性の本音?結婚したくなくなりました。

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「同性愛!! 二大超大国 アメリカと中国」 派手な大統領選挙に隠れてあまり目立たなかったが、同時に行われたカリフォルニア州の同性婚禁止をめぐる住民投票は、大方の予想に反し、小差ながら賛成多数で可決された。 カリフォルニア州の最高裁は今年5月、結婚を男女間に限定した州法を違憲と判断した。 これに対し、憲法に同性婚禁止条項を盛り込もうとするのが今回の住民投票であった。 賛否両者への寄付金は総額6000万ドルにもなり、壮烈な戦いを展開した。 「圧倒的に民主党・オバマ有利のカリフォルニア州で逆転現象が起こったのは、米国社会に着実に進行している保守化の波が衰えていない」と、産経新聞・松尾記者は伝えている。 しかし小差の可決であり、ことがそう簡単であるとも思えない。 アメリカでは、今から50年近く前でも同性愛は珍しいものではなく、「アメリカ訪問時は同性愛に気をつけろ」と注意されたものである。 バス停で待っているとキャデラックが停まり「どこに行くんだ? 送ってやるよ」としばしば誘われた。 また知人の家を訪問した折には大の男が二人、一つのベッドに寝ているのを見て気分を悪くしたこともある。 当時は1ドル360円時代である。 日本からの貧しい留学生は、保証人や住宅の確保を善意のアメリカ人に頼らざるを得なかった。 そうした善意のアメリカ人の中にも同性愛者がおり、興味本位か経済的理由であったのかは知らないが、彼らによって、その道に入った日本人留学生もいた。 サンフランシスコでは随分前から、市長選挙は同性愛者の支持なくしては絶対当選しないといわれ、強い影響力を持っている。 私自身は、性同一性障害という不幸な病気を背負った人のいることは承知しているが、同性愛はどうしても理解できない。 現在、中国の同性愛者は約3000万人といわれ、最近までは精神的障害者として精神疾患の公式一覧表に掲載されていた。 ところが中国社会科学院の李 銀河研究員の調査によると、「同性愛者であることが職業選択にあたって不利な条件になるか?」との調査で「ならない」と答えた人が米国の86%を超えて90%であるという。 この結果「中国社会が、同性愛により寛容になったことは大きな進歩だ」としている。 近頃は公共の場で抱き合ったりキスをする姿も珍しくはない。 一人っ子政策の結果、男女の比率は男130に対し女100。 この数字は将来更に同性愛者が増加することを意味している。 同性愛者が異性愛者と人格的に平等で、雇用も平等の機会を持つ社会になったというアメリカと中国は、同性愛者の二大超大国である。 存在するものはそれ自身において絶対である、人知などの及ぶものではない。 人間社会の慣習や成文法はかりそめのものである。 人間の本源的な営みとして、適宜な事をなし、堅固な意志と常に目覚めた心を持つものが富をうる。 人に与えるものが友を持つ。 真実で正しく、忍耐強く、寛大さのある誠実な生業を営む人は死後のことを悔やまない。 人間は長い間、外在的権威に支配されてきた。 もし人間が本当の意味で文明化されねばならぬとしたら、自分自身の原理によつて自分を制御することを学ぱなければならない。 聖書のマルコ伝には、「わが神、わが神、なんぞ我を見捨て給いし」とある。 違いを認識する人たちに、自己存在に対して切羽詰った神に対する問いというものが存在するのであろうか。 そこが知りたいところである。 数の根拠は観察者によっても変わるので外に置くとして 問題は社会的地位、特に福祉関係に影響力のある人間が公然と差別的発言をしていること、またそれを心情的に判断し、容認する社会体系が日本に広く存在することではないですか。 日本では個人の自由意思は当然保障されていますが、それはある程度発達した国家だから出来ることです。 そのような共同体の中では、同時に公共性を意識することが求められます。 またこのような記名式のブログは公の場だといえます。 とすれば、社会的地位があり、特に差別撤廃活動をなされている人が、差別的な行為をした時、当然に批判されることは予測できます。 あまり外国と比較するのもどうかと思いますが、米・豪あたりであれば間違いなく敗訴するでしょうし、そうなれば莫大な費用が掛かるだけでなく、少なくともその分野での社会的信用は失墜するでしょう。 認識云々の問題以前に、その辺りのリスク管理がこのレベルの人間でも疎かであることに日本社会の未熟さを感じます。 責任と自由の関係を小さい頃から教える必要があるのかもしれないですね。 もし、同性愛者のハンセン病患者があなたの助けを必要としたなら、あなたは何と声をかけるのですか、また何と心の中でつぶやくのですか。 「おまえは同性愛者だから差別されろ、しかしハンセン病であるおまえは助けてやる。 」とでも思うのでしょうか。 差別されて当然の人間などこの世にはいません。 この差別はしてもいいが、あの差別はしてはいけない、などと言えるでしょうか。 こんな当たり前のことがわからない人が会長をしていていいのですか。 もし、「お詫び」というのなら、今後、世界に存在する同性愛、性的マイノリティー差別撤廃に向けての具体的な日本財団としての活動課題を示して下さい。 世界には同性愛者を死刑にする国がまだ多く存在します。 そして、我が国でも多くの同性愛者たちが名を名乗れず抗議もできないことをいいことに、おもしろおかしくネタにするマスメディアの問題もあります。 そして、パートナーシップや同性婚の問題と解決されるべき問題が山のようにあります。 あなたが口先だけの偽善者でないことを行動で示して下さい。 上記ブログの発言に対して、以下のHPに興味深い記事が 掲載されています。 ご覧になってください。 笹川・日本財団会長は21日、「同性愛!! 二大超大国 アメリカと中国」と題したブログで、過去にゲイ男性カップルがベッドに横になっているのを見た際に「気分を悪くしたこともある」、「1ドル360円時代」のアメリカには「興味本位か経済的理由であったのかは知らないが(中略)その道に入った日本人留学生もいた」、「性同一性障害という不幸な病気を背負った人のいることは承知しているが、同性愛はどうしても理解できない」などの発言をした。 これに対し、ブログにはLGBTや、LGBTを友人に持つという人などから28日までに100件を超えるコメントが寄せられた。 コメントの多くは、「記事には多くの誤解があると感じた」や「『障害』はマイノリティを『異常者』として社会が差別するから『障害』になってしまう。 社会的に地位ある人がこのような無知で差別的な発言をし、とても悲しく思う」、「人は誰でも自分に理解できないものを排除しようとしてしまう。 排除された人間のさみしさ、悔しさを少しでも知って。 同性愛、性同一性障害者だけのことではないはず」など、発言の基に見えるホモフォビア(同性愛嫌悪)を指摘したり批判する内容。 一方で、「同性愛者の排除をお願いいたします」や「『同性愛』は病気であると私も思う。 だから差別するつもりはないが、早く治療すべきだと思う」などの書き込みも寄せられた。 これらのコメントを受けて笹川氏は24日、ブログで「アメリカ同様、中国でも同性愛に対する社会的認知が進んでいる事実を紹介」するのが趣旨だったと説明した上で、「長年、世界の『ハンセン病患者、回復者に対する偏見差別』の撤廃活動に邁進してきた者として軽率な発言であったと反省」していると、「お詫び」を掲載した。 『ひとつのベットに寝ているのを見て気分を悪くした』 これ以上に私は貴方の文章で気分が悪いです。 『送ってやるよ』って、ただの親切心かもしれませんね? 偏見を持っている方は異状に御自分がおモテになると 過信されるようです。 「同性愛はどうしても理解できない」 それは仕方のないことですが、現状も知らずに数字だけの 比率で文章を書かれ、現実を知らないのはどうなんでしょうか? 貴方にはお子さまがいらっしゃいますか? 同性愛を告白出来ないで居たら、どれだけ苦しいか? 隠して結婚する人も沢山居ます。 同性愛でも異性愛でも愛している人を幸せにしたい 家族と幸せに暮したい 何の変わりも無いのですけどね。 貴方が御尽力されている事々にも、偏見や同情で無いことを祈ります。 お邪魔しました。 いきなりのコメント、 そして、匿名での書き込み失礼致します。 私自身女性同性愛者。 レズビアンです。 沢山の方がこのブログに書き込みをしていますが、私にも当事者としてすこしだけお話させてください。 別に、理解などしてほしくはありません。 むしろ理解できなくてもかまいません。 そのような方に迷惑をかけるつもりもありません。 私は生まれたときから女性しか愛せませんでした。 別に、「仕方なく」なったわけではなく、これが自分自身なのです。 文を読んでいくと、男性の同性愛者が理解できないようにも感じます。 女性は?いいのですか? それこそ私は理解できません。 気分が悪いです。 私たちは自由に生きたいだけです。 時代は変わりつつあります。 50年前、あなたの意見が「普通」だったのでしょう いまは皆様のコメントを見ればわかるでしょう。 当たり障りなく迷惑もかけずに、生きたいだけです。 それすらも、許そうとはしないのでしょうか? 日本という国は。 アナタのことはまったくといっていいほど存じてませんが 偉い方なのでしょう。 もう少し発言に気をつけては? とてもではありませんがそのような方にはこの記事を読むだけでは感じられません。 お願いですからこれ以上生き難い世界にしないでください。 有名人や著名人、お偉いさんの発言は テレビやネット、沢山の場でひとの心に傷を負わせたり、逆に勇気付けます。 あなたも、そのひとりなのではないですか? 長々と失礼致しました。 このブログをはじめて、こんなにもコメントが返ってくるとは思わなかったでしょうね。 でも、今までにもあったコメントは、ほとんどが、あなたのご機嫌取り…。 媚をうってきていることぐらい、あなたはわかっていたでしょう。 そんな人たちしかあなたの周りにいなかった? それとも、そんな人たちだけを回りに残した? 今回寄せられた多くのコメントは、今までのような、上っ面だけのコメントや、ご機嫌をとるだけの心無いものではなく、 本当にあなたの書いた文章に対して、本音で書かれたコメントであることを、あなたはわかっているのでしょうか。 わかっていてほしい。 本音で書かれたコメントが、どれだけあなたのためになるか。 ありがたいか。 男女のバランスが崩れる事と 同性愛者の増減には因果関係はないからです。 それに、あなたのおっしゃっている事は、 「もし人類全員が男 or女 だけになったら滅亡する」 と言うのと同じくらい現実味のないありえない例えです。 そして今、地球上では「毎日」どれくらいの人たちが 餓死しているのかご存知でしょうか? 25,000人ですよ。 食料不足という事で言うと8人に1人 8億人以上。 土地も資源も限りがあり、環境も加速度的に破壊され、 しかし人間だけは増え続ける。 これこそ人類滅亡への道でしょう。 これに比べれば、社会保障の崩壊等はゴミのようにちっぽけな問題です。 自分や自分の子供、孫の世代の事は心配だが、その後の事は どうなってもかまわない。 これが今の政治でしょうね。 同性愛者は存在します。 それは自然なことなんです。 異常なことと多くの人がとらえているのはそういう社会にしてしまったからなんです。 そしてそういう社会の中で、同性愛者は声をあげられず、存在を否定され、自らも存在を隠してしまっているのです。 笹川さんのブログはそういう社会を作り上げることで、声を上げられない多くの同性愛者を傷つけています。 意見を表明することは確かに自由ですが、その意見が人間を傷つけるものであるならば、その自由は制限されるべきです。 それは傷つけられる人間が多数であろうと、少数であろうと同じです。 「男二人が裸でベットの中にいる」という状況を笹川さんが「当然誰もが気持ち悪いと思うはずだ。 」と考えているようですが、それは笹川さん個人の感覚ですし、それがたとえ多くの人間に共通する感覚であったとしても、同性愛者を否定することを正当化する理由にはなりません。 「男女二人が裸でベットの中にいる」という状況を見て、嫌悪感を抱く異性愛者だっているでしょう?だからと言って異性愛が否定されますか? 同性愛者をまるで人間ではないかのようにとらえている人のすぐそばにも、声をあげられない同性愛者は存在します。 自分の親友、信頼している人、家族がもし同性愛者だったとしたら、あなたはその人に何と言うのでしょうか。 どう接するのでしょうか。 私は同性愛者で都内在住の会社員、男性です。 正直、日本財団のことも笹川陽平さんのこともよく知りませんでした。 たまたま今回の記事を読み『日本財団というのは私のことを絶対受け入れないと公の場で意思表示をされる方が現在トップである団体』と認識しました。 なぜ『同性愛者を支持しないと公言しよう』と思われたのでしょうか? 突然見ず知らずの人に糾弾されたようでショックです。 2年前、自身の生き方に覚悟を決め家族に同性愛者であると話しました。 父も少し戸惑いながらも、同性愛者である前にお前は俺の息子であることに変わりはないと受け入れてくれています。 あなたの発言は同性愛者のみならず、その家族や友人までも『支持しない』とするようなものではないでしょうか。 拒絶または非難や攻撃的な思いや発言からは、それに呼応した反応が返ってくるように思いませんか。 無知からくる偏見や差別、それに起因する争いや悲しみがなくなる様にさらなる啓蒙活動や学校教育の必要性を感じました。 ちょっとまってください。 確かに、私も記事を読んでつらかったけど、なんでこんなにみんなが怒ってるんでしょうか? 確かに、そういう偏見がなくなればいいと思います。 私もどこへ行っても性同一性障害とかそういう目でみられますし。 知らない人にまでわざわざ自分の体のことを言いふらしたりしませんし。 私は自分のことが異常だとわかってるので、影でフタナリ君とかオナベちゃんとか呼ばれてもあきらめてますけど。 この笹原さんの考え方は、たぶんですけど世間の多くの人たちの抱いてる感覚ですよねきっと。 それはもうしょうがないんじゃないですか? 笹原さんは「心情的には理解できないけど、表面的には理解しているような社会をつくろう」という意味のことを言ってるんだと思います。 最初はそれでいいと思うんですが…。 本音と建前でいいじゃないですか。 表面的でもそういう社会になれば本当に気にしない人達も増えると思いますので。 なんでネットワークで苦しめるみたいな話になっちゃうんでしょうか…。 全半から続き 笹原さんは「自由」の意味を随分とはき違えられております。 自由というのは、一定のマナーを心得ている大人にのみ認められる権利であり、そのマナーとは、人の気分を害さないよう配慮ができることや、知らないもの・知識が浅い分野に関してはしっかりとその分野について最低限の知識を得てから発言することだと思います。 私は大学卒業時にセクシュアルマイノリティのアクティビズムについての卒業論文を執筆し、これが大学で賞をいただきました。 そのつながりもあり現在、半期に一度受講者数が300名を超えるセクシュアリティの授業のゲストスピーカーをやらせていただいているのですが、今回の一連の書き込ンでの笹原さんの発言を、すべて実名入りで紹介させていただきます。 ホモフォビア =同性愛嫌悪 の典型例として非常にインパクトのある資料となりました。 一連のあなたの発言に傷ついた同性愛者の気持ちを、僕は無駄にはしません。 僕もそうですが、みんな公言しないだけで、あなたが思っているよりも社会に同性愛者の人口はとても多く、水面下のネットワークもあります。 あなたのここでの発言は、あなたが当初予想していた以上に、今後あなたを苦しめることになることは確実です。 覚悟していてくださいね。 初めまして。 私も男性同性愛者当事者で、都内で会社員をしている23歳のRYOと申します。 一連の記事には正直大変な落胆をしたと同時に、あなたの発言は「言論の自由」を悪用した典型的な例だと言わざると得ません。 私たちは他の社会的マイノリティと言われる人々と違い、世界中に偏在し、しかも自分からカミングアウトしなければ周囲にはそうとわからないのです。 多くの同性愛者は、差別されるのを恐れ、自らのセクシュアリティを隠したり、自分で自分のセクシュアリティを認められず苦しんでいます。 中には、あなたのような無責任な言動を目にし、自分の将来への不安、社会で認められない不安から自殺に至るケースもあります。 一昨年前に僕の近しい友人も自殺しました。 いいですか、笹原さん。 あなたの発言は人を殺している可能性があるのです。 現に、京都大学の日高教授による調査によると、約6割以上のゲイ・バイセクシュアルの方が自殺を考えた経験を持っているのです。 もちろん男性同士がベッドインする姿が受け入れられないというのならそれは仕方ありません。 しかしなぜ「同性愛=SEX」という発想になるのですか? その発想の仕方そのものが差別であり、立派な人権侵害なのです。 後半に続く っていうか「1つのベッドに大の大人が二人、寝ている。 それも男同士。 だきついていたりもしたら、身の毛もよだつ」っていうのが「同性愛」を支持しない理由だとしたら、またしてもその「同性愛」からはレズビアンの存在が消えるという、よくあるパターンの不可視化が起きています。 あなたの論理だとレズビアンはOKになります、あなたが気持ち悪くないからという理由によって。 ほんと、異性愛中心主義的であると同時に、男性中心主義的なんですね、あなた。 っていうか「支持しない」のと「積極的に否定する」のは違うことですし、更にいえば「感覚的に理解出来ない」のと「頭で考えてその存在の尊厳を理解出来ない」のは違います。 支持しなくても構わない、感覚的に理解出来なくても構わない。 そんなことは多かれ少なかれみんなあることだから。 でも積極的に否定するにはそれなりの(感覚に依拠しない)根拠が必要になるし、頭で考えてもその存在の尊厳を理解できないのであれば発言する前にもっとよく考えることです。 頭が悪いのを自分が異性愛者であることのせいにしないでください。 あなたが言う通り、「この世のほとんどの人は」「実際は軽蔑し、生命倫理に背く行為か、気持ち悪いと思っている」にも関わらず、「口に出さない」のですから。 ボクが勉強になったブログの記事を紹介します。 読んで、もう一度考えてください。 すいませんね。 私はいわゆる半陰陽 IS なのですが。 戸籍は男ですが外見は女子です。 私にはそもそも性自認というものがないのか男という環境になじめません。 外見が女子なんだからなじめなくて当然かもしれませんが。 なので女子にも混じってみましたがやっぱり違う性別だと思ってしまいます。 同性愛が不幸な病気でキモイと感じるなら私なんかかなり気持ち悪い生き物にみえるんでしょうね。 身体も心も男でも女でもないとかかなり不気味ですよね。 でも、私の周りの人も実は心の中ではそう思ってるのかなって思うと辛くなりました。 笹川先生の感覚はごく普通の一般人の感覚にかなり近いと思うので、別に否定しません。 私の方が異常だということはちゃんと理解してますから。 私は(今のところ)異性愛者ですが、笹川さんの感覚が当たり前だとは思いません。 「考えてもみて下さい」と、まるで異性愛者なら、あなたのように考えるのがふつうで、この感覚がわからないのは「異常な同性愛者だから」といわんばかりですね。 でも私には、あなたの感覚の方が異常に思えますよ。 親密な人と、いっしょにベッドに転がったり、抱き合ったりしていいじゃないですか。 それがたまたま同性だったとして、あなたは何をこわがってるの? 異性愛者として育ってきたあなたに同性愛者の感覚が理解できないのは、まあしかたのないことかもしれません。 私も長い間そうでしたから。 でも多数派のひとりであることを理由に、自分の感覚の方が普通なんだと主張するのは間違っているし、異性愛者に対しても乱暴なものの言い方です。 最後に、差別したり、自分の感覚を「これが正常だ」とおしつけることを「自由」とはいいません。 だれもがおしつけから自由に生きる権利のために、同性愛者のひとたちと一緒に行動してください。 笹川さんから重ねてご自分の差別意識を正当化する発言があったこと、強い危惧をおぼえます。 これは「さらに相手を怒らせ、話をこじれさせるパターン」ですね。 どうかご自分の社会的責任を再考されることを望んでいます……いっそ「笹川陽平」をかたる別人の悪質な書き込みであってくれたらと祈りたくなる、残念な回答でした。 私も出版経験がある同性愛者ですが、表現者のはしくれとして、「表現の自由」があくまで「権力に対する表現の自由」であって、社会的弱者の基本的人権を侵害する表現活動を許すものではないことは理解しています。 今回の同性愛者からのコメントに対するご反論の中で、「理解できないとブログで書く事も自由」とされてますが、まず「理解できない」以上に同性愛者のイメージを歪曲し揶揄する内容だったことを指摘させていただいた上で、笹川氏のおっしゃる「『書く事』の自由」が、「表現の自由」のたちの悪いすり替えである点を申し上げます。 また、人が性的指向を選べない以上、その個々人が与えられた属性は、他者が「支持する/しない」と言える類の話ではありません。 これが人種差別やハンディキャップを持つ人への差別と何ら変わらない人権侵害であることを感得しない氏のご意見は、「この世のほとんどの人」が支持するものではありません、それは全くの誤解というものです。 立場の異なる集団への生理的嫌悪感をそのまま口にする人はわずかですし、それが人権問題にかかることであれば尚更ですよ。 笹川氏が個人的に同性愛者を支持したくないとお考えでも、それはどうか胸におさめておいて下さい。 このように公的な場でわざわざ「絶対に支持しない」などと書かれることが、少数者にとっては「道を歩いていたら突然刺されたような」不条理なのです。 そしてわざわざナイフを突きつけたのはあなたなのです。 反論の余地を探るのではなく、非を認め、事態を収拾するのが公人としての責任ではないでしょうか。 ちなみに、事態を最小限にとどめるには、たとえメールでのクレームにも、「直接会って話すこと」が最善の策と言われています。 当事者の声を聞くためにお時間を割いていただけるよう、そのための場を設けていただけるよう、お願い致します。 ここで笹川氏の同性愛者糾弾発言に反論コメントをする皆さんにお願いします。 コメントの中には、情感に優れ、訴えかけるものも多く見受けられます。 しかし、笹川氏の暴言に匹敵する「異性愛者男性の人権感覚を疑うコメント」「亡父・良一氏についてのコメント」「陽平氏の人権推進事業にも疑念を表明するコメント」……も、見られます。 最後のものに関しては、かくなる事態を引き起こしては疑われても仕方ない部分も確かにありますが、今回の問題はあくまでも性的少数者に対する氏の暴言こそが焦点であり、それ以外についての糾弾は無意味です。 特に「異性愛者の男性は皆、笹川氏のような人権感覚である」と決め付けるような発言(『ヘテロオヤジは所詮この程度』etc. )は、この上なく不当であるばかりでなく、笹川氏の「同性愛者を非難する声明」と同質の悪意です。 心痛は察しますが、どうか控えて下さい。 私は同性愛者で、今回の日記には私も非常に傷ついています……耐え難い思いですし、子どもたちが心配です……が、私は性的多数派である異性愛者の中にも老若男女を問わず、優れた人権感覚を持つ方が多いことを信じています。 その人たちは、これからこのブログに対するコメントや他のさまざまな機会/方法で、私たちの考えを支持する意思を表明してくれるはずです……私は、性的少数者/異性愛者、有識者、さまざまなマイノリティたちからの心あるコメントを待っています。 良識のある人は応えてくれます。 それまで、私たちは品位ある行いをしましょう。 どうか、お願いします。 先に同性愛者の全人格を否定/嘲弄し、性同一性障害の方の人生を哀れんだのは笹川氏で、その行いは笑って済まされる範疇を逸脱していますが、それに対して同じように応酬しても混乱を引き起こすだけです。 どうか、異性愛者までも貶めるような表現は避けて下さい。 無念の表明にも節度が、クレームにも洗練が必要です。 どうか、お願いします。 この事態を招いたのは笹川氏ですが、性的多数派も性的少数派も、氏と同じような言葉で問題を語る必要はありません。 私たちが人として最低限の礼節や、他者を思って痛む心を忘れた瞬間こそが、「人が偏見に負ける時」です。 私たちは差別されても人としての誇りを失ってはなりません。 毅然といましょう。 笹川 陽平さん、「身の毛もよだつ」とはあなたのことですよ。 あからさまな差別発言、そして、忠告されたにもかかわらず、さらに差別発言を繰り返す有様は、日本財団の会長を辞任された方がよろしいと思います。 まさに、こちらが身の毛もよだつ思いです。 今、あなたはロンドンにいらっしゃるとのこと。 同性同士のパートナーシップに法的保障が与えられているこの国で同じことを言ってごらんなさい。 あなたの信用は地に落ち、活動はできなくなるでしょう。 丁度良い機会ですからお勉強されてくることをお勧めします。 すみやかに謝罪をしない場合は大変なことになると思いますよ。 法務省は護るべき人権の課題に「性的指向」に基づく同性愛者を入れていますし、自治体の人権保護もそれに倣った文言があるのですから。 公の立場にある人間として、このような発言は許されないものです。 笹川 陽平さん、あなたの文章を見ていると、初歩的な勘違いをされている点がかなり多くみられます。 感覚だけで書いてしまったんでしょうね。 世間の差別意識をそのまま内包していて、それを何のフィルターもかけずに吐露してしまった。 丁度、ハンセン病患者の方々への差別が厳しかった時代と同じように。 笹川 陽平さん、無知を謝罪して当事者と手を取り合う活動をしてはどうでしょうか? かつて差別にさらさせたハンセン病についてお考えになれる能力のあるあなたですから、きっとできるはずです。 同性愛を理解できないのは、当然のことと思います。 理解できたら、それは同性愛者ですからね。 同性愛者もまた、異性同士がベッドに横たわって抱き合っているのを目の当たりにすることは耐え難いでしょうから、 あなたの気持ちは同性愛者にもわかると思いますよ。 当たり前のことなのですが、異なる性的指向を持つ場合、性的な行為を連想することは、相互に嫌悪感しか生み出しません。 しかしWHOも10年以上前に宣言している通り、同性愛は病気などではなく、自身が異性愛に変えることのできないものです。 であれば、本人はどんなに気持ち悪いと言われようが、受け入れていくしかありません。 だから、生きていくために理解の仕方を変えています。 自分に愛する人がいるのと同じように、異なる性的指向を持つ人にも、愛する人がいる。 異なる性的指向の在り方を否定しないためには、そういった理解の仕方しかないのです。 性的な行為を連想するのはナンセンスです。 同性愛に嫌悪を持つ多くの人は、同性愛と聞くとすぐ性的行為を思い描いたり、生命倫理を持ち出す人が多いのですが、ある意味それもちょっと恥ずかしいことのような気がします。 笹川さんの場合は、アメリカで見た光景がトラウマになってらっしゃるんでしょうか。 異性愛も、同性愛も、「思考」「嗜好」ではないので、支持する必要もなければ、反対してもどうしようもありません。 笹川さんが異性愛者以外のものではないのと同じように、自由に決めるものでも、変えられるものでもないんですから。 そして感想を述べることは自由と思いますが、今まさに自分の存在価値、自己の尊厳を必死で保っている同性愛者もいるということに、どうか配慮していただきたいと思います。 インターネットという場は、公共性が強いものですから、そこで発言する場合には、みんな細心の注意が必要ですね。 ・・・っていうコメント自体がご迷惑かもしれないですが・・・。 書き逃げをしない点は評価させて頂きます。 この感覚は判っていただけますでしょうか? 生理的に受け付けない、気持ち悪いと言いながらハンセン病に苦しむ方々を 長年理不尽に虐げてきた人々と同じ事をあなたはする、という事ですね。 よくわかりました。 1つのベッドに大の大人が二人、寝ている。 赤の他人のベッドシーンを勝手に想像している人間こそ薄気味悪いですね。 子供の出来ない異性愛者や障害者も気持ち悪いという事ですね。 そもそも快楽の為に性行為 避妊 をしている時点で 自然の摂理には適っていない、と言えるでしょう。 もちろん笹川氏も神を冒涜した 笑 その一人です。 それから、「他の人もこう思っているに違いない」 というのは責任逃れであり、卑怯です。 陰湿極まりない。 「支持」ですね。 日本語は正しく使いましょう。 みなさまのご意見を拝聴しました。 こんなに沢山のコメントが寄せられるとは思ってもみませんでした。 コメントが沢山寄せられた為、回答のコメントをします。 性同一性障害について 性同一性障害の方が、不幸と思われていない事、また、私が不幸であると書いた事に憤慨されている事は判りました。 気分を害された方には謝ります。 同性愛について 残念ながら、私は異性愛者です。 この為、同性愛という物がどうしても理解できません。 理解できないと言うか、受け入れられません。 考えてもみて下さい。 1つのベッドに大の大人が二人、寝ている。 それも男同士。 だきついていたりもしたら、身の毛もよだつ事です。 この感覚は判っていただけますでしょうか?それがへんでないとおっしゃるのなら、そう思っていればいいのです。 しかし、この世のほとんどの人は口に出さないだけで、実際は軽蔑し、生命倫理に背く行為か、気持ち悪いと思っているでしょう。 同性愛が自由だとおっしゃるのは自由です。 でも、それと同様に私が同性愛が理解出来ないとブログで書く事も自由です。 その点は反論させていただきます。 私は絶対に同性愛は指示しません。 同性愛も、性同一性障害も、笹川さまの肌の色がそうであるように、お顔立ちがそうであるように、生まれ持ったものです。 本人が自分の意思で選択できるものではありません。 興味本位とか、そういう問題では全くありません。 人間は誰もが、自分にとって一番自然な自己認識のままで、社会に受け入れられたいという社会的欲求があります。 私自身は当事者ではありませんが、大切に思う人たちの中に同性愛者や性同一性障害者がいます。 彼らの真摯な生き方をみていて、自分がマジョリティに属し、マイノリティの彼らの生きづらさを考えたことが無かったことをとても恥ずかしく思いました。 「障害」はマイノリティを「異常者」として社会が差別するから「障害」になってしまうのです。 社会的地位のある方のこのような無知で差別的な発言を、とてもとても悲しく思います。 日本の財団の会長だというあなたが、このような発言をしているのにものすごくびっくりしました。 とても残念です。 世の中には、異性愛の人もいれば同性愛の人もいれば、両性愛の人もいるし、パンセクシャル、Aセクシャル、などなど、さまざまな人がいます。 どれが「正しい」とかどれが「普通」とかはありません。 同性愛も一つの個性、 異性愛も一つの個性、、、 あなた自身は異性愛だからって自分が「普通」でその他が「普通ではない」「異常」「間違ってる」などとおもっていませんか? もう少し、勉強してから発言をしてください。 また、性同一性障害は「不幸な病気」ではありません。 私も当事者です。 「障害」という名前が付いているけど、障害でも病気でもありません。 性同一性障害はとても苦しいものは事実ですけれど。 苦しいものの一つは社会が当事者を「異常者」あつかいして排除しょうとするから、また差別するからです。 「障害」があるのは社会の方です。 あなたの友達には同性愛の方や性同一性障害の方がいないみたいですね、どのようなものなのかを知らないのはしかたないけれど、発言をしたいならせめて勉強してください。 あなたは何も知らないまま発言しているので、間違ったことばかり発言されています。 財団会長がブログで堂々と差別発言をして恥ずかしくありませんか? 発言したいならせめて勉強してください。 色々な偏見や差別を持っている人は、多いですし、みんながみんな、全てのことについて学習できないのも仕方ないけれども、 公の場でわざわざ書くような内容ではありません。 「うっかり言ってしまった」というのとは、大きく違います。 このような団体の長であるという立場を考えたら、なおさらです。 あなたの周りにも沢山いるんですよ。 差別されて傷つくのがイヤで言えないのです。 偏見や差別を、「人々の意識から全くなくす」ということは、 そのような偏見や差別は許されることではない、ということから始まると思います。 きちんと名乗って書込みをしたいのですが、このような差別感を面と向かってぶつけられたら苦しいので、名乗れません。 あちこちを訪問する前に、その国について色々勉強なさると思いますが、 今回の発言をきっかけに、人権問題・性的多様性について配慮が足りなかったことを認め、おおいに学んでいただきたいと思います。 嘘はいけませんね。 同性愛とは自らが「選択する」ものではありません。 しかも「その道」とは。 セクシャリティーは任侠道ではありません。 捏造は止めて下さい。 繰り返しますが「同性愛」とは自らが選ぶものではない。 比率がどうであろうと、増えたり減ったりしないのです。 選択可能であれば同性愛者の自殺率が異性愛者より多い などどいう事はあり得ないのです 日本でも同じです。 この無知で無神経な文章を見ると そう思わざるを得ません。 もし違うとおっしゃるのであれば、 書き逃げではなく、コメントに対する回答をして下さい。 あなたが低脳な「エセ人権家」であるのならば、その必要はありません。 人間引き際も肝心です。 貴方はどうしても理解できないと言われておりましたが、貴方に理解していただきたくもありませんし、貴方は理解しようとはしない方なのです。 貴方のお父様のお言葉はなんだったんでしょうか?あの言葉は御自身の為の何かだったんでしょうか?ただただ売名行為をするための言葉だったんでしょうか。 ただギャンブルを正当化するための言葉だったんでしょうか?これで貴方のおやりになっていらっしゃる事が単に御自身の満足の為だけにやっておられる、と言われてもしかたないことかと思います。 これからは自分の満足の為、売名行為の為にやっていると全ての人たちに言うべきです。 それとも貴方もそうで、御自身が嫌いなんでしょうか?もし病気だとお思いでしたら何か始められたら良いではないでしょうか。 だから差別するつもりはありませんが、早く治療すべきだと思います。 何十年も前の話なのでしょうか? 何の根拠もなしにどこで治療すべきなのか分かってるのでしょうか? 実はこれは違法なんです。 結局は病気ではなくその人それぞれの志向で治るはずがありません。 富士山2000さんの方こそもっと現代の社会の動きについて勉強して下さい。 日本はまだまだ隠れて結婚してる同性愛者も沢山います。 彼らはその件について悩んで僕に相談してきたほどです。 自殺未遂をした患者さんもいます。 これは深刻な問題。 近い将来、日本の同性愛者たちが暮らしやすく、当たり前に社会に出てくれる事を祈ります。 これは、私が肯定的で友好的な友人に数多くあった結果であり、あなたの経験とは異なることを追記しておく必要があるでしょう。 それは世代・時代の変遷なのか、関わるコミュニティや方法、先入観の違いなのかもしれません。 私はあなたを責められないし、でも、ただ自分の考えとは違うし、これからの時代とは違うと考える者が居るのだということを述べさせていただきます。 ぜひ、この機会にセクシュアル・マイノリティに対する知識・理解を深めていただき、肯定的な姿勢をお持ちになることをお願いします。 かくいう私も、年間を通して人権を学ぶ授業からセクシュアル・マイノリティに興味を持った、つまりは、人権という視点から活動するという点で、あなたに近い立場を感じるものですから。 最後に。 ここに書き連ねたことは、あくまで非当事者である私の発言であり、当事者に向けては言えない事が多い、しかし、少しでもお分かりいただくために配慮の欠けた書き方になった部分があることを追記します。 このような長い文章を最後までお読みいただいたことに感謝します。 私は教育学部2年の大学生です。 将来は教員など、教育に携わろうと考えています。 非当事者の立場から、セクシュアル・マイノリティを考え、発言し、行動していくことはどういうことなのかという観点から、少しずつ活動しています。 友人には〈わかりやすくするために、あえてこの言葉を使いますが〉同性愛者も、両性愛者も、性同一性障害者〈以下、3つの総称をLGBTとします〉も居ます。 更に申し上げますと、それらの双方をアイデンティティであるとする友人も居ます。 性同一性障害はOKで同性愛は何となく受け入れ難い。 この考え方は、彼らと関わる中で、私の中では完全に払拭されました。 なぜならば、たとえば女性から男性になった人にとっては、どちらの性を愛そうと、見方によれば、同性愛者にも異性愛者にもなるのですから。 また、LGBTを知らない友人に話しても、タレントなどの影響からか、そこまで偏見はないという印象を受けます。 すべてではないにしろ、LGBTに理解を示そうとする人が多いですし、実際それが時代の流れとでも言うべきものだと思うのです。 また、どちらの性にも所属しない人や、どちらの性別の人にも惹かれる〈私は"惹かれる基準に性が無い"と言いますが〉人も居ることを追記させて頂きます。 私がセクシュアル・マイノリティの活動に関わって約3年が経ちます。 自分が同性愛者であっても、性同一性障害であっても、前よりは受け入れられるだろうと考えるようになりました。 しかし、自分が異性愛者であることは否めません。 それは、私が異性愛者だからです。 当事者の方と話せば話すほど、私の中にある何かとは違うことがわかり、今では強く「私は異性愛者である」とコミュニティ内外で発言し、自分の立場を明らかにした上で、なるべく当事者やセクシュアル・マイノリティを知らない人たちのことを考えた上で発言していこうと考えています。 続きです。 私は家族にも友人にも誰にも悟られずに独り鬱々とした日々を過ごした来ました。 大学に入学し一人暮らしを始めたら密かに医者にかかろうと決めていました。 自分が知らない同性愛を治す何かしらの手立てがあるかもしれないと少しの可能性を期待していたからです。 しかし、ある日にネットで同性愛の治療をいうものは無いというのを知りました。 医者にかかっても自分の性指向を受け入れられるようにカウンセリングを受けるのみだそうです。 これを知り私はもう心が折れました。 自分の脳みそに抵抗することが無駄なことだと思い知らされました。 そういう形で生まれてきてしまった、生まれた以上は死ぬまでは生きるしかないのです。 同性愛への抵抗感はいまだあります。 しかし、そういう形しか持っていない私に選択権はありません。 同性愛に付き合っていくしかないのです。 笹川さんは同性婚に反対の立場のようですが、私は同性婚に対してはどちらでも良いと思います。 同性婚をしても寒い話があるものだと冷笑されるだけです。 わざわざ表立って冷笑の的や暇つぶしのネタになるだけです。 私は同性婚が許されていてもするつもりはありません。 笹川さんや最初にコメントされた方は私が今後どのような人生を送れば良いと思いますか? 女性に嘘をついて女性と付き合い結婚して子供を産めば良いですか? 男性と付き合い大声で同性愛の権利を主張したら良いですか? あなた達の御目に触れないよう陰でこそこそ生きていけば良いですか? 人生の楽しみを享受せずひたすら我慢して独り生きていけば良いですか? すぐにでも死んだら良いですか? 私は私の与えられた人生を生きて行きます。 初めまして。 ブログ記事を拝見させて頂きました。 私は同性愛者の男子大学生です。 とは言っても、私は自らを同性愛者だと記述することにとても抵抗を感じています。 私はまだ自分の性指向を受け入れきることが出来ていません。 私が自らを同性愛者だと自覚したのは思春期に入ってすぐの12歳の頃のことだったと思います。 自覚した瞬間に「俺は結婚したり子供を作ったり家庭を作ったりすることは出来ないんだな」と思ったことを覚えています。 そして深い絶望感を感じました。 それまでは特別悩みの無い天真爛漫な子供だったと思います。 しかしその瞬間で私の世界は一変しました。 私は普通の人生を送るつもりでしたし普通の人生を送れないということが堪らなく嫌でした。 なんとか自分を矯正できないものか、普通の人のようにできないものかとそればかり考えては一向に変わらない自分の性指向に絶望を覚える日々でした。 自分の意志をどれだけ女性に向けても自分の男性への性指向は変わることはありませんでした。 苦しくて苦しくて死にたいといつも思っていました。 これなら生まれて来たくなかったと思いました。 今なら年齢も重ねて経験もあり精神的にも多少強くなったのでそのようなことは思いませんが、10代前半の子供が誰にも相談出来ずに独りで抱え込むには少しばかり重い内容だったと自分で贔屓目に見てもそう思います。 どこかで同性愛者になるのは母胎内でのホルモンシャワーが原因だという説を知り、こんな脳みそを持った体に産んだ母親に恨みを感じたこともありました。 この説が正解なのかは知りませんが、少なくとも私は性指向に対して自分の意思の決定権は全くありませんでした。 自分の意思で決められるものならどんなに楽かと思います。 長くなったので一旦切ります。 このブログを見て驚きました。 バス停で待っているとキャデラックが停まり「どこに行くんだ? 送ってやるよ」としばしば誘われた。 これが同性愛者への批判の根拠なのですね。 では、アメリカの異性愛者の男性は、バス停の女性に声をかけないのでしょうか。 つまり、同性愛者であれ、異性愛者であれ バス停の気になる人に声をかけるのは悲しい男の習性。 それを同性愛者だけの特徴と決め付け、 その偏見を持って同性愛者攻撃の根拠とする。 近頃は公共の場で抱き合ったりキスをする姿も珍しくはない。 これも同じ。 同性愛者であれ異性愛者であれ、 同じことですね。 異性愛者は仕方がないとし、同性愛者がすれば 攻撃の根拠。 何をとっても、あなたの目からは 同性愛者は攻撃すべき対象であることが まるわかりですよ。 最初から結論ありきの意見に 誰も耳をかたむけません。 身近に公言(カミングアウト)していない性的少数者(セクシュアルマイノリティ)であるため匿名希望です。 常日頃から、笹川財団の名前を耳にし、また煙草1箱1000円の主張に関して深く同意し活動を応援しておりました。 しかし、本記事の同性愛者恐怖・性別越境者恐怖に基づく暴言を読み、呆れ、怒りました。 かりにも「人権活動家」を名乗る人間としてあってはならないレベルの無知と、言葉による暴力です。 記事を拝見する限り、「同性愛者」と「性行為」を短絡的に結び付けているようですね。 笹川会長の立場からすると安心する事実を述べますが、日本社会において最も性的な・性行為に関連する行いをするのは異性愛者の男性です。 統計的な根拠は、性犯罪の立件数を調べてください。 世界では、今でも同性愛者であることが死刑判決の根拠になる国々があります。 人を好きになること・愛することが殺される理由になるとお考えでしょうか。 この記事に対する心のこもったメッセージを読みながら、「同性愛者」や「性同一性障碍者」という存在とどのように生きていくのか、「人権活動家」という肩書きでは無く、あなた自身の生き方が問われていると認識してください。 日記を拝見し、深く失望しました。 人権問題に配慮が足りなかったことを認め、性的多様性についても保障されるべき人権について、学んでいただくことを希望します。 同性愛者は地域性/時代性/文化的背景に関係なく(一定数)存在し、これは日本でも昔から現在まで同じです。 そしてまさにこのブログに見受けられるような偏見や中傷によって、多くの同性愛者が傷ついているのです。 日本人なら誰でもお名前を知っている高名な方のブログに書かれるものとしては、あまりにも社会的責任を意識しない内容であることに驚き、同性愛者の一人として信じがたい思いでいます。 お忙しいとは思いますが、日本財団の会長としてお時間を作っていただき、お目にかかって改めてお考えを伺いたいところです。 これは日本財団に申し入れれば実現するでしょうか? ぜひ僕を含め、あなたが公開した文章で傷ついた者たちの声を聞いていただきたいです。 僕は、異性愛者が(一定数)異性愛者として生まれるように、同性愛者として生まれました。 そこには選択の余地はありませんでした。 そして、同性愛者に攻撃的な社会だったため、「こう生まれなければ良かった」と思春期の頃には随分、悩んだものです。 その苦悩が自分の性的指向のせいでなく、性的指向を含む性の多様性に向けられた偏見のせいだと思えるようになったのはずっと後でしたし、今もこのように公然と同性愛者を否定する言辞に出くわすと、幼い頃の苦悩を思い出し、怒りが湧きます。 あなたがその知名度から閲覧者も多い日記で生み出しているのは、そういう痛みでもあることを、この機会に考えていただきたいのです。 こうして公共性の高いインターネットで不特定多数の同性愛者とその家族を傷つけられること、特に日々偏見にさらされ自分を支える言葉も持たない子どもたちが、大切な成長期を公人の失言に呪縛されつつ生きる(もしくは、生きるのをやめる)のは見過ごせません。 週明けに日本財団にコンタクトしますので、遠からずお時間をいただけますよう、願っております。 よろしくお願い致します。 このコメント欄では匿名で失礼しますが、面会の申し入れではきちんと名乗ります。 これはインターネット上での配慮ですので、ご理解下さい。 同性愛もハンセン病も取るに足らないものとして扱えればいいのですが、そうはいかないのが世界の難しいところ。 なので、世界を回ってハンセン病のために活動されているのですよね? オシゴトということもありつつ。 トピックの重みは同様です。 正直、無知によるいろいろな刃を人に突き刺しております。 同性愛に関する書物をいろいろとお読みになってから、「理解できない」とおっしゃってください。 私から見れば「知らず嫌い」で、タチが悪いのはその相手は食べ物ではなく、気持ちが傷つくような同じ人という点です。 この機会にご理解ください。 はじめまして。 初めてブログを拝見いたしました。 ぼくは「性同一性障害」の当事者です。 身体は女、心は男です。 幼い頃から自分に違和感があって 誰にも悩みを打ち明けることができなくなり 数年前に精神疾患にかかりました。 未だに社会復帰できません。 でも不幸だなんて全く思っていません。 ぼくは幸せです。 ここまでくるのにかなりの時間がかかりましたが 確かにいろいろな場面で困ったりすることはありますが 不幸を背負っていると言われると、何だか切ないです。 普通に幸せに生きちゃいけないの?って思ってしまいます。 当事者でない、 あるいは当事者であることを公言している方が 身近にいらっしゃらない場合、 性同一性障害や同性愛などに関する知識をあまり持っていないということは責められないことだとぼくは思います。 誰にだって、よくわからない分野はありますから。 ですので、この度多数寄せられている 体温もあり、鼓動もあり、呼吸もしている当事者の言葉を しっかりと受け止めていただきたいです。 ただの文字としてではなく、心からの言葉として。 ぼくも含めて、みなさん必ずどこかで生きています。 勝手な希望ですが、もう少し、笹川様の世界、視野を広げてみて頂きたいなと思いました。 長々と拙い文章失礼致しました。 はじめまして。 本日はじめてブログを拝見いたしました。 ぼくは、ごくごく普通の一般人ですが、コツコツと3年以上、ブログを続けている 「性同一性障害」の当事者です。 笹川様のようには、地位も名誉もない凡人ではありますが その僕のブログにでさえ 性同一性障害の方、同性愛の方をはじめ 当事者でない方々も含め 色々な方が訪れており その考え、生き方なども、当然千差万別、十人十色です。 自分自身 この3年間、どんな人に対しても、どんな訪問者に対しても 偏見のない人間になろうと、そして書く文章もそうでありたいと 努力してきましたが それでも「ゼロ」にはできないことを、 時には訪れる人のコメントによって気づかされたりしながら 今日にいたります。 誰に対しても完全にフェアでいることの難しさは 常々実感しています。 そして、自分で体験していないことを 「理解する」ということは 容易でないことも とても良くわかります。 また、同じブログを運営する立場として ブログを続けることの苦労も、多少なりとも理解しているつもりではいます。 だからこそ、もしも今回の発言で 訂正できるところは訂正し また、今後ともさまざまな活動を そしてブログを続けていって欲しいと願っています。 本日のブログには 「性同一性障害という不幸な病気を背負った人のいることは承知しているが」 とありましたが 僕自身、「性同一性障害」が不便だと思ったことはありますが 「不幸だと」思ったことは、一度もありません。 ただただ この世に生を受けれたこと そして 今の自分として産み、育ててくれた親に感謝し そして 日々僕のそばにいてくれる パートナーや友人に感謝しています。 どうか 世界には色々な方がいて 「人はみんな違うからこそ美しい」と そう少しでも思っていただければ幸いです。 長文失礼いたしました。 笹川さん よくわかります。 自分とは違う習慣や考え、行動パターンを持っている人は時に気持ち悪く感じたり排除したくなったりしますよね。 ボクも異性愛者の「道」に入れという周囲からのプレッシャーに日々おびえています。 また、自分自身も老後の心配(金銭的、心理的、など結婚が非合法であることを理由とするつらさが待っているのではないかという不安)から、その「道」に入った方がいいのではないか、と考えると夜も眠れない時があります。 そんなときお金持ちの異性愛女性がキャデラックでやって来て「どこに行くんだ?送ってやるよ」と言ってくれたり、様々な保証人・住宅の確保の面で面倒を見てくれると言ってくれたら、すんなりと「その道」に入れたらいいなぁと思ってしまいます。 しかしボクは、「自分の身体が男性型なのだから、男性として扱ってほしい」あるいは「自分の身体が女性型なのだから女性として扱ってほしい」と思うような不幸な病気を背負った人のことは理解出来ても、異性愛はどうしても理解出来ません。 異性愛者が同性愛者と同レベル以上の人格で、雇用も異性愛者に有利な日本という異性愛者の超大国日本は、本当に怖くてなりません。 おぞましいです。 気持ち悪いです。 異性愛者を排除出来たらいいのに、と思ってしまいます。 というのは全部嘘です。 つまらない嘘をついてごめんなさい。 だから笹川さんも全部嘘だと言って謝ってください。 笹川陽平様 私は、セクシュアルマイノリティが日本社会で堂々と生きて行けることを願って活動している当事者のひとりです。 日頃、ハンセン病患者や回復者の人権擁護に奔走されている貴殿を応援しておりましたが、今回のブログでの同性愛者に対する心ないご発言には心底がっかりしております。 貴殿は、同性愛者への違和感の原因として、同性からの性的誘いを上げています。 たしかに好きではない人から性的誘いを受けたら、相手が同性であれ異性であれ迷惑だし、恐い思いをすることだってあるでしょう。 だからついそう言いたくなるお気持ちはわかりますし、セクハラを受けた女性の気持ちを理解するのに、そのご経験は役立つと思います。 でも「異性愛だけが正しい」とされるこの世で大手を振って歩いている方が、マイナスの遭遇経験だけをとりあげて同性愛者をひと括りに嫌悪するというのはあまりに短絡的ではないでしょうか。 実際ひとくちに同性愛者といっても皆違いますし、みな「ごく一般的な日本の家庭」に生まれてくるのをご存知ですか? 人口の3%と低めに見積もっても、十世帯に1軒は家族に異性愛者以外の人がいる勘定です。 どんな家も身近な親族に一人ぐらいは同性愛者がいると思ってください。 近年の国内調査では、多くは中学生頃までにいつの間にか同性が好きになり、自分は他の子と違う と自覚します。 学校ではいじめに合うまいとして隠し、家では親に言うと反対されたり嘆き悲しんだりするので、安心して自分を出せる場所がなく、とても辛い思いをします。 実際、家族から勘当されたり、ホテルで宿泊拒否にあう事例は、まさにハンセン病患者に対する誤った認識や誤解に基づく偏見や差別と同質のものです。 守ってくれる人が誰もいないため、抑うつも自殺未遂率も高いのが現状です。 また同性が好きであると同時に、性同一性障害などの性別違和がある者もいますので、「性同一性障害は理解できるけど同性愛はわからない」といって一概に切り分けられるものでもありません。 徒に偏見を煽るのは誰にだってできますが、そこは高い知名度・評価・知識を有する貴殿のこと、せっかくの機会ですので当事者たちの声にぜひ耳を傾けていただくようお願いします。 わたしは性同一性障害の当事者でも同性愛者でもありませんが、 こちらのブログを拝見してびっくりしました。 おそらく当事者であれば、この偏見と差別意識に満ちたブログに とても傷ついただろうと思います。 そして大人と違って回りにあまり 相談する仲間もいない当事者の少年・少女が読めば、自分の これからの人生すべて、自分の存在自体を否定された気持ちに なるかもしれません。 これが単に名も知れぬ一市民のブログであれば「ずいぶん差別的な 人だなあ」で終わりますが、笹川様ほどの方が書かれたということに 正直ショックを受けています。 人権に対する意識の高い方、世界を回りいろいろな価値観を見て 来られた方、常に虐げられたものの側にたとうとされている方、 そして世界に影響力のある方、そんな方のブログでこのような表現が されていたことは心に深く刻まれました。 決して忘れられません。 今、ロンドンにいらっしゃるようですね。 私はロンドン在住の日本人の「同性愛者」です。 「納豆は嫌い」「にんじんを食べられない人は理解できない」そんな感覚と同じ価値観で書かれているような気がしてとても残念です。 悪気が無いことは理解していますし、そのように思う人がいても十人十色、仕方が無いと思っています。 しかし、発言してよい立場の方ですか? 麻生首相の暴言より、何倍も何十倍も大きな問題発言だと思います。 別の方も書いていますが、あなたの周りにも必ず同性愛者は存在します。 公表しないだけで。 と言うより、もう公表は出来ないでしょうね。 同性愛者も「人間として生きている」のです。 愛する人が女性か男性かの違いなだけです。 社会生活を営み、社会貢献していく姿に、そして両親を敬い家族を大事にし、愛する人を愛おしむ姿は全くもって差は無いのです。 いくら書いても理解できない方には無理だと思いますが、そこには「差別」があることを忘れないでください。 強い理念を持ち活動されているあなたが、このような「差別的」発言をされてしまったことに、残念でなりません。 日本の友達にこういうブログがあると言う事を教えてくれたのであなたの日記にリンクしてたどり着きました。 私自身はストレート 1993年結婚、2人子供がいます でゲイではありません。 でも周りに沢山のゲイとレズビアンの友達がいます。 彼らはとてもすばらしい方々です。 あなたの日記は彼らに、サポーターたちにとってとても失礼にあたります。 私は誤解したくなかったので我慢出来なくなってコメントする事にしました。 アメリカのゲイたちはストレートの男性と比べて犯罪率は低く危険な方々ではありません。 世界中どこでもそうですが。 アメリカはゲイばかりの国でもありません。 アメリカ=ゲイという考えは遠慮して頂きたいです。 中国も同様です。 ゲイも人間ですし人権がありますからどうかご理解のほどお願いします。 私は日本が好きです。 日本もゲイとレズビアンたちがこの世にいて彼らは本当に社会貢献してると言う事を教えてあげたいです。 最後に・・・ 一刻でも早く日本も同性婚が法制化する事を祈ります! がんばれ日本!! 笹川様 社会的に地位も高く、信頼を集める笹川様の発言を目にして、ガッカリです。 私は30歳 レズビアンです。 この世の中には様々な価値感をもっておられる人がおりますので、「理解できないことはわかります」が、 やはりそのようなことを、記事にとしてアップされるのは、傷つく方もでてきますので、控えていただきたいと思います。 また性同一性障害の方を「かわいそう」というのはまったくもって、人権に反します。 またレズヒビアン、ゲイについても、人として真剣に生きており、むしろ社会的な保障がない分、より真面目に生活しているのです。 そのような私たちの気持ちを理解していただきたいです。 よろしくおねがいいたします。 僕は高校生のゲイです。 記事を拝見しとても心を傷つけられましたので、コメントいたします。 性同一性障害はどうして不幸な病気なのでしょう。 確かに社会で生きていくうえで、身体の性別とこころの性別が一致しないといろいろと大変なことが起きるのかもしれない。 でもそれを「不幸」というのはいかがなものか。 それって、身体障害者のことをテレビで取り上げて、「わあ可哀想〜」って言ってるのと同じなんですけど。 明らかに 性同一性障害者の方たちのことを見下してますよね そして、どうして同性愛者は理解できないのか。 同性愛者に同性愛行為を迫られてトラウマになったとか?でも、もしそうだとしても同性愛者は、なにも怖い存在でも気味悪い存在でもないということを知ってください。 最後に、言うまでもないことですが、人を愛せることは幸せなことなのです。 その人のことを好きになって、守ってあげたい、一緒に助け合って生きていきたいと思うのは、悪いことですか? 笹川陽平様 1月21日のブログを拝見し、コメントさせていただきます。 私は、都内の人権NGOに務める者です。 笹川さんが『同性愛!! 二大超大国 アメリカと中国』でお示しになった見解は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(LGBT)の人権に知識と理解のある人間からすると、ホモフォビック(同性愛嫌悪的)と見なされるものです。 LGBTの人たちが直面する偏見や差別は、国内外で人権問題のひとつとして捉えられつつあります。 例えば、法務省は人権週間の強化事項に「性的指向を理由とした差別をなくそう」と掲げています。 昨年6月の国連の普遍的定期審査では、日本政府は、カナダ政府にLGBTに対する人権侵害に関する政策が不十分であることを指摘され、何らかの対策を講じることとの勧告に同意しています。 10月の自由権規約の政府報告審査でも、規約委員会から同様の指摘がなされています。 世界人権宣言60周年を記念した12月の国連総会には、性的指向と性自認と人権(つまり同性愛者を含む性的マイノリティと人権)に関する声明が提出され、日本政府も署名国の一員でした。 ブログなどで個人の考えを表明する表現の自由はもちろん保障されるべきですが、その自由は、特定の集団(ハンセン病患者などを含む)を差別する自由や権利を含むものではないと思います。 一定の社会的地位を有する方として、また、ハンセン病という、差別と切っても切れない問題と取り組まれる方として、もう少し、他の人権問題についても知識と理解を深められることを期待いたします。 笹川陽平様 匿名でコメントを寄せることをご容赦ください。 私は30代男性で、同性愛者です。 私が「その道に入った」のは、笹川様も書いていらっしゃる通り、海外での生活中でのことです。 ただ、それは興味本位でも、経済的理由でもなく、日本では自分の性的指向(嗜好ではなく)を明らかにすることが恐ろしく、できなかったからです。 笹川様は同性愛者ではないのですから、こうした経験を理解できないことは重々承知しております。 しかし、すでに他の方もコメントしていらっしゃいますが、同性愛を含む性的マイノリティの問題は人権の問題です。 人権問題に取り組む笹川様が、差別的ともとれる発言をするのを見て、とても残念に思いました。 この問題への理解を深め、解決にご協力いただけることを切に願っております。 同性愛者の当事者として悲しく読みました。 日本にも相当数の同性愛者がいます。 6%〜10%もいるのですが、笹川さんが同じ日本人の友人を目の前にして、当人を目の前にしてもそのことを言えるのか、いやこの記事で酷い事を言っていることに気がついてもいないのかどうか。 同性愛者というのは何か目に見えない何かではないのです。 同じように社会生活をしている社会を作っている仲間です。 日本財団の中にもたくさん当事者がいるでしょうし笹川さんの家族の中にも割合の高さからしているだろうと思います。 今回のような無知と偏見を持った人の差別的な言動を見ても、当事者は堪えて大人しくじっと聞いて悲しく思っているだけなのです。 日本でも同性愛者への差別は人権問題です。 ハンセン病の人権問題に努力している笹川さんでもこのような言動をされるのか、と悲しい思いです。 同性愛者が悪い道に引き入れるようなことが書かれていますが、当人にその資質がない限りそのようなことはないのであって恥ずかしいほどの勘違いと思います。 「公共の場で抱き合ったりキスをする姿も珍しくはない」日本では男女でこのような光景は良く見ますが同性愛者でここまで出来る例はほとんど知りません。 男女では認められるそのような光景も微笑ましく認め合うおおらかな社会になったらいいと私は思いますが、その男女でも見るむつまじい光景が問題というなら、なぜこの文面で同性愛の問題例として挙げられるのか分かりません。 中国の男女比の差が同性愛者の数を増やすという意見にはびっくりのけぞってしまいました。 知人のベットルームを覗き見る趣味もどうかなと思いますし、そのような自分が気分が悪いから、その気分を悪くする相手を差別するのをよしとする差別肯定感、差別主義思想をアピールする記事を社会的に公な立場の方が堂々と書かれることに驚くとともに興味深く拝見しました。 こういった差別を肯定する思想を社会に蔓延させたくないものだと感じます。 当事者として言われっぱなしはたまらないので嫌味な文となりましたが、これから良い友人にめぐり合われて理解が進まれ、ことの重大性に気が付かれる事を期待しています。 記事拝見しました。 私は、同性愛者であることをオープンにしている文化人類学者で、LGBTなどセクシュアルマイノリティについての理解を広める活動をしているものです。 今回の記事には多くの誤解があるものと感じました。 同性を好きになることは、異性を好きになるのと同じように、選んだり、誰かの誘いによってそうなることではありません。 同性愛者であることゆえに悩んで自殺を試みる青少年がたくさんいることを(そしておそらく多くの人が自殺してしまっていることを)ご存知でしょうか? 想像力というのは、それぞれに限界があるので、感覚を理解できないことはいたしかたないかもしれませんが、こうして影響力のある立場にいらっしゃる方が、このようなことを書くことによって、いったいどれだけの当事者が苦しむことになるか考えていただければと思います。 セクシュアルマイノリティの人権がどれだけ守られるかは、それぞれの社会の成熟度をあらわしていると私は考えています。

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傷つける様に愛し合いましょう【分冊版】(将貴和寿)

傷つける 様 に 愛し合い ま しょう

体中に刺青。 派手なナリのイイ女。 これが俺の母親、幹多枝子31歳。 俺は幹兼蔵16歳高2。 俺の母ちゃんは15の時に俺を産んだ。 父親は知らない。 母ちゃんはずっと、女手一つで俺を育ててくれた。 だから俺は、まだ学生の母ちゃんを孕ませて捨てた俺の父親と同じ事したくなくて、彼女に手が出せないでいる。 大事だから、母ちゃんと同じ目に合わせたくないんだ…。 けど、最近理性を保つのが難しい。 彼女は可愛くて、俺は青(性)春まっ盛りで…。 俺と俺の母ちゃんと俺の彼女。 そして彼女の兄貴。 俺達の周りで何かが動き出す! 大人気のTL作品を、エピソードごとに分冊化してお求めやすい価格でお届けします! 「第一話 喧嘩のワケ。 」を収録。

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