誰 も 知ら ない 映画 実話。 映画「誰も知らない 」ネタバレあらすじと結末・みんなの感想

誰も知らないは実話の事件を元にした映画!長男の現在は×××

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舞台は日本、首都圏のとある2DKのアパート。 このアパートに、五人家族が引っ越してくることから、物語は始まります。 家族の構成は、母親の福島けい子、長男の明、長女の京子、次女のゆき、次男の茂。 子どもたちは皆父親が異なり、出生届が提出されていない無戸籍状態にありました。 子どもが多いことを理由に大家に敬遠されることを恐れて、けい子は表向きでは明との二人暮らしを装い、他の子どもたちの存在をひた隠しにして生きてきました。 以前住んでいたアパートを出ることになったのは、幼く遊び盛りの茂が騒ぎすぎたためでした。 そのため、けい子は子どもたちにある約束を守らせました。 大きい声で騒がないこと、ベランダを含め外に出ないこと、そして、家で勉強することでした。 けい子は子どもたちに学習ドリルをやらせていれば小学校に行く必要がないと考えていました。 しかし、小学校高学年の年齢の明や京子は、学校に行きたいという思いを抱き続けていました。 朝から晩まで仕事で家を空けるけい子の代わりに、明と京子は協力し合って家事をこなしました。 学校に行けない不満はありながらも、二人は家族が笑顔で暮らす生活に満足していました。 陽気なけい子は子どもたちをよく笑わせ、子どもたちもそんなけい子と過ごす時間を楽しみました。 しかし、明はけい子が悩みを抱えていることも知っていました。 眠るけい子が涙を流しているところを、明は目撃していたのです。 ある夜、けい子が酔っ払って帰ってきたときのことでした。 けい子は上機嫌で子どもたちと戯れ、自分のマニキュアを京子に塗ってあげました。 以前からけい子のマニキュアに憧れていた京子は、自分の爪が綺麗な赤に塗られていく様子に胸を躍らせていました。

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衝撃!映画「誰も知らない」は実話…6つの悲しい出来事

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当時14歳だった柳楽優弥が、12歳の長男役を演じ 第57回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した事で話題となった作品。 柳楽優弥と是枝裕和監督の代表作の1つであります。 巣鴨子供置き去り事件の発端、事件前から事件後まで 母親(事件発覚当時40歳)は川崎の私立高校卒業後、服飾専門学校に進学、歌手を目指したこともあったそうで、実際にレコードも何枚か出しているそうです。 昭和43年頃からデパートの派遣店員として就労。 勤め先で男性と同棲を始める。 48年、男性との子を足立区で出産する。 54年頃、長男の父親が蒸発。 その後長男が就学年齢に達しても就学通知が来ず、母親が役所を訪ねると長男の父親が婚姻届と出生届を出していなかったことが判明する。 56年頃に長女(事件発覚当時の7歳)を出産。 59年9月に次男を出産、60年2月に仕事から帰宅時、哺乳瓶をくわえたまま死んでいたのを発見する。 処置に困り当時住んでいた家に隠す。 母親は長男に「親戚のおじさんに預けた」と説明している。 60年頃に二女(事件発覚当時の3歳)を出産、61年7月に三女を出産、62年9月頃までは大塚駅周辺に住んでいたが、その後西巣鴨に転居する。 死んでいた次男はビニール袋に入れてスーツケースに入れたまま荷物として運んだ。 母親はこれまで父親の違う子どもを5人生んだと話しているが、少なくとも3人の男性との間に、6児を出産。 養子に出した子と長男以外は、すべて自宅で自分の力だけで生んだということが判明している。 西巣鴨のマンションは表通りに面した鉄筋四階建て。 住んでいたのは2階で、1階には24時間営業のコンビニがあった。 大家には、「長男と2人暮らし。 長男は立教中学に通っている。 夫は数年前に死亡した」「私はデパートに勤めている」と話して大家を信用させマンションに入居。 大家は他に子どもがいることは知らなかったと話している。 長男には「事情があって今は学校に行けないが、いつかは行けるように手続きしてやる」と言い聞かせ、市販されている学習ブックを買い与えていた。 (事件発覚時長男は、姓は漢字で書けるものの、名前はひらがなでしか書けなかった。 62年秋頃から千葉県浦安市の冷凍食品販売業の愛人(56歳)ができ、愛人のところに入り浸るようになった。 長男の話では62年秋頃から、「仕事で大阪に出張する」と言ってマンションを出たままだというが、母親はときどき2・3万円ずつ送金してきたようで、たまに姿をみせていたこともあった。 その後、63年の正月に一度戻っているが、子どもが邪魔になってマンションに置き去りにし、千葉県内の愛人のマンションに同居していた。 長男には千葉県の住所を教えていた。 長男によると、マンションには時々男性が「元気か」と訪ねてきていたらしいが、愛人か長男の父親かはわからない。 長男は、いなくなった母親の代わりに食事を作ったり、おむつを取り替えたりしていた。 また、毎日のようにコンビニを訪れては菓子パンやおにぎり、アイスクリームなどを買っていた。 コンビニの店長は「夜中の2、3時に来たり、学校のある昼間の時間帯にもしばしば見かけたりするので、変だなあと思っていた」と話していた。 母親がいなくなって、11月頃に長男は近所の菓子店で中学1年生の2人と知り合う。 彼らは頻繁に出入りするようになった。 63年3月末、長男は滞納していた1月までの3ヶ月分の家賃(27万円)を支払ったが、2月以降は未払いでその後はガスと電気を止められていた。 4月21日昼頃、遊びに来ていた友達2人のうちの1人が前日に買っておいたカップめんがなくなっているのに気づいた。 三女(2歳 の口元にのりが付いていたため、長男が(あるいは友だちが)三女が食べたと思い体罰を加え始めた。 三女は翌22日午前8時半ごろ死亡。 「三女が死亡する致命傷は、長男でなく友人が押し入れから何回も落としたことによる」と長男の弁護士は述べている。 殴ったり、押し入れの上から何度も三女の上に飛び降りたり、押し入れに積まれた布団に乗せ、ぐらぐらして下の畳に落ちるのを見て楽しんでいた。 暴行は4~5時間に渡って行われた。 友人2人は、はじめは「長男がやめろと止めた」と供述していたが、その後「初めは、長男も殴った」と話し、長男も「3人でいじめた」と認めた。 長男は死なせた3女を含め3人の妹の面倒を一人でみていたが、言うことをきかない幼い妹たちに困り果て、そそうをしたりすると体罰を加えていた。 26日、長男は腐敗してきた三女の遺体を友人2人とともにビニール袋に包み、さらにボストンバッグに詰めて、3人で電車に乗り、夜11時頃秩父市大宮の公園わきの雑木林に捨てた。 友人のうち1人は「夜遅くなるとしかられる」と途中で電車を降りた。 2人は遺体を捨てた後、帰る電車がなかったため、その夜は駅で明かした。 7月17日、大家からの不良の溜まり場になっているとの通報を受け、巣鴨署員がマンションの一室を調べたところ、長男(推定14歳~15歳。 以下同)、長女(7歳)、次女(3歳)の三人と、白骨化した乳児(次男)の遺体が発見された。 玄関を入ってすぐのダイニングに妹2人が毛布にくるまって寝ていた。 長男は奥の6畳に布団を敷いて寝ており、パジャマ姿で出てきた。 妹たちは衰弱しきった様子で、特に3歳の二女はガリガリにやせていた。 カーテンは閉め切り、部屋には衣類が散乱。 台所には残飯の一部がかびた状態で残っていた。 部屋には一通りの家具があり、電気炊飯器でご飯が炊かれ、電熱器にはみそ汁をつくったなべがかけられた跡があった。 冷蔵庫にはニンジン、タマネギ、キャベツなどが入っていた。 洗濯機には洗いかけの衣類が入っていた。 2人の妹は「パンが欲しい」と言い、相談員が買ってきたパンと牛乳をおいしそうに食べ、その後もアイスクリーム、チョコレートなどと食べ物を欲しがった。 「どうしたの」という問いかけに、7歳の長女は「お兄ちゃんに面倒をみてもらっている」と話すばかりだった。 2人の妹は新宿区の都児童相談センターに預けられた。 長男は「夜の商売の人の子どもで預かっている。 母は大阪に仕事にでかけている」と説明した。 長男は7月21日朝、友人の父親に付き添われて福祉事務所を訪れ保護されたが、センターに空きがないため、都八王子児童相談所に収容された。 健康状態、顔色ともにごく普通であったという。 7月23日、千葉県内の愛人のマンションに同居していた母親は「テレビのニュースで事件を知り、自首しようと思った。 中学程度の子どもに幼い子みんなの面倒を見させて悪かったと思う」と話し、保護者遺棄の疑いで緊急逮捕された。 涙は見せていないという。 母親は発見された子どものほかにも三女を産んだと話した。 7月25日、長男は三女をせっかん死させたことを供述し、傷害致死と死体遺棄の疑いで逮捕。 この日まで児童相談所に収容されていたが、三女のせっかん死を供述してからは目に見えて顔つきが穏やかになった。 「やはり、隠し事があるのを気にしていたのでしょう。 秩父の現場検証から帰ってきたときは、重荷をおろしたような表情でした」と児相の所長は話している。 「本当に優しい子だと感じた。 社会の汚れに染まらず生きてきて、母親も絶対的な存在だった。 でも、友人との出会いで、小さな子どもの世話をするのが重荷に感じてきたのでは」とセンターの職員は話した。 8月10日、東京地検は、この長男を傷害致死、死体遺棄罪で東京家裁に送致。 同地検は「母親さえいれば起こりえなかった事件であり、長男には教育的措置が必要」として少年院ではなく、教護院へ送ることが相当との、異例の処遇意見を付けた。 今回は長男が戸籍もなく、全く学校教育を受けていないなど特殊な事情があり、児童福祉施設の教護院で教育を受けさせる方が良いと判断したという。 犯行に加わった少年2人は、刑事責任を問えない年齢であり巣鴨署で補導した。 10月26日、保護者遺棄、同致傷の罪に問われた母親に対する判決公判があり、裁判官は「わが子を養育するわずらわしさから逃れようとした無責任、身勝手きわまりない犯行。 三女の死の遠因となったといっても過言ではない」として、懲役3年、執行猶予4年(求刑懲役3年)の有罪判決を言い渡した。 判決理由の中で、執行猶予について「子ども出生を届けず、学校にも通わせないなど母親の自覚がなく、放置が続けば子どもの生命が失われる危険もあった。 親の責任を放棄した罪は重いが、同姓相手と結婚してやり直すと誓っていることなどを考慮、今回に限り、自力更生の機会を与えることにした」と述べた。 事件後、長女と次女は母親に引き取られた。 長男の消息は不明。 僅か12歳で子供たちの面倒を見ることになった長男…。 育児とは、思い通りにならないし、とてつもないストレスがかかる時もある。 子供を産んだら母親としての自分が強くなる女性と、子供を産んでも女であることの自分が強い女性がいます。 この事件の母親は後者でしょうね。 母親も愛に飢えていたのでしょう。 しかし愛が欲しいからと言って。 子供を捨てて自らの幸せを中心に考えるのは許せません。 じゃあ産むなよ、作るなよと言いたくなる。 インターネットがまだそんなに普及してない時代ですから、本人の情報などは探しても見つかりません。 今の時代ならとことん追い詰められるでしょうに。 懲役3年、執行猶予4年…。 そんな軽い罪で良かったのでしょうか? 誰も知らない 映画で母親を演じるのは、YOUさんです。 子供は愛しているが、それよりも自分の幸せを優先しているという感じで上手く演じれていたと思います。 実話でもお金は送ってきているし、子供は嫌いでは無かったのでしょう。 長男が出来過ぎたばかりに全てを任してしまったのかも知れませんが、身勝手ですね。 やはり映画だけあって救いがある様な感じで描かれているんですね、特に思ったのが 3女ゆきの死因… 実際では惨たらしい死を迎えていますが、映画では単なる家の中で起きた事故として描かれています。 これは賛否が分かれるところでしょうが、映画としては良かった気もしますね。

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誰も知らないは実話の事件を元にした映画!長男の現在は×××

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Contents• 『誰も知らない』は日常に戻っていく子供の姿で終わっている 『誰も知らない』は2004年に公開された映画です。 主演は、 柳楽優弥(やぎら ゆうや)さんです。 柳楽優弥さんは、2004年の第57回カンヌ国際映画祭で最優秀主演男優賞を受賞しました。 柳楽優弥さんは当時14歳でした。 カンヌ国際映画祭では史上最年少の受賞です。 物語は、母親と息子がスーツケースを抱えてアパートに引っ越してくるところから始まります。 母親は大家に、 「夫は長期出張中で、母子2人」と説明します。 しかし、スーツケースの中には、幼い男の子と女の子が入っていました。 大家への挨拶が済んだ後、女の子が1人、人目につかないようにしてアパートに入ってきました。 子供は、実は4人いたのです。 子供たちは、父親が違っていました。 長男の明は、学校に通った事はありませんでした。 転入当初は母親のけい子が同居していましたが、けい子には恋人が出来て、アパートに帰らなくなります。 明は、自分だけで弟や妹の面倒を見るようになります。 数ヶ月後には、けい子からの送金も途絶えてしまい、電気・ガス・水道も止められてしまいます。 4人の子供たちは、ある日、公園で不登校の中学生・紗希と知り合いになります。 明は、コンビニ店員から賞味期限切れの弁当を貰ったり、万引きをしたり、公園で水を汲んできたりして、なんとか弟や妹を養います。 コンビニ店員は、明に児童相談所に相談するように勧めますが、明は「前にそうしたらややこしくなって4人一緒に暮らせなくなる」と答えます。 ある日、明は言う事を聞かない妹や弟に苛立ち、衝動的にアパートを飛び出します。 野球に誘われ、子供らしく楽しみますが、アパートに帰ってみると、次女のゆきが倒れていました。 明は薬を万引きしますが、ゆきは翌日息絶えます。 明は、紗希に借金を申し込み、ゆきの好きだったアポロチョコをたくさん買い、亡骸を詰めたスーツケースを紗希と2人で羽田空港近くの河川敷に埋めます。 後日、コンビニ店員から売れ残りの惣菜を貰う兄弟と、彼らに寄り添う紗希の姿がありました。 子供たちは、いつもと変わりなく見えました。 スポンサーリンク 題材になった実話は巣鴨子供置き去り事件!母親は有罪判決を受けている 『誰も知らない』は、実話を元にしています。 題材になった実話は、1988年に発覚した 「巣鴨(すがも)子供置き去り事件」です。 1973年頃、1組の夫婦の間に男の子が生まれました。 1979年頃、男の子の父親が失踪します。 父親は、新しい恋人が出来、会社の金を使い込んでいました。 母親はなす術なく過ごしていましたが、長男が就学年齢に達しても就学通知が来ない事を訝ります。 役所に問い合わせた母親は、長男の出生届ばかりか、婚姻届すら提出されていなかった事を知らされます。 しかし、具体的な手段を講じる事が出来ませんでした。 その後、 母親は次々と男性と知り合い、妊娠しては自宅で出産するという事を繰り返しました。 1981年頃には第二子となる長女、1984年頃には第三子となる次男、1985年頃には第四子となる次女、1986年頃には第五子となる三女を出産します。 第三子は、生後間もなく死亡し、母親は死体をビニールでくるみ、消臭剤を詰めて押入れに隠します。 1987年秋頃、母親には新しい恋人が出来、家を出てしまいます。 幼い兄弟の面倒をみたのは、14歳の長男でした。 家の中は悪臭が漂い、子供たちは栄養失調に陥りました。 1988年4月、当時2歳の三女が死亡します。 長男の遊び仲間が、泣きやまないのに腹を立てて、暴行を加えたためでした。 三女の遺体は、秩父市内の雑木林に埋められました。 同年7月、マンションの大家が、巣鴨署に不良の溜まり場になっていると通報し、室内が巣鴨署員によって調べられます。 親の姿はなく、 推定年齢14歳、7歳、3歳の3人の子供と、白骨化した乳児の遺体が発見されます。 7歳と3歳の女の子たちは、衰弱が目立ったため、翌日、福祉事務所に預けられました。 子供たちの出生届が出されていない事が、マスコミで報じられます。 テレビのニュースで事件を知った母親が警察に出頭し、母親の証言から9ヶ月前に家を出ていた事、2歳の三女が失踪している事が判明します。 その後、長男の証言により、三女の遺体が見つかります。 8月、母親が保護責任者遺棄致死の罪で逮捕・起訴されます。 「懲役3年、執行猶予4年」の有罪判決を受けます。 長男は三女の死に関わっていたとされ、傷害致死ならびに死体遺棄で東京家庭裁判所に送致されます。 長男は、その後、状況を考慮され、養護施設に送られます。 事件後、長女と次女は母親に引き取られましたが、長男に関しては消息が不明です。 養護施設は、養護学校とは異なります。 養護施設は、テレビドラマ『明日、ママがいない』で取り上げられ、一時的に世間の関心を集めましたが、その実態は十分に知られていません。 養護施設とは、児童相談所長の判断に基づき、都道府県知事が入所措置を決定する児童福祉施設です。 保護者のいない児童や虐待されている児童、家庭環境が著しく不良な児童などが入所します。 入所対象者は、1歳以上18歳未満の子供です。 2013年の調査によると、入所児童の平均年齢は11. 2歳、平均入所期間は4. 9年です。 養護施設の子供は、2004年の調査によると9. 退所した子供の約半数は、卒業の翌年度中に転職を経験しています。 高校中退は7. 九州・沖縄8県の養護施設で2000年から5年間かけて行われた調査によると、退所後に大学や専門学校に進学した者のうち、4割が中途退学しています。 養護施設は、高校を卒業した18歳で出なくてはなりませんが、保証人の問題で、進学や就職、賃貸住宅の契約、敷金等の捻出などに影響があります。 「住民登録が出来ない」「印鑑証明書を用意する事が出来ない」「健康保険証が無いので医療機関を受診できない」「運転免許を取得できない」「電話の契約が出来ない」 こうした問題が続出し、ホームレス状態に陥ってしまう退所者が少なくないとされています。 スポンサーリンク.

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