蛍草 原作。 「蛍草 菜々の剣」の動画を無料で1話〜最終回まで見逃し配信で見る方法!あらすじや感想も!

螢草(NHK)再放送・キャスト・あらすじ・原作は?清原果耶主演ドラマ!

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BS時代劇 螢草 ほたるぐさ 菜々の剣 奉公先の主人を陥れようとする敵は、父を死に追いやった男だった! 孤立無援の危機が迫る中、一風変わった仲間たちの助けを得て、 主家の主人とその子供たちを守る一途なヒロインの戦いが始まる。 16歳の菜々が奉公に上がった風早家には、優しい奥様の佐知と身分の分け隔てなく接してくれる主の市之進、そして二人の子供たちが居た。 菜々は実は武家の出。 藩内の不正を明らかにしようとした父が無実の罪で切腹に追い込まれた後、出自を隠し母方の実家に身を寄せていた。 やがて佐知は結核で亡くなり、藩内の不正を正そうとする市之進にも魔の手が迫る。 その中心人物・轟が他でもない父の仇と知った時、佐知に後を託されていた菜々は、市之進とその子供たちを守って戦うことを決意した。 市之進の仲間たちまでもが敵に篭絡される中、菜々の味方になったのは一筋縄でいかない連中ばかり。 菜々を演じるのは、ドラマ10『透明なゆりかご』でも大きな注目を集めた清原果耶。 新たな時代劇ヒロインの登場にご期待ください。 【音楽】 Evan Call 【出演】 清原果耶、町田啓太、谷村美月、北村有起哉 ほかの皆さん 【演出】 岡田健、黛りんたろう、鹿島悠 【制作統括】 陸田元一(NHKエンタープライズ)、土屋勝裕(NHK) 新着記事• Javascriptを有効にしてください。 カテゴリーから選ぶ 開く• 月別から選ぶ 2020年 開く• 2019年 開く• 2018年 開く• 2017年 開く• 2016年 開く• 2015年 開く• 2014年 開く• 2013年 開く• 2012年 開く• 2011年 開く• 2010年 開く• 2009年 開く• 2008年 開く• 2007年 開く• 2006年 開く• 2005年 開く• 2004年 開く• 2003年 開く•

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ドラマ【蛍草~菜々の剣~】のキャストとあらすじ!清原果耶が新たな時代劇のヒロインに挑戦!

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スポンサーリンク 原作の意味とは? 原作とは、 脚色する前のもとになった作品を意味する言葉です。 原作の言葉が良く使われるのは、テレビ化や映画化が決まった小説、漫画が存在する時ですね。 その作品が原作かどうかを判断する基準は、類似点がどれほど多いかです。 登場人物がまったく同じ場合は、確実に原作を使っていると見なされます。 例えば、作品の内容が山賊をテーマにしていたところで、麦わら帽子を被った主人公が『モンキー・D・ルフィ』という名前だったら、原作は『ワンピース』となります。 仮に、漫画を実写にしたことで顔が異なる場合でも、登場人物たちの名前が似ていれば、その作品は原作を利用していると見なされるのです。 なお、原作を書いた人物は原作者と呼ばれます。 原作と原案の違い ここで気になるのが、原作と原案の違いでしょう。 原案とは、 検討を重ねることで作られた最初の案を指す言葉です。 一見すると、原作と意味が似ているように思えます。 ただし、原案の場合はあくまで案(考え方)ですので、原作をそのまま利用しているわけではありません。 仮に、原作を参考にしたとしても、ストーリー性をガラリと変えていれば、その作品はオリジナルと見なされるのです。 例えば、学校に出現したゾンビから逃げ惑うストーリーが原作に存在していても、病院に出現したエイリアンから逃げ惑うストーリーなら原案となります。 つまり、原作と原案の違いは 作品の原作者が他にいるかどうかとも言えるでしょう。 原作と原案の判断基準は、類似点がどれほど少ないかにかかっています。 ちなみに、映画業界では、原作になると使用料が発生することになっています。 原作と原案の違いによって、法的な処置も変わってくるのです。 脚本の意味とは? 脚本とは、 登場人物の行動や台詞、物語の成り行きがシンプルにまとめられたテキストを意味する言葉です。 柱書き、台詞、ト書きだけで構成されているため、シーンごとに主人公の感情を表現する小説とは書き方が異なります。 脚本はシナリオを重視して書かれたテキストであるため、スタッフが物語の流れを掴めれば良いのです。 なお、脚本を手掛けた人物は脚本家と呼ばれます。 脚本と演出の違い 演出とは、 シナリオにもとづいて舞台装置が作動したり、役者が演技を行うことで出来上がる総合的な組み立てのことです。 そのシナリオとは、脚本を意味します。 つまり、脚本と演出の違いとは、文章に書かれた状態か実際の映像として行われた内容かの違いとなります。 脚本と小説の違い 小説とは、 文章で紡がれたストーリーです。 読み手を楽しませるために、あらゆる工夫を小説の中に取り入れます。 主人公の感情や言動はもちろん、情景をうまく表現するも用いる必要があります。 つまり、脚本と小説の違いは、誰に読ませるかがもっとも異なる部分です。 脚本は、舞台や番組のスタッフに見せるシナリオであるため、シンプルに構成されています。 つまり、意図が伝わればそれで良いのです。 しかし、小説は読み手を楽しませる必要があります。 その文章がシンプルで良いわけがありません。 だからこそ、小説の文字数は脚本よりも多くなるのです。 脚本と台本の違い 台本とは、主に役者が読むために書かれたテキストです。 そのため、登場人物の台詞がメインに構成された文章となります。 脚本でも台詞があるので似た存在なのですが、脚本は映像をどのように取るかが目的となります。 脚本には、登場人物の立ち位置やセットがどのように映るかなども細かく記す必要があります。 つまり、脚本と台本の違いは、 登場人物の言動がメインに書かれているか、舞台の全体を細かく書かれているかの違いとなります。 原作と脚本の違い 原作と脚本について詳しく紹介したところで、原作と脚本の違いについて解説します。 この違いは、小説が映像化したことをイメージすると分かりやすいです。 小説の映像化が決定したら、小説に書かれた文章をどのように映像として表現するのか、一から考える必要があります。 つまり、映像の設計図となる脚本を作るわけです。 そのため、原作と脚本の大筋は同じですが、ところどころの表現方法が異なります。 文章から映像に演出が変わるため、どうしても同じようには表現しづらいのです。 原作と脚本の違いは、 すでに存在している作品か、これから新しく作るための設計図かの違いといえるでしょう。 脚本家と作者の違い 脚本と原作の違いが分かれば、脚本家と作家の違いもおのずと分かるはずです。 脚本家は、原作をどのように映像化させるかを考え、その設計図である脚本を作る人物となります。 そして、作家は原作の著者です。 年齢によっても立場は異なると思いますが、基本的には著作権を持つ作者のほうが意見を言える立場となります。 原作と脚本と監督の違いや立場は? 最後に、原作と脚本と監督の違いについて紹介します。 もっとも、この場合は原作者、脚本家、監督という立場で考えたほうが分かりやすいでしょう。 監督とは、主に映像化したときに現場の指揮を任されている人物です。 脚本も手掛ける監督はいますが、やはり映像化となると仕事量が尋常ではありません。 そこで、演出の設計図となる脚本を書いてくれる脚本家を招くことが通例となっています。 そもそも、視聴率を気にしなければなりませんので、人気の原作を映像化したほうが良いのです。 監督と聞けば誰よりも偉い人物と思いがちですが、監督から見れば脚本家も原作者も『先生』と呼ぶ相手といえるのです。

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清原果耶さん主演!『螢草 菜々の剣』制作開始!

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【螢草 菜々の剣】の最終回7話あらすじ すべてを失った菜々が一矢を報いる秘策とは?ついに訪れる轟との直接対決。 それぞれの思いが交錯する最終章! 雪江(南沢奈央)に子どもたちを託した菜々(清原果耶)は、思い出残る家を離れることを決意。 だが恩赦が轟(北村有起哉)の偽計で、市之進(町田啓太)が無実の罪を認めたのは自分のためだと知った菜々は、轟に御前試合での父の仇討ちを申し入れる。 菜々を始末する良い機会との日向屋(本田博太郎)の思惑で仇討ちが許可され、菜々は轟との対決に臨むことに。 ひと太刀だけかわしたいと仲間達に告げる菜々には、ある勝算があった。 公式HPより• 菜々は子供たちもいないため、家を出て女中として働きに行くことにする。 お舟が働き口を探してくれることになった• 市之進は罪を認めたことで、親戚筋の 能登・村岡家の預かりとなる。 柚木はこれは流刑に処されたのと同じことだと言う。 市之進はどうか菜々に害が及ぶことがないよう、見守っていて欲しいと柚木に頼む。 菜々の元へ壇浦が来て 市之進に恩赦が出なかったことを伝える。 菜々はそれを聞いて雪江の元へ向かう。 雪江も轟に騙されたと知り、市之進は菜々のためなら罪を認めるというから手紙を書いたという。 雪江は驚く菜々に 市之進は菜々の命を守りたかったのだと伝える。 そのことを知った菜々は仲間の前で、御前試合に出たいという。 しかし、御前試合は男しか出れない。 そこで、父の仇討ちをすることにすれば出れるはずと、 壇浦に仇討ちの手はずを頼む。 壇浦の道場で初めて真剣を持つ菜々は緊張していた。 壇浦に勝負を決めるのは技ではなく、強い心、心胆だと教えてもらい訓練に励む。 殿や大殿たちにも仇討ちの話が耳に入る。 その場にいた日向屋はいいタイミングなので、仇討ちを許可したらいいと勧め、轟も丁度よいとばかりに受けて立つことに決めた。 仇討ちの前日の夜、菜々の元に死んだはずの佐知がやってくる。 命を粗末にしないで欲しいという佐知に、二人の元で奉公して知った、 みずからの信じる道を歩むことが武士の誇りなのだと、と菜々が答えると佐知の姿は消えていた。 御前試合当日、白装束に真剣を携えた菜々が出番を待つ。 形見の守り刀も帯に差していた。 轟と真剣を抜いて向き合い、菜々は刀を握って振り下ろす。 しかし、轟は構えもせずに軽くかわしていく。 「遊びは終わりだ」と轟が剣を構え、菜々に振り下ろしてくるのを、菜々は必死に刀で受け止める。 しかし、力の差があるせいでつばぜり合いをしていると、 菜々の刀は手から離れて飛んでいってしまう。 容赦なく振り下ろす轟の刀を、菜々は帯に差した守り刀で受け止める。 そうして耐えた菜々は刀を避け、 不意に殿の方へと走り出す。 必死に訴える菜々を止める役人たち、だが、柚木がそれを受け取り殿へと差し出す。 隣にいた大殿が捨て置けというが、殿は「自分が鏑木藩の主だ」と言い、自分の目で見て吟味すると約束した。 その後に市之進の無実が証明され、日向屋は領外追放となり轟は切腹を命じられた。 市之進が戻って来る当日、菜々は奉公先へ向かうため荷造りをしていた。 そこへ市之進の叔父が来て、市之進は側役になって江戸に行くから二度と付きまとうなと手切れ金を渡そうとする。 だが、権蔵が菜々のしたことはこんな金じゃ足りないといって追い返す。 みんなに別れを告げて歩く菜々の元に子供たちが駆け寄ってくる。 そこには市之進がいた。 江戸へいつ行くのかと聞く菜々に、市之進はこの地に残って勘定方で勤めるつもりだという。 「正助ととよ、そして菜々お前と一緒に。 共に生きて欲しい、妻として」と菜々に告げた。 【螢草 菜々の剣】最終回7話の感想 最終回の終わり方として、非常に爽やかな終わり方でした。 仇討ちをどうやってするのか?しかも勝てるのか?と、心配していましたが、なるほどこういうことだったのかと感心しました。 もちろん、菜々や市之進、仲間の人も誰も傷付くことなく ハッピーエンドで終わります。 まとめかたがとても良かったです。 この終わり方なら、どの世代の人が見ても楽しめるのでしょう。 また、清原さんの刀を持って素振りする姿や、白装束で仇討ちに向かうシーンも格好よかったです。 清原さんのお陰でこのドラマがいっそう爽やかで凛としたドラマになったと思います。 今後の活躍も楽しみな女優さんの一人です。 市之進の腐敗した藩を信念を持って正す姿勢に、やがて周りの人たちも協力します。 また、菜々のその忠誠心と真っ直ぐな姿に市井の人々が協力します。 人間やっぱり真っ直ぐ生きているほうが、風当たりも強いでしょうが精神衛生上良いです。 ネタバレ部分で足りないところを補って書いているので、未見の方はご注意ください。 仇討ちに菜々が挑むと決意 市之進に恩赦が下り戻ってくるかと思っていた菜々ですが、壇浦から非情な知らせが届きます。 それは、 恩赦は下らず市之進は能登・村岡藩へお預けになったということでした。 恐らく二度とここへは戻れない、そんな知らせに菜々は雪江の元へ向かいます。 雪江はそのことを聞き、轟に騙されたとショックを受けます。 菜々のことを書けば市之進は罪を認める、そう轟に言われるままに書いたといいます。 菜々はここで初めて市之進は自分の命を守るために、罪を認めたということを知ります。 雪江は雪江で市之進の命を守りたかった、だからそう書いたということですが、惨めな気分だったでしょう。 菜々は市之進が自分のために罪を認めたことを知り、轟に何とか一矢報いてやろうと考えます。 町では丁度御前試合が開かれるという話題で持ちきりです。 しかし、御前試合は男しか出れません。 ではどうするのか?• 壇浦:ばかなことを…!• 権蔵:あの轟に勝てると思ってんのか!?• 椎上:無謀にも程がある!• お舟:真剣でやるなんて死んじまうじゃないか! 当然猛反対です。 権蔵は轟に一度斬られていますし、壇浦は剣の腕を知っています。 椎上やお舟だって菜々が勝てるとは思ってません。 しかし、菜々はこういいます。 「覚悟のうえです。 安坂長七郎の娘である私が、父と旦那様の無念を晴らしたいとそう申しているのです」 揺ぎ無い信念を凛とした表情でハッキリと言い切ります。 武士の娘だなと、壇浦はその姿を見て言っていました。 壇浦と真剣での訓練 いざ言ったはいいものの、菜々は真剣など持ってませんし握ったこともありません。 形見の守り刀も真剣ではありますが、脇に差す長い刀とは違います。 さっそく壇浦の道場へ行って菜々は剣を借りて握ります。 壇浦も菜々の覚悟を知っていまさら止めません。 真剣を握る菜々に構えから振り下ろすよう指示します。 しかし、菜々は緊張から手に汗をかいてしまい、滑りそうだといいます。 そんな菜々に壇浦は助言します。 「それが真剣の重みだ。 一太刀で人の命を奪う。 勝負を決めるのは技ではない。 強い心、心胆だ」 緊張感がこの場面でとてもよく伝わってきます。 鞘からゆっくり抜く刀が光り、菜々は刀を握る手が震えはしませんがぎこちないです。 重さがどんなものか、そんなところまで伝わってくる、細やかな演技をします。 その後、仇討ちの許しが出ます。 壇浦に改めて死ぬかもしれないが覚悟はあるのか?そう菜々は問いかけられます。 ビビるどころか菜々は「私は今、不思議と力が湧いております」と答える頼もしさです。 そこで壇浦が轟の太刀筋を教えるといい、2人で真剣を持って向き合います。 下段に構える壇浦が徐々に距離を詰めて来たかと思えば、素早い動きで斬りかかります。 菜々はそれを刀で受け止めますが、直ぐに壇浦は菜々の首元に刃を近づけます。 要するにこの立会いで菜々は首を斬られて死んでいるということです。 菜々は勝つことができるのか? 菜々は何のために仇討ちをするのか? 従兄の宗太郎が菜々の文を受け取り町までやってきます。 そこに書かれていたことに心配してです。 「新しい働き口も見つかったから、野菜はもういらない」なのになぜ仇討ち?と心配します。 父と母のためか?旦那様のためか?と問われ、いずれも違うと答えます。 自分のためだと菜々は言います。 「旦那様は、小さな名もない花でも精いっぱい生きていること、ちゃんと受け止めてくださるお方なの。 だから、私も旦那様と同じくまっすぐに生きるために今、やらねばならないことをやりたい」 ちょっと何を言っているのかわかりにくいです。 小さな名もない花は螢草なのか?名前があるから違うのか? 恐らく市之進のように自分も真っ直ぐ生きたいということでしょうか。 十分真っ直ぐ生きている気がする菜々ですが、改めてそんなことを言います。 宗太郎も菜々の覚悟を知ってただ、「死ぬなよ」と言うのみです。 愛する女性が仇討ちに向かうのを、見送るしかない口惜しさ、しかし、好きだからこそ止めないという愛情です。 仇討ち前日の夜の不思議なできごと 明日が御前試合の日、その晩菜々は母の言っていたことを思い返します。 『武家の娘の誇りだけは忘れないで生きるのですよ』と言っていた母の言葉を考えます。 すると、 死んだはずの佐知が菜々の元に現れます。 菜々に「命を粗末にしてはならない、母上も仇討ちを望んではいなかったのでは?」と心配に思って声をかけてくれます。 菜々は佐知の言っていることもわかっています。 ですが、菜々がこの戦いに込めた思いについて語ります。 「母は最期に言いました。 『武士の誇りを決して忘れるな』と。 でも奥様と旦那様のもとに奉公に上がって分かったのです。 市之進は正しいことをする道を見つけ、佐知は市之進と子どもたちを守るという道を見つけます。 菜々はそんな2人のように、信じる道を歩みだします。 菜々VS轟の真剣勝負の行方は? 白装束の菜々は帯に形見の守り刀を差して、自分の番が来るまで待機してます。 この時の菜々はすっかり落ち着いて勝負に集中していました。 お互いに真剣を持った轟と菜々、刀を抜いて向き合います。 「何故死に急ぐ?」と問う轟に菜々は 「私は死にません」とキッパリ答えます。 死なない理由は何なのか? 轟は構えもせずにただ、刀を下に向けて持っている状態です。 菜々が思いっきり刀を振り下ろしても、轟は余裕でかわしていきます。 何度やってもかすりもしません。 「遊びは終わりだ」と轟が剣をようやく構えます。 菜々に向かって振り下ろされる刀を菜々は必死に受け止めます。 しかし、腕力の差からか押される菜々はつばぜり合いしている内に、持っていた刀を弾き飛ばされます。 ここでタイムとかは一切なく、轟は素手の菜々に容赦なく刀を振るいます。 終わりかと思った瞬間、守り刀を抜いた菜々はそれで刃を受け止めます。 グイグイと押してくる轟、菜々は力尽きる前に刀を払って 突然殿たちがいる方向へ走り出しました。 何をするつもりなのか? 菜々の真の狙い 仇討ちの途中で殿たちのほうに走り出す菜々、何をしようというのか?当然、お付きの人に取り押さえられて殿に近づくこともできません。 持って来ていた書状を出し 「お殿様!どうかご披見ください!この不正の証しを!」と言います。 不正の証し、それは父が残したもので、轟は焼き捨てたと思っていたアレです。 轟が焼いたのは椎上が写したものでした。 菜々の暴挙に轟が動きますが、壇浦が「殿の御前じゃ」といって行かせません。 必死に訴える菜々の手から柚木が受け取り、殿に向けてそれを差し出しこう言います。 「父の無念を晴らすため己が主のため、命懸けで直訴に及んだものと見えまする!その志に免じて、何とぞご披見賜りますようお願い申し上げます!」 大殿は咎めますがここで殿は自分が主だと言い、 みずから吟味しようと約束してくれます。 ずっと父親の言いなりになっていた殿が、ここに来て心打たれたのか正しいことをしようとします。 そのお陰で菜々は死なずに済みました。 菜々は最初からそのつもりだったのです。 だから「私は死にません」と言っていたのです。 菜々の仇討ち、それは刀の剣で斬るのではなく、父の残した証で斬ったのです。 賢い女性です。 関係者のその後はどうなった? この一件があった後、どうなったのか?それぞれの人物について沙汰が申し渡されます。 大殿:政治には関わらせない• 市之進:無罪放免。 若殿のお側役になるという噂• 日向屋:身代召し上げのうえ領外追放• 轟:切腹 お側役というのはいわゆる側近です。 相談に乗ったり殿の指示を下に命じたりと、信用置ける人物が基本的になります。 身代召し上げというのは財産没収ということです。 領外追放は鏑木藩から追い出されるということになります。 切腹はそのままです。 轟は一応武士なので処刑ではなく切腹になります。 この時、介錯人として壇浦が来て轟に問います。 みずからの罪は認めたが、他は一切明かさなかったと聞く。 日向屋に命じられたと言えば沙汰も違ったのでは?と。 轟は「お主には分からぬ。 あの女中がこの私を…」と言って、介錯無用と壇浦に告げます。 日向屋と轟の関係性を思えば言ってもよさそうなのに言いません、 轟なりに日向屋を父のように思っていたのでしょう。 介錯も無用という辺りにも、決して口を割らない強い覚悟も感じます。 菜々と市之進のその後 お舟の口利きで奉公先が決まった菜々は荷物をまとめて家を出る準備をしています。 そこにやってきたのは、市之進の叔父である田所です。 嫌な予感がしますが案の定、くだらないことを言います。 お側役になるのだから江戸に市之進は行く• それまでにしっかりとした後添えももらう• 今後市之進や子供たちに近づくな• あとでせびりに来られても困るからこれで縁を切ってくれ と、金を差し出します。 もちろん菜々はいらないと断ります。 それでも押し付けてくるので、権蔵は憤り「菜々がしたことは、こんなはした金じゃ釣り合わねえよ。 けがしたくなかったら とっとと帰りな!」といって追い返します。 どこまでも感じの悪い叔父です。 しかし、 仲間はみんな温かく送り出してくれます。 お舟は菜々が質に入れた天目茶碗を渡し、金に困ったら質草にしなと言って返します。 権蔵もまた野菜売るなら声かけてくれよ、と送り出します。 遠くへ行くわけではないので、いつでも帰っておいでと言ってくれました。 家を出て荷物を背負った菜々が歩いていると、 正助ととよが菜々のもとに駆け寄ってきます。 そして、市之進もそこにやってきました。 苦労をかけたこと、子供たちを守ってくれたこと、礼を言う市之進に菜々は恐縮します。 江戸へいつ行くのか?と問う菜々に市之進は、民の暮らしを守るのに一介の勘定方でもできるといい、側役は辞退するようです。 そして最後、市之進はこう菜々に告げます。 「私はこの地にしっかりと足をつけて生きていきたい。 正助ととよとそして、菜々…お前と一緒に。 共に生きてほしい。 妻として。 この後、2人が手を繋ぐとか抱き合うとかもなく、菜々も返答もせずに終わります。 当然2人は祝言を挙げて一緒になるのだと思います。 叔父が邪魔したりしなければ。 愛だの恋だの直接的な言葉でいうでなく、間接的な言い回しなどで育んで来た2人の愛です。 静かながらも芯の強い決して曲がることのない信念を抱く2人、それでいて人のために尽くして信じる優しさを持ち合わせています。 菜々と市之進、2人の辛く苦しかった日々が終わり、子供たちと一緒に幸せな家庭を築けることを願うばかりです。 【螢草 菜々の剣】最終回7話のまとめ 菜々の仇討ちはこうして終わりました。 仇討ちものと言えば『忠臣蔵』のような仇討ちものを思い浮かべますが、 この物語は弱い立場の者でありながら、知恵と勇気と人望で敵を討つというものでした。 力に対抗して力で倒すのではないところが面白かったです。 また、恋愛要素も混ざってはきますが、プラトニックな関係性であることや、身分の違いがあるためそんなに前面に出てきません。 そこが逆によかったです。 話が面白いのはもちろんのことですが、 このドラマの一番の見どころは菜々役の清原さんの演技です。 ちょっと他を圧倒する演技力です。 涙を自在に操るところや、瞳の動きだけで位置を教えたり、緊張感が伝わる表情をしたかと思えば、子供たちに接する柔らかな顔つきになったり。 話としては最終回が面白いですが、清原さんの演技力を堪能できる回は第4話です。 前半はゆっくり丁寧な描写で進みます。 後半にかけて話の進みが速くなり、最後は爽やかな余韻を残して終わる良作です。 時代劇が好きな方はもちろんのこと、プラトニックな恋愛ものが好きな人も見て楽しめる作品です。

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