いずれ の 御 時に か。 いづれの御時にか 001 ★★★

清涼殿の丑寅の隅の③ ~村上の御時に~

いずれ の 御 時に か

単語・文法解説 女御、更衣 天皇に仕えていた女性の位 やむごとなき 形容詞「やむごとなし」の連体形。 高貴である、身分が高い 時めき カ行四段活用「ときめく」の連用形。 帝の寵愛を受けて栄える めざましき 形容詞「めざまし」の連体形。 気にくわない 篤しく 形容詞「あつし」の連用形。 病気がちである 里がちなる 形容動詞「里がちなり」の連体形。 実家に帰りっていることが多い そしり 悪口 え〜ず 〜することができない あいなく 形容詞「あいなし」の連用形。 気に入らない、不快である まばゆき 形容詞「まばゆけれ」の連体形。 度が過ぎて見ていられない あぢきなう 形容詞「あぢきなし」の連用形のウ音便。 道理に合わない、まともでない はしたなき 形容詞「はしたなし」の連体形。 きまりが悪い かたじけなき 形容詞「かたじけなし」の連体形。 ありがたい、もったいない 北の方 奥方 親うち具す 両親がそろっている もてなし サ行四段活用「もてなす」の連用形。 取り計らう、物事を執り行う はかばかしき 形容詞「はかばかし」の連体形。 しっかりしている、頼もしい.

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いづれの御時にか・いづれのおほむときにか・いずれのおんときにか・いずれの御時にか 01

いずれ の 御 時に か

前の帝、の御代に、雪がたくさん降ったのを器にお盛りになって、を挿して、月がすごく明るかったんだけど、「これをテーマに歌を詠んでみて。 どんな風に表現するかな?」って、兵衛の蔵人にお題を下されたんだけど、「雪月花の時」って申し上げたら、すごくお褒めになられたの。 「歌なんかを詠むっていうのは、ごくごく当たり前のことだけど。 こんな時にぴったりなことって、なかなか言えないものなんだよね」って、おっしゃったって。 で、同じ人(兵衛の蔵人)をお供にして、殿上の間に人々が参上してなかった時、うろうろ歩き回られてたら、炭櫃(すびつ)から煙が立ち上ってたもんだから、「あれは何なのか見てきて」って仰せつかったので、見て戻ってきて、 わたつ海のおきにこがるる物見れば あまの釣りしてかへるなりけり って申し上げたのは、いかしてたわ! 蛙が飛び込んで焼けてたんだから! ----------訳者の戯言--------- 兵衛の蔵人。 をお読みの方の中にはおわかりの方も多いと思いますが、に蔵人はいません。 で、何なんだろう?と思って調べてみたところ、これは女蔵人(にょくろうど)の名前だとわかりました。 兵衛サンっていう女蔵人?ですね。 女蔵人というのは、宮中に奉仕した女子スタッフで、内侍やの下で雑用を務めたそうです。 およそ六位に相当し、年労によって五位に叙せられる場合もあったのだそうですから、ま、男性の蔵人と同様のポジションと考えていいでしょう。 ここでは、帝がこれで歌を詠めって、プレバトで夏井さんが俳句のお題を出してる感じですか。 雪月花。 日本で古くから言われてる風流なものベスト3です。 すぐ前の段で、雪と月が出てきましたが、それに花がプラスされてますね。 流れとしてはカンペキです。 歌を詠むよりも、ピタッと端的な言葉で言ったのがよかったんでしょうか、兵衛の蔵人。 原文で「たたずませたまひける」と出てきました。 「たたずむ」という言葉はなかなかやっかいな語です。 私たち、普通にイメージするのは、「しばらくその場で立ちとどまっている」感じです。 ぽつんと一人で、というイメージがありますね。 しょんぼりとしたり、唖然としてたり。 建物とか、物とかを擬人化して使う場合もありますね。 一方、行きつもどりつする。 徘徊(はいかい)する。 うろつく。 というような意味もあります。 つまり。 止まっている状態にも使うし、うろうろ動き回る状態も表すという、ややこしいことになります。 状況を見て解釈しなければいけません。 本当にやっかいな語ですね。 ここでは「うろうろする」の方です。 炭櫃(すびつ)というのは、囲炉裏、角火鉢のことだそうですね。 わたつ海の沖にこがるる物見れば あまの釣してかへるなりけり という歌は、藤原輔相(ふじわらのすけみ)というの作だそうです。 わたつ海。 そもそも「わたつみ(わだつみ)」というのは、とかでは「海神」「綿津見」などと書いて海を支配する神様のことだったそうですね。 私が目や耳にしたことがあるのは「きけわだつみのこえ」という書名ですが、これはで亡くなった学徒兵の遺言を集めた本です。 もちろん私はタイトルしか知りませんが。 で、その神様がいるところ、つまり「海」自体のことも「わたつみ」と言うようになったそうです。 「わたつみ」の「み」は元々「神(み)」のことなんですが、誤って「渡津海」「わたつ海」とかも書かれたらしく、わたつ海(わたつうみ)もOKとなったようですね。 とは言え、兵衛の蔵人、これはなかなかスゴ技ですよ。 プロの仕事と言ってもいいかもしれません。 もしや??自作自演か?っていうくらいのレベルです。 共犯者の存在も疑われます。 だとしたら、蛙もかわいそうですね。 余談ですが、「蛙」も「帰る」も歴史的かな遣いでは「かへる」です。 かゑるというさんがいますし、「かゑる」というバンド名とかお店とか、見たような気がします。 それを言うなら、お笑いの「」も歴史的かな遣い的には違います。 よい子は「よいこ」としか書けません。 しかし。 それはいいんです。 固有名詞ですから、なんらルールに縛られることはない、というのが私の持論です。 それならそんな細かいこと言うな、と、かえって叱られそうですね、すみません。 本題です。 いずれにせよ、今回ばかりはさすがのも脱帽。 というか、昔の人のことなので、張り合っても仕方ないですし。 こういうの、帝とか定子さまの前で私もやりたいよなー、という気持ちでしょうね。 のあこがれが表れてる段です。 【原文】 村上の前帝(せんだい)の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、楊器(やうき)に盛らせ給ひて、を挿して、月のいと明かきに、「これに歌よめ。 いかが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花の時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。 「歌などよむは世の常なり。 かくをりにあひたることなむ言ひがたき」とぞ、仰せられける。 同じ人を御供にて、殿上に人候はざりけるほど、たたずませ給ひけるに、炭櫃に煙の立ちければ、「かれは何ぞと見よ」と仰せられければ、見て帰り参りて、 わたつ海のおきにこがるる物見れば、あまの釣りしてかへるなりけり と奏しけるこそをかしけれ。 蛙(かへる)の飛び入りて焼くるなりけり。

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いずれの御時にナルか。

いずれ の 御 時に か

タイトルにかの有名なの冒頭の一節を冠していることからわかるように、舞台はの京。 今上帝に復讐をするために、政争に敗れ出家した弟宮は蟄居の身ながら配下に様々な暗殺や謀略を命じていた。 主人公はそんな配下の一人、角髪姿で毒針による暗殺術を得意とする少年、小鬼丸。 ある日、小鬼丸は宮中での暗殺現場から逃亡する過程で、梅壺女御の妹の透子姫に姿を見られてしまう。 目撃者の口をふさぐべきかと迷う彼だが、なぜかこの高貴な姫に心惹かれて……、という話。 主人公とその仲間たちが、子供ながら非常に大人びていて胆のすわったキャラクターばかりでした。 あっさり何人も殺すわ、顔色も変えずに淡々と殺した遺体を担いで現場を離れるわ、末恐ろしいな。 彼らを手足として使う弟宮もふてぶてしくて随分と毒のある人物です。 むしろ復讐の対象として狙われている今上帝の方が儚げですね。 病弱なのに虚勢を張っているところとか、愛する梅壺の女御を守ってやれない無力さに苦悩したりだとか、実質的な権力者である義父に弱みを見せまいと気を使ったり、帝位にある息苦しさを抱えていたりという胸中が描かれているので、その真面目な性格もあいまってついつい今上帝に肩入れしたくなりました。 あと、今上帝とその正妻である弘徽殿の女御の組み合わせも萌えたな。 プライドが高くて素直になれない弘徽殿の女御の今上帝へ向ける愛が切なくて泣かせる。 彼女の視点から語られる6話が良かったなぁ。 14歳で入内したときの回想シーンで、11歳の青白い少年の帝を見て こんな少年が私のお婿さまだと言うの……? と不満に思った弘徽殿の女御が、帝に優しく語りかけられて 恥ずかしそうにお笑いになるのは悪くないわ 物語の殿方のように私を奪ったりはして下さらないでしょうけれど、こういう控えめな求愛も悪くないわ とすぐに思い直すのがなんか可愛らしかった。 この帝夫婦もそうだし、小鬼丸と透子姫、幼少時の弟宮とその叔母のもそうですが、恋愛面では少年と年上の女性という組み合わせが多いのがこの漫画の特徴ですね。 やっぱりとの女御になぞらえてるんでしょうか。 次巻の2巻で完結している作品ですが、登場人物が多いのでそれぞれどんな結末をたどるのか気になります。 sorachino.

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