テセウスの船 意味 わかりやすく。 【テセウスの船】ってなに?どんなパラドックス?東大生がサクッと解説!

ドラマ『テセウスの船』原作ネタバレ!1話から最終回までのあらすじ・キャスト・視聴率まとめ

テセウスの船 意味 わかりやすく

「テセウスの船」と言う話をご存知でしょうか?同名のコミックがあったり、竹内涼真主演のテレビドラマがあったりするので、この言葉はお聞きになった方が多いと思います。 ただ、元々の話は、いわゆる思考実験もしくはパラドックスと呼ばれているものです。 前に「」「」「」という思考実験の記事を書きましたが、これも興味深い思考実験です。 そこで今回は思考実験「テセウスの船」についてわかりやすくご紹介したいと思います。 1.思考実験「テセウスの船」 (1)「テセウスの船」とは 「テセウスの船」はパラドックスの一つで、「テセウスのパラドックス」とも呼ばれています。 「ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられた時、過去のそれと現在のそれとは「同じそれ」だと言えるのか否かと言う問題(同一性の問題)」です。 テセウス(ギリシャ神話に登場するアテナイの王で、国民的英雄。 ミノタウロスを退治したことで有名)が、アテナイの若者とともに、クレタ島から帰還した船には30本の櫂があり、アテナイの人々はこれを大切に保存していました。 しかしその船は年月を経るごとに朽ちていくため、朽ちた部分の木材は徐々に新たな木材に取り換えられていきました。 では、その船の木材が全て新しいものに取り換えられてしまったとして、それは本当に「テセウスの船」なのでしょうか? 論理的な問題から哲学者らにとって恰好の議論の的となりました。 すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張したのです。 プルタルコスは、この哲学船の思考実験において、「全ての船の部品が新しいものに取り換えられてしまったとして、それは本当にテセウスの船なのか?」という問題のほかにも、そこから派生して「逆に抜き取られた古い木材を集めて、もう一度新しい船を作ったとして、それはテセウスの船と呼べるのか?」と言う問題も投げかけています。 540年頃~B. 480年頃?)は、同一性に関して独自の視点を持っていました。 人々が同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れている。 プルタルコスは、ヘラクレイトスの言葉として「同じ川に二度入ることはできない」と引用しています。 これは鴨長明の「方丈記」冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と同じ考え方ですね。 すなわち「刃の部分は3回交換され、柄は4回交換されているが、同じ古い斧である」というわけです。 (3)実例 一番わかりやすい実例は、人間の体を構成する細胞です。 人間の細胞は日々入れ替わっています。 肌の細胞は約1カ月で全て入れ替わるそうです。 成人の人体では細胞の平均寿命は10年以下とされています。 こうして生まれ変わったあなた(または私)の体は、果たして過去と全く同じと言えるでしょうか? 答えは明らかで、「細胞が全て入れ替わっても、あなた(または私)と言う存在は同一だ」ということです。 細胞が入れ替わるのは、その人間の「成長ないし老化」によるもので、全く別の人間に入れ替わるものではありません。 このほかに少し微妙な実例としては、次のようなものがあります。 (1)アリストテレスの「四原因説」 アリストテレスは、全ての事物の在り方は、「質量因」「形相因」「動力因」「目的因」の四原因で説明できると考えました。 ・質量因:何でできているか ・形相因:どんな形をしているか ・動力因:誰がどのように作ったか ・目的因:何のために作ったか アリストテレスは、テセウスの船で重要なのは、物の見た目である「形相因」が重要であるとして、修理を繰り返したテセウスの船ですが、見た目は変わらないため「同一と言える」と結論付けています。 ちなみに「質量因」から見ると同一ではありませんが、「動力因」「目的因」から見ると同一と言えます。 (2)「同じ」の定義・質か数か 「同じ」と言う概念は、「質的」と「数的」の二つに分けられます。 テセウスの船は、徐々に部品交換されて「質的」には変わってしまっていますが、「テセウスの船」と呼ばれ続けた船は、当時から現在まで1隻しかなく、「数的」には同一のものと言えます。 ヘラクレイトスの川は、「質的」には同一ですが、「数的」には同一ではありません。 (3)「四次元主義」 この船は修理を重ね、パーツが入れ替わっていっても、過去から現在のどの時点においても「テセウスの船」としてあり続けました。 仮に「テセウスの船」でないと言うのであれば、一体どの時点から「テセウスの船」でなくなったのかと言う疑問が生じます。 空間的な広がりを示す3次元に対して、4次元は時間的な広がりを示す言葉です。 一瞬一瞬の時間を区切って考えた(タイムスライス)時、一つ前の「テセウスの船」は一つ後の「テセウスの船」は別物です。 しかし一連のタイムスライスをまとめて考えると、最初から現在まで「テセウスの船」としてずっとあり続けているため、パーツが入れ替わっても同一のものということになります。 この考え方が、私には一番説得力があるように思います。 (4)価値から考える「構造主義」 これは物事の仕組みや構造を考え、本質をとらえようとする考え方で、「構造主義」と呼ばれることがあります。 「テセウスの船」としてパーツを取り換える前と同じように保管され、使用されているのであれば同じものであるという結論になります。

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テセウスの船 意味 わかりやすく

クレタ島の怪物を倒したアテナイのテセウスは船に乗ってアテナイに凱旋しました。 アテナイの人々は、テセウスを英雄とたたえ、テセウスが乗っていた船を保存しますが、船の部材は時間の経過とともにだんだんと朽ちていきます。 そこで人々は古くなった部材を新しいものへと変えて、テセウスの船を保全しました。 ついには、当初使われていた部材は一つもなくなり、全てが新しい部材へと置き換わってしまいました。 さて、全ての部材が新しくなったテセウスの船は、はたして「元の船と同じだ」といえるのでしょうか? 「元の船の部材を使っていないから同じではない」とも言えますし、「テセウスの船として保全されているのだから同じ」とも言えますね。 この問題についてどのように考えるかによって、その人がこの世界や人生についてどのように考えているのかを判断することができます。 [ad co-1] (テセウスの船のパラドックスとは?哲学の思考実験について簡単にわかりやすく解説します) 例えば、「 この船は テセウスの船として保管されているのだから、部品は変わってもその意味するところは同じ」と考えるのであれば、これは 構造主義という考え方をとっていることを意味します。 構造主義というのは、簡単にいえば「このもの」「あのもの」というように物体にこだわらず、社会の中でそれがどういう意味をもっているか?で判断する考え方のことです。 テセウスの船は物体としてはもとのものと別物になってしまっていますが、アテナイの人々にとってはそれは「テセウスの船」です。 同じように、「大阪城」は物体としては昭和の時代に改築されたものですが、私たち日本人にとっては「豊臣秀吉が天下をとった時に作った城」ということになっていますよね。 このように、構造主義では「それが何で作られているか?」はとりあえず置いておいて、私たちの社会の中でそれがどのように位置付けられているのか?を重要視して考えるのです。 [ad co-1] 実存主義で考えた場合の「テセウスの船」 一方で、「 物体としてのテセウス時代の船はとっくになくなってしまっているのだから、これはテセウスの船ではなく、ただの船だ」と考えるのであれば、 実存主義の立場をとっていることになります。 実存主義とは、手に取れる1つ1つの物体、目の前にいる1人の人間を個別的なものとして考える考え方のことです。 実存主義をとなえたのはサルトルという有名な哲学者ですが、この人は「人間といえばこうあるべきだ」ということよりも、「今目の前にいる人間がどういう人かが重要だ」と考えました。 テセウスの船は物体としては昔のものとは別物になっていますから、「テセウスが生きていた時代の船と、今の船とは別物だ」と考えるのが実存主義の立場になります。 [ad co-1].

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ギリシャの首都アテネは、昔はアテナイという国でした。 アテナイという国を作ったのが、国王であり、国民的英雄のテセウス。 テセウスは、クレタ島の怪物ミノタウロス退治の旅から、船でアテナイに戻って来ました。 人々を苦しめていた怪物退治の危険な旅から帰還した英雄テセウスの船を、平和の訪れと英雄の無事帰還を喜んで修理して保存することになりました。 ボロボロになった部品や古い部品は新しい部品に取り換え、年月の経過と共に少しずつ修正されながら、長く大事に保管されてきました。 最終的に、船の全ての部品が取り換えられた時、疑問が生まれました。 これは「テセウスの船」と言えるのだろうか? 部品は入れ替わっても姿カタチは当時の「テセウスの船」のままなんだよ!じゃあ、「テセウスの船」って言えるでしょ! 部品が全て新しいものに入れ替わった「テセウスの船」は、「テセウスの船」と言えるでしょうか? 新しい材料で作られた「テセウスの船」は、もう「テセウスの船」ではありませんか? あなたはどっちだと思いますか? さらに哲学者たちは複雑なことを考えました。 もし!元々の「テセウスの船」から取り出した、古い部品を集めて、その部品だけで新しい船を作ったとします。 元々の「テセウスの船」の部品で作ったこの船と、全ての部品を新しい部品に入れ替えた「テセウスの船」、どちらが「テセウスの船」と言えるでしょうか? テセウスの船のパラドックスやドラマでの意味を分かりやすく紹介! だんじり好きや関係者の方は「テセウスの船」というパラドックスを知っといた方がためになるかも…。 面白い。 — こまふみ 割箸だん komafumi ドラマの「テセウスの船」では、「テセウスの船」とはどういう意味なのでしょうか? テセウスの船は、よく「パラドックス」と説明されます。 心がまだお母さんのお腹の中にいた頃、警察官だった父親が殺人事件の容疑者として逮捕されたのです。 自分や家族の辛い人生は、殺人事件を起こした父のせいだとして、ずっと父を恨んで生きてきた心。 そんな殺人者の息子として生きてきた心を受け入れ、愛してくれた妻からの提案で、心は、憎み続けた父と偏見を捨てて向き合ってみることに。 父と向き合うために、父が事件を起こした村を訪れた心は、謎の深い霧に包まれて、父親が事件を起こした31年前(平成元年)にタイムスリップしたのです。 31年前の事件を起こす前の父親と、母親や姉や兄に出会い、心は衝撃を受けます。 殺人事件の犯人として世間からも家族からも憎まれ続ける父親は、人々から愛され信頼された警察官で、とても殺人犯には見えません。 心は、母親のお腹の中。 殺人事件が起きる前の心の家族は、笑顔の溢れる幸せな家族だったのです。 あの殺人事件が起きなければ、この家族の笑顔と幸せが守れる。 自分の人生も明るく幸せなものになる、と考えた心は、愛する家族のために、過去を変える決意をします。 ここで「テセウスの船」の疑問が登場します。 過去を変えて、人生が変わっても、心の家族は、やっぱり心の家族であることに変わりない!どんな過去や人生を生きようが、元の心の家族だよ! ギリシャ神話の「テセウスの船」は部品を全て取り換えた時、例え同じカタチをしていても、もう「テセウスの船」とは呼べないのか? 部品が変わろうとも、「テセウスの船」であることに変わりはないのか? 「テセウスの船」のパラドックス パラドックスとは、直訳すると「逆説」ですが、どういう意味なのかちょっと難しくてよく分かりませんよね。 わかりやすく解説します。 「逆説」とは、結論と反対のことを言ってるように見えるけど、実は結論と同じことを言ってる説明のことです。 A テセウスの船は、部品を全部取り換えちゃったから、修理した船はもうテセウスの船じゃない B 部品を全て取り換えても、カタチや機能は元のままだから、やっぱり修理した船はテセウスの船だ まとめ 画像はTVerの「テセウスの船」より。 犯人とされる容疑者の家族の家にこんな落書きをする奴もクズだと思うけどな — 臼井正己 転職王2. 0、作家 音速で喋る男 usuimasami テセウスの船とはギリシャ神話ではどんな話なのかをご紹介しました。 ギリシャ神話のテセウス の船とは、アテネの伝説の英雄が怪物退治の冒険に行った船でした。 テセウスの船を後世に残すために部品を全て新しいものに変えると、それはもうオリジナルとは違うため、テセウス の船とは呼べないのか? それとも中身の部品が変わっても、設計や機能は同じだから、やっぱりテセウス の船であることに変わりはないのか? こんな衝突しながらも、同じ事を言ってるような2つの説明がパラドックスでした。 ドラマテセウス の船では、 主人公の心が家族のために過去を変えた、未来の家族は心の家族と言えるのか?という疑問を持ちながら、 過去を変えた未来の家族はとうなるのか?がドラマの見所です! 以上、「パラドックスやドラマでの意味を分かりやすく紹介」最後までご覧頂きありがとうございます。 All Rights Reserved. php 462 : eval 'd code on line 55.

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