築地魚力 銀座店。 「築地&豊洲」大量倒産危機でウマイ魚が食べられなくなる!?

築地 江戸銀 本店(地図/写真/築地/寿司屋)

築地魚力 銀座店

食への関心は子どもの頃からですか? 父方、母方とも祖父の代から築地で仲卸を営んでいて、私も小学生の頃から店で販売の手伝いをしていました。 場所柄、新鮮でおいしい魚は身近にありましたし、家族で食事に出かける先は隣の銀座など。 振り返ると幼い頃から食生活の水準は高かったのだと思いますが、当時の自分にとってはそれが日常。 食への思い入れがあったわけではなく、飲食の仕事を選ぼうとは考えたこともありませんでした。 そんな中、大学時代にアルバイトをした東京・日本橋の居酒屋で、週5. 6日働くうちに店長代理を任され、飲食業のおもしろさを感じるようになりました。 そして卒業後、築地の知り合いから「空き物件があるから寿司屋でもやらないか」と声をかけてもらい、両親と寿司店を始めることを決めました。 寿司を握る職人をどうしようか考えたとき、父と私の頭に浮かんだのが、かつて家族で行っていた寿司店の親方でした。 親方の握る寿司は旨いのはもちろんのこと、盛り付けなど仕事が丁寧で、ほかの店とは違うと子ども心にも感じていたのです。 そこで、千葉の浦安に転居していた親方を訪ねてお願いし、2004年、築地場外市場の一角に「築地青空三代目」をオープンしました。 親方は寿司、私は仲卸のそれぞれ3代目であることから付けた名前です。 私が会社の代表に就き、23歳にして出店費用3000万円の負債を抱える状態でスタートしました。 成功して会社を大きくしたいという野心も、今より強かったですね。 築地という場所の特徴は、「寿司を食べる」という目的意識のはっきりした人が来る街だということ。 その一方、当時は今ほど江戸前寿司に対する評価が定まっておらず、「寿司はネタとシャリを合わせただけで、どの店もたいして変わらないでしょ?」という認識が一般的でした。 だからこそ、一度でも食べてもらえれば、親方の腕の良さや仕事の丁寧さが必ず伝わるはずだと思っていました。 開店後、1年半ほどは苦戦しましたが、ぐるなびに加盟して店の認知度アップに努めたところ、店舗ページを見たテレビ局から取材依頼が入り、これが大きな転機になりました。 番組放送の翌日から店頭に長蛇の列ができ、行列が行列を呼ぶ形で来店客数が大きく伸びたのです。 その光景に目をとめた不動産業者から物件情報が寄せられ、築地に2号店をオープン。 2009年には、これもお話をいただいて銀座三越に3号店を出しました。 「築地市場に朝並んだ魚を昼に出す」というコンセプトや、わかりやすい料金設定が受けて坪月商が100万円を超える繁盛店に。 百貨店業界で名前が知られるようになり、その後の愛知・名古屋や東京・丸の内などへの出店につながりました。 現在、10店舗に増えましたが、周りから声をかけていただいての出店、という経緯はすべて共通しています。 銀座三越店では、当時25歳だった職人を板長に抜てきしました。 その後は彼を築地青空グループの統括板長に据え、彼の下で2年ほど経験を積んだスタッフの中から、人間的・技術的に優れた人に新店の板長兼店長を任せて、店舗展開を進めてきました。 Motonobu Ishikawa 1981年、東京都生まれ。 高校から大学にかけて日本橋の居酒屋などでアルバイトに打ち込み、飲食業を志す。 2004年、「築地青空三代目」を地元の築地に出店。 以降、銀座や名古屋、沖縄などへ出店を重ね、現在、日本国内に9店舗、中国・北京に1店舗(FC)を展開している。 開業当時は今ほど築地に寿司店は多くなく、さらに、そのほとんどをチェーン店が占めていた中で、「築地青空三代目」が板前のセンスや個性で勝負する店であることは大きな強みだったと思います。 他店にないような新しい名物を作ろうと積極的にアイデアを出し、炙り寿司や、大トロのしゃぶしゃぶなどもメニュー化しました。 客層のすそ野を広げようと、一時期は料理や盛り付けに洋食の要素も加えていましたが、途中で方向を転換し、ここ7年ほどは、より旨い江戸前寿司を追求する研究に力を注いできました。 例えば、シャリの酢の配合を少しずつ変えながら1000通り近くを試作し、成果をメニュー開発に反映。 また、ネタにはすべて、それぞれに合わせた仕込みを施し、素材の旨味をお客様に伝えることを意識しています。 もう1つ決めていたのが、新店の立ち上げを人任せにしないこと。 名古屋でも沖縄でも、私自身が妻子を連れて現地に2年ほど移り住み、板長とともに出店を進めました。 その年月を過ごしてきたからこそ、今、私や統括板長の想いを共有してくれる板長たちに店を任せることができています。 「焼きうお いし川」は、「築地青空三代目」の2号店を2018年にリニューアルして出した新業態です。 開発のきっかけは、これまで名古屋や沖縄、中国出店時などは現地でも生活して多様な食文化に触れてきたことや、生まれも育ちも築地という経歴を活かして、新たな日本料理を作り出したいと思ったこと。 熟考を重ねてたどり着いたのが、これまでも店で提供していた炙り寿司からヒントを得た「焼きうお」のスタイルです。 刺身でも食べられる新鮮な魚を分厚く切り、お客様の目の前で表面を炙り、魚ごとに最も適した焼き加減で提供します。 経営者である私が、自ら焼き手としてお客様をもてなすことがこの店の売りの1つ。 お客様が帰り際に次の予約を入れてくださるなどリピート率が非常に高く、おかげさまで夜は満席が続いています。 メニューの中でも特に人気なのが、コースの最初に「特上カルビと特上ロース」と銘打ってお出ししている大トロとブリです。 5秒だけ炙り、茶碗に盛った赤酢のシャリと一緒に味わっていただくのですが、このシャリは、先述の1000通りもの試行錯誤の成果。 つまり、江戸前寿司をとことん突き詰めて研究したからこそ完成したメニューと言えます。 自ら考案して生み出した業態として、責任を持って常に高いクオリティーでやっていきたい。 その決意を、自分自身の名前からとった店名にも込めています。 「築地青空三代目」の始まりを支えた親方。 今は店舗数を増やすより、既存店の料理やサービスの質をさらに磨き、底上げを図ることに注力しています。 将来的に「名店」「老舗」と呼ばれる店を目指したいですし、ミシュランなどにおいて高評価を獲得することも目標です。 それは単に店の評価や知名度を高めたいわけではなく、若い職人が「ここで腕を磨きたい」と思う店にしたいから。 うちで経験を積むことで経歴に箔(はく)が付いたり、業界内で価値を認めてもらえる店になりたいと思っています。 そして、信頼できるスタッフが育ってきたタイミングで、再び店舗展開へと舵を切れればと考えています。 志のある若い職人が多く集まり、料理やサービスでお客様に喜んでいただけて、それが会社の成長にもつながる。 その好循環を生み出したいですね。 Company Data 会社名 有限会社 築地青空 所在地 東京都中央区築地4-13-8 Company History 2004年 「築地青空三代目 本店」オープン 2006年 2号店オープン(のちに業態変更) 2009年 「築地青空三代目 銀座三越店」オープン 2014年 「琉球鮨 築地青空三代目 沖縄那覇」オープン 2016年 「築地青空三代目 大名古屋ビルヂング店」オープン 2018年 「焼きうお いし川」、立ち食い業態の「築地 男前鮓」(名古屋)、「築地男前鮓 国際通り屋台村」(沖縄)「築地青空三代目 丸の内」オープン.

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築地魚力 八王子店(掲載期間 2018/10/04 ~ 2018/10/17)|求人・居酒屋 和食 八王子市 転職・店舗情報|飲食店求人グルメキャリー 関東・首都圏版

築地魚力 銀座店

4月24日午後1時40分。 築地場外市場の大半の店は午後2時までの営業だが、その店主は早々と店仕舞いの準備をしながら、一組の老夫婦に切り身を勧めていた。 足を止めて品定めしていたのは、その老夫婦だけ。 通りは閑散としていた。 「1月は通りに人が溢れるほどだったのに、3月から激減して客足は10分の1に。 仕入れのために豊洲と築地の両方に顔を出していたお客さんも、すっかり来なくなった」 こう話すのは鮮魚店の従業員。 セリ場見学目当ての観光客が減り、市場と場外をハシゴして仕入れる飲食店関係者も減少。 それでも、目利きに優れた食の町として踏ん張ってきた。 明治40年創業の鶏肉卸店「鳥藤(とりとう)」会長で、築地場外市場商店街振興組合理事長の鈴木章夫氏も次のように話す。 「豊洲移転を機にプロだけでなく、一般のお客さんや観光客向けの商品を増やし、みんなでPRを続け、ようやく卸と観光のバランスが取れてきたと思ったら、コロナで全部ダメになった。 鳥藤は売り上げが9割減です。 移転のときは多くの政治家が私たちの窮状に耳を傾けてくれたのに、今は一部の方だけ。 補償をお願いしていますが、小池都知事が動かなかったら、何人もの従業員を抱える老舗からつぶれていくでしょう」 実際、すでに廃業を決めた店もある。 築地場外で74年間、「スパイスの北島」として親しまれた北島商店だ。 在庫整理に来ていた従業員が話す。 「コロナと五輪延期で売り上げは半分以下に。 それで社長は4月7日に廃業を決めたようです。 古くからのお客さんからは、『閉められたら困るよ』ってお声をいただくんですけど、いつまでこの状況が続くかわからないし、後継者もいない。 続けても先は長くない、という判断ですね」 今や、次に廃業するのはどこか?は、築地場外関係者の関心ごとだ。 「ほかが2店、3店と店仕舞いしたらウチも……と考えている店は多いはず。 ウマイものに関するいろんな店があってこその築地。 廃業が増えて街の魅力が失われたら、店を続けるほど苦しくなる」(乾物屋店主) 今の築地で目立つのは、シャッターを下ろした寿司屋の多さだ。 「明治から続く老舗の寿司清(すしせい)さんなど、多くの寿司屋が並ぶ築地東通りはさながらシャッター商店街。 今や9割が休業中なので、寿司目当ての客もいなくなった」(鮮魚店店主) 寿司チェーンの撤退・廃業情報が錯綜 築地場外を中心に6店舗を展開する人気店「秀徳」のオーナー社長、本橋正恵氏も次のように話す。 「売り上げは例年の75%減。 今は衛生対策を徹底して、2店舗だけ営業を続けていますが、正直、いつまで続けられるかはわからない状況。 売れるのはスーパー向けの低単価のモノばかりなので、高級魚を獲っていた漁師さんは休漁しているんです。 かといって、高級寿司店が兄貴(古いネタ)を使うわけにもいかない。 ウチもテイクアウトやデリバリー用に新メニューを用意しましたが、Uber Eatsは35%も手数料を取るので使えない。 この状況が続けば、半分の寿司店が廃業するでしょう」 別の寿司店主によると、すでに場外周辺で複数店経営する寿司チェーンの身売り話が持ち上がっているという。 関西から進出した店や大手チェーンの撤退・廃業も囁かれている。 「立地とブランド力から、場外市場の賃料は豊洲移転まで高騰し続けた。 高いと坪5. 5万円取られている店もある。 丸の内の高級オフィスビル並みですよ。 古くからここで営業している店は持ち家のところも多いけど、あとから来てコロナが直撃した店は耐えられないよね」(寿司店主) その割を食ったのが寿司職人。 実は、寿司チェーンで腕を振るう多くの職人は派遣だ。 寿司派遣大手の興輝の関係者は「職人さんの大半は休業状態。 いつ復職できるかわからないので、まったく関係のない業種でバイトに励んでいる人もいる」と話す。 いいネタ、いい寿司屋、腕のいい職人も消えようとしているのだ。 「続けるのも地獄、休むのも地獄」 当然、ネタを卸す豊洲市場の危機感も強い。 銀座「久兵衛」などに最上級の天然本マグロを納める仲卸大手「やま幸(ゆき)」の山口幸隆社長が話す。 「月に5億円あった売り上げが、直近では1. 5億円。 高級寿司店の休業に加えて、ホテルのお客さんの注文も完全にストップした。 高級店向けの仲卸はお手上げですよ。 マグロのハラカミとか一番美味しくて値の張る部位だけ売れ残るんだから。 ウチは日本一のマグロ仲卸を目指して大きくしてきたから、1年は耐えられる体力があるけど、仲卸の多くは数人で切り盛りする中小零細。 飲食店やホテルが休業を続けたら、仲卸の半分はつぶれかねません。 かといって、ウチらは勝手に休めない。 続けるのも地獄、休むのも地獄です」 実は豊洲市場に出店する業者が休業するには、都の条例に従い、休業申請をしなければならない。 市場機能を維持するための制度だ。 仲卸業者の間で温度差もある。 「スーパー向けの低価格の鮮魚を扱う仲卸業者は『年末商戦並み』と話すほどの繁盛ぶり。 一方で国産マグロなどは1㎏の値段が3分の1に下がったりと、高級店向けの業者は需要減と単価減のWショックを受けているんです。 かといって、スーパーに卸すのは至難の業。 飲食店は4日後払いですが、スーパーの支払いスパンは2か月。 大量の商品を卸して2か月後の支払いを待てるほど体力のある業者は限られているのです」(日刊食料新聞・木村岳記者) 日本人は本当にウマイ魚を食べられなくなる 今、国産マグロのほか、キンメダイやのどぐろなどの高級魚も大きく値崩れしている。 一部はスーパーなどを通じて、お手頃価格で消費者に流れているが、今だけの話。 「漁師は補償が出るから、いい値がつかないなら休む。 おのずと高級魚の入荷は減り続けて、日本人は本当にウマイ魚を食べられなくなるかもしれない」(仲卸業者)という。 築地&豊洲の危機は日本の食の危機なのだ。 都は2月末から豊洲市場への一般客の入場を禁止している。 大正時代から続く「センリ軒」店主で、東京中央市場飲食業協同組合理事長の川島進一氏は「都が一方的に一般客の入場を禁止して売り上げが激減しているのに、市場機能を維持するのに不可欠だからと市場内の飲食店は休業要請の対象外。 休業しても協力金がもらえない」と話す。

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【銀座大食堂のおすすめ】ランチ&ディナー全メニュー|予約すべき店

築地魚力 銀座店

4月24日午後1時40分。 築地場外市場の大半の店は午後2時までの営業だが、その店主は早々と店仕舞いの準備をしながら、一組の老夫婦に切り身を勧めていた。 足を止めて品定めしていたのは、その老夫婦だけ。 通りは閑散としていた。 「1月は通りに人が溢れるほどだったのに、3月から激減して客足は10分の1に。 仕入れのために豊洲と築地の両方に顔を出していたお客さんも、すっかり来なくなった」 こう話すのは鮮魚店の従業員。 セリ場見学目当ての観光客が減り、市場と場外をハシゴして仕入れる飲食店関係者も減少。 それでも、目利きに優れた食の町として踏ん張ってきた。 明治40年創業の鶏肉卸店「鳥藤(とりとう)」会長で、築地場外市場商店街振興組合理事長の鈴木章夫氏も次のように話す。 「豊洲移転を機にプロだけでなく、一般のお客さんや観光客向けの商品を増やし、みんなでPRを続け、ようやく卸と観光のバランスが取れてきたと思ったら、コロナで全部ダメになった。 鳥藤は売り上げが9割減です。 移転のときは多くの政治家が私たちの窮状に耳を傾けてくれたのに、今は一部の方だけ。 補償をお願いしていますが、小池都知事が動かなかったら、何人もの従業員を抱える老舗からつぶれていくでしょう」 実際、すでに廃業を決めた店もある。 築地場外で74年間、「スパイスの北島」として親しまれた北島商店だ。 在庫整理に来ていた従業員が話す。 「コロナと五輪延期で売り上げは半分以下に。 それで社長は4月7日に廃業を決めたようです。 古くからのお客さんからは、『閉められたら困るよ』ってお声をいただくんですけど、いつまでこの状況が続くかわからないし、後継者もいない。 続けても先は長くない、という判断ですね」 今や、次に廃業するのはどこか?は、築地場外関係者の関心ごとだ。 「ほかが2店、3店と店仕舞いしたらウチも……と考えている店は多いはず。 ウマイものに関するいろんな店があってこその築地。 廃業が増えて街の魅力が失われたら、店を続けるほど苦しくなる」(乾物屋店主) 今の築地で目立つのは、シャッターを下ろした寿司屋の多さだ。 「明治から続く老舗の寿司清(すしせい)さんなど、多くの寿司屋が並ぶ築地東通りはさながらシャッター商店街。 今や9割が休業中なので、寿司目当ての客もいなくなった」(鮮魚店店主) 寿司チェーンの撤退・廃業情報が錯綜 築地場外を中心に6店舗を展開する人気店「秀徳」のオーナー社長、本橋正恵氏も次のように話す。 「売り上げは例年の75%減。 今は衛生対策を徹底して、2店舗だけ営業を続けていますが、正直、いつまで続けられるかはわからない状況。 売れるのはスーパー向けの低単価のモノばかりなので、高級魚を獲っていた漁師さんは休漁しているんです。 かといって、高級寿司店が兄貴(古いネタ)を使うわけにもいかない。 ウチもテイクアウトやデリバリー用に新メニューを用意しましたが、Uber Eatsは35%も手数料を取るので使えない。 この状況が続けば、半分の寿司店が廃業するでしょう」 別の寿司店主によると、すでに場外周辺で複数店経営する寿司チェーンの身売り話が持ち上がっているという。 関西から進出した店や大手チェーンの撤退・廃業も囁かれている。 「立地とブランド力から、場外市場の賃料は豊洲移転まで高騰し続けた。 高いと坪5. 5万円取られている店もある。 丸の内の高級オフィスビル並みですよ。 古くからここで営業している店は持ち家のところも多いけど、あとから来てコロナが直撃した店は耐えられないよね」(寿司店主) その割を食ったのが寿司職人。 実は、寿司チェーンで腕を振るう多くの職人は派遣だ。 寿司派遣大手の興輝の関係者は「職人さんの大半は休業状態。 いつ復職できるかわからないので、まったく関係のない業種でバイトに励んでいる人もいる」と話す。 いいネタ、いい寿司屋、腕のいい職人も消えようとしているのだ。 「続けるのも地獄、休むのも地獄」 当然、ネタを卸す豊洲市場の危機感も強い。 銀座「久兵衛」などに最上級の天然本マグロを納める仲卸大手「やま幸(ゆき)」の山口幸隆社長が話す。 「月に5億円あった売り上げが、直近では1. 5億円。 高級寿司店の休業に加えて、ホテルのお客さんの注文も完全にストップした。 高級店向けの仲卸はお手上げですよ。 マグロのハラカミとか一番美味しくて値の張る部位だけ売れ残るんだから。 ウチは日本一のマグロ仲卸を目指して大きくしてきたから、1年は耐えられる体力があるけど、仲卸の多くは数人で切り盛りする中小零細。 飲食店やホテルが休業を続けたら、仲卸の半分はつぶれかねません。 かといって、ウチらは勝手に休めない。 続けるのも地獄、休むのも地獄です」 実は豊洲市場に出店する業者が休業するには、都の条例に従い、休業申請をしなければならない。 市場機能を維持するための制度だ。 仲卸業者の間で温度差もある。 「スーパー向けの低価格の鮮魚を扱う仲卸業者は『年末商戦並み』と話すほどの繁盛ぶり。 一方で国産マグロなどは1㎏の値段が3分の1に下がったりと、高級店向けの業者は需要減と単価減のWショックを受けているんです。 かといって、スーパーに卸すのは至難の業。 飲食店は4日後払いですが、スーパーの支払いスパンは2か月。 大量の商品を卸して2か月後の支払いを待てるほど体力のある業者は限られているのです」(日刊食料新聞・木村岳記者) 日本人は本当にウマイ魚を食べられなくなる 今、国産マグロのほか、キンメダイやのどぐろなどの高級魚も大きく値崩れしている。 一部はスーパーなどを通じて、お手頃価格で消費者に流れているが、今だけの話。 「漁師は補償が出るから、いい値がつかないなら休む。 おのずと高級魚の入荷は減り続けて、日本人は本当にウマイ魚を食べられなくなるかもしれない」(仲卸業者)という。 築地&豊洲の危機は日本の食の危機なのだ。 都は2月末から豊洲市場への一般客の入場を禁止している。 大正時代から続く「センリ軒」店主で、東京中央市場飲食業協同組合理事長の川島進一氏は「都が一方的に一般客の入場を禁止して売り上げが激減しているのに、市場機能を維持するのに不可欠だからと市場内の飲食店は休業要請の対象外。 休業しても協力金がもらえない」と話す。

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